第11話 私は何度忘れても颯真くんのことを必ず好きになるから
「はい、お願いします」
俺は口にくわえて唾液で湿らしたリトマス試験紙のような紙を養護教諭の六反田美咲先生――ロクちゃん先生に手渡した。
受け取ったロクちゃん先生はそれを透明な液体の入った試験管に漬けて変化を見る。
「……うん、大丈夫。変わりはないようだな」
週に一度、俺はこうして保健室を訪れて恋愛拒絶ウイルスの量に変化がないかを検査してもらっている。
学校で俺のウイルスのことを知っているのはロクちゃん先生だけなので、検査はたいてい放課後。
いろんな女の子と楽しく青春を過ごしたい俺にとって恋愛拒絶ウイルスは福音だ。
飽きるまで適当にデートを重ねて、最後にはキスをすればいいわけだからね。
けれどそのことをほかの人に知られるわけにはいかない。
害はなくても正体がよくわからないウイルスに感染してるなんてことが知られると、気味悪がられてしまうかもしれない。
それに俺とキスをしたら記憶を失ってしまうとなると、女の子と仲良くなれないかもしれない。
だから今日も誰もいない時間を見計らって保健室に来ていた。
校庭からは元気に部活に励む生徒たちの声が聞こえてくるけれど、校舎内は人けが少なくて静かだ。
「人助け係のほうは順調なのか?」
壁にかけた時計がかちりと音を立てたのに合わせるかのように、生徒会の顧問も務めるロクちゃん先生は世間話のついでといった感じで口を開いた。
「実はそのことで相談したいことがあって」
どう切り出そうかと思っていたからちょうど良かった。
山下さんから持ち込まれた依頼のことを説明すると、ロクちゃん先生はふむと一つ頷いて目を細めた。
「つまり颯真くんは私を差し置いて女の子と二人で映画を見に行っていいかの許可を得にきたということか?」
白衣に身を包み、腕を組んだロクちゃん先生は物憂げな視線を投げかけてくる。
「違いますっ!」
思わず大声を出してしまうと、ロクちゃん先生はため息をついた。
「そんな即答しなくてもいいじゃないか?」
「そういうふざけたことばっかり言ってるから彼氏ができないんですよ」
「そりゃ、私には颯真くんという心に決めた人がいるからな」
そう言って胸を張る。
加那さんに負けず劣らず大きな胸が組んだ両腕に乗り、思わず目を奪われてしまう。
見た目は悪くないんだよな、この人。
身長は160センチぐらい。青いバレッタでまとめた茶髪はきれいだし。
一度聞いたら殺されそうな目でにらまれたから、年齢ははっきりはわからないけど、ここが初任地って言ってたから二十代前半のはず。
「ん? 胸が気になるなら触ってもいいんだぞ?」
……こういうところなんだよな。
「誰にでも触らせるわけじゃないんだぞ。颯真くんだからだぞ?」
「いや、そんな目を潤ませて、上目遣いをされても困るんですけど。それにロクちゃん先生は俺のウイルスのこと知ってるでしょ?」
「大丈夫、私は何度忘れても颯真くんのことを必ず好きになるから」
「俺が大丈夫じゃないんです。そんなことより、相談っていうのは、山下さんと映画を見るのに生徒会の経費を使ってもいいんですかってことです」
「そんなことなんて言うなんて……。しかし、ここは頼りがいのある大人の姿を見せるべきか」
「なにを悩んでるんですか? そんなことはいいから、質問に答えてくださいよ」
ロクちゃん先生は「颯真くんはこんな子じゃなかったのに」とかなんとか言いながら、またも大げさにため息をつく。
けれど俺をからかうのにも飽きたのか、唇を尖らせて言葉を続ける。
 




