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病人と間違えられたアンデット

「ようこそ。ここが、聖王国首都アルディアです!」


「ああ」


城壁の門をくぐると、そこには大勢の人で賑わう綺麗な街並みが広がっていた。


大通りには白を基調として建物が並び、それを辿っていくと、遠くの方に巨大な大聖堂が視界に入ってくる。


それを見て、俺は頭がくらくらと揺れるのを感じた。

『聖王国首都アルディア』、アンデットにとってまぎれもなく敵の本拠地である。


「どうしましたエドワード? いつもより元気ないけど……もしかして急に病気が悪化したとか!?」


「い、いや軽く眩暈がしただけだから、気にしないで」


ホリーが心配そうにこちらを覗き込んでくる。

可愛らしい顔だが、俺にはこの笑顔がもはや悪魔にしか見えない。


2週間前のあの日、俺は治療をしようとするホリーの申し出を確かに断った。にもかかわらず、「病人を治療するのも聖女の責務です」と頑なに譲らない彼女によって強引に乗合馬車に乗せられ、ついにはこんな場所までノコノコと付いてきてしまった。


もし、他のアンデットがこの話をきいたら、とんだ間抜け野郎だと笑い話にされることだろう。


俺だって馬鹿じゃない。旅の途中、何度も脱走を試みた。しかし、ホリーの病人? への嗅覚はすさまじく、即発見され逃げることは叶わなかった。


(こうなったら、ホリーの気がすむまで一緒にいて、隙をみて逃げるしかないな)


「しばらくは、私のお家で看病しましょうね。薬も設備もそろっているので、ドンっとまかせてください」


ホリーは拳で胸を叩き、自信たっぷりの表情で笑う。

わかっている。これは彼女の優しさなのだ。しかし、それが今の俺にとってなによりも辛くて、涙がこぼれそうになる。


「ホリーさん。無理に看病しなくていいからね。もしかしたら、不治の病かもしれないし」


「そんな弱気でどうするんです! ちゃんと治してまた旅を続けて下さい」


「……」


底なしのポジティブさを見せつけてくるホリーに、返す言葉が見つからない。


(はあ、どうしてこんなことに……)


観念した俺は、彼女の隣で絶望を感じながら、大通りをただ歩くことしかできなかった。


「ああ! ホリー見つけたぁ! あんた今までどこいってたのよ!」


すると、誰かが突然大声でホリーの名前を叫んだ。


顔をあげると、そこにはホリーと同じくらいの年頃の赤毛の少女がいた。髪と同じ色の赤い瞳が、ホリーを睨むように見つめている。誰がみても怒っているのは一目瞭然だった。


しかし、ホリーは少女の態度を気にした様子もなく、明るく手を振り少女の名前を呼んだ。


「あ、エレン。久しぶり!」


「久しぶりじゃないわよこの馬鹿! 一か月も姿を消してなにしてたの?」


「えへへ、ごめんなさい。実は盗賊に捕まってしまいまして……」


「はあ!? あ、あなた大丈夫だったの!?」


「はい。こちらのエドワードさんのおかげで無事助かりました」


ホリーが俺を紹介すると、エレンという名の少女が胡散臭さげにこちらを確認してくる。生まれつきなのか、鋭い目つきの彼女に見られると睨まれているようにしか感じない。


「誰、この今にも死にそうなヤバイ病人は? 本当にコイツが助けてくれたの? 滅茶苦茶怪しいんだけど」


「し、失礼ですよ! エドは病気ですけど、とても優しい方なんですから。ね、エド?」


「なんか色々間違ってるんだけど……あと、助けたって言っても縛られてるホリーを解放しただけだし」


俺がホリーを助けたと聞いたエレンは、まるで品定めするように、赤い瞳を上から下へと動かして、俺のことをねめるように見る。一通り確認した後も、その胡散臭い詐欺師を見るような表情は変わらず、明らかに俺を疑っているようだった。

しかし、隣にいるホリーが俺をフォローしてくれているおかげか、一応信じてくれる気になったらしい。


エレンはすっと右手をこちらに差し出してきた。


「ふーん、まあ助けてくれたのは本当みたいね。ありがとう、私からもお礼をいうわ」


どうやら、見た目と言動とは違い、思いのほか根は友達想いの優しい性格みたいだ。俺は彼女の手を握り返し握手を交わす。


「ところで……エドワードって言ったかしら? あなた早く入院した方がいいよ。生きてるのが不思議なくらいだわ」


「いや、だから俺は病人じゃないんだって! なんで誰も信じてくれないんだ!」


「体調管理できてない馬鹿ほど、そういうのよねぇ~。ちなみに最後に健康診断したのいつ? どうせおぼえてないでしょ」


「ぐぬぬぬ」


前言撤回。なんだこの失礼な小娘は!

10年前の俺なら生尻を引っぱたいていたぞ。


「安心してくださいエレン。エドは私が家で看病しますから」


「それならいいけど……でもおじさん、ホリーにエロいことしたら、どうなるか分かってるよな?」


「す、するわけないだろ。……多分」


あまりに失礼な物言いに俺は即座に言い返そうとした。しかし、自分の旅の目的を思い出して、あながち間違ってもいなかったので、言葉が喉につまってしまう。それが彼女達に悪い印象を与えてしまったようだ。


なにやら勘違いした様子の少女二人が露骨に慌てる。


「お、おいおい。冗談で言ったんだからもっと否定してくれよ」


「そ、そうですよ! そういうのは、病気を治してからにしましょう!?」


「馬鹿っホリー、それじゃ治ったらエロいことしようって言ってるみたいだぞ!」


「はう、違う。私そんな意味で言ったつもりは……あわわどうしよう!」


顔を真っ赤にしたホリーが恥ずかしそうに、モジモジと俺の股間を覗いてくる。


(はあ、俺は本当になにをしているんだ)


俺はあまりのも情けない状況に、その場で頭を抱えて倒れたい気持ちになった。





どうにか誤解を解いた俺は、その後改めてホリーの家に向かうことに。

エレンも一緒についてくることになり、俺達は並んで大通りを進んでいる。


ふと、俺は二人の関係が気になった。エレンは口こそ悪いが、本気でホリーの心配をしていたし、浅からぬ関係なのだろう。


「そういえば、まだエレンのことを聞いてなかったが、ホリーとは友達なのかな?」


エレンにそう質問すると、その答えはなぜかホリーから返ってきた。ホリーの顔には、エレンのことを自分が語りたいとでも言いたいような満面の笑みが浮かんでおり、それだけでホリーがエレンを好んでいることが分かる。


「エレンと私は親友ですよ! それにエレンは凄いんです。なんたって、あの伝説の聖女ラズ・シルバー様の孫ですから!」


「ちょ、ちょっとやめてよ。恥ずかしいでしょう」


持ち上げられたエレンが遠慮がちに「そんなたいした者じゃないよ」と謙遜する。二人が楽しそうに騒ぐが、ホリーの話を聞いた俺はそれどころではなかった。


(エレンがラズ・シルバーの孫だって!? 嘘だろう!)


驚きで、動いてもない心臓が飛び出そうになる。

ラズ・シルバーはアンデッドなら一度は聞いたことのある名前だ。

彼女はこの数百年の歴史の中で、間違いなく最強の聖女である。


多くのアンデットを屠ってきた人間の英雄。

実際に俺も戦場で何度もラズ・シルバーと戦いを繰り広げてきた。最後に会ったのは10年前で、結局一度も決着はつかず、勝負は引き分けのまま終わっている。


(あのババア、まさか孫なんてこさえていたとは。なんてしぶとい奴なんだ)


人間の寿命を考えれば、いつ死んでいてもおかしくない年齢のはずだが、無尽蔵に増える人間らしいというか、なんというか。


突然の仇敵の名前に動揺しているのを自覚した俺は、適当に誤魔化すために話を振る。


「まさか、ラズ・シルバーに孫がいるなんて知らなかったよ。子孫に偉大な人がいると、エレンも大変だね」


すると、またもやホリーが会話に割って入ってくる。まるでエレンに喋らせるつもりはないらしい。だた、エレンもその行動になれた様子で、特に文句を言う感じはない。


「そんなことないですよ! エレンはポンコツの私なんかと違って、ラズ様の再来と言われるほどの、天才《《聖女》》なんだから!」


ホリーはまるで自分のことにようにエレンのことを語ってくる。

しかし、その中に、俺にはどうしても聞き逃せない言葉が混ざっていた。


「エ、エレンが聖女?」


「知らないんですか? とても有名ですよ」


「……え、ええ!? まって本当なの? 冗談じゃなくて?」


信じられないこと聞いた俺はエレンの肩をがっしりと掴んで正面から見つめる。頼むから、なにかの聞き間違いであってくれと冥府の神に願う。だが、結果は非常な現実だった。


「そうよ。冗談なわけないじゃない。ていうか、か、顔が近いんだけど」


エレンはなぜか顔を赤らめて、伏し目がちの答えてくれる。しかし、その様子に嘘をいってる雰囲気はなかった。


(な、なんて理不尽な世の中なんだ! アンデットが聖女に拾われただけで不幸なのに、どうしてまた聖女が増えるんだよ! しかもラズ・シルバーの再来だと? 寝言は寝て言えよ!)


ぶつけようのない憤りが俺の胸中を駆け巡る。

もし、運命を司る神がいるとするならば、今頃望遠鏡で俺だけを見ているのではなかろうか? 


あり得ない状況が続き、ショックで俺はその場から動けなくなる。

エレンの肩に手を置いたままの俺が気に食わなかったのか、ホリーが頬膨らませながら、俺とエレンを無理矢理引き離す。


「もう、エドったら、いつまでもエレンとくっつかないで! エレンが緊張して固まってるでしょう」


「あ、ああ。すまないエレン」


「お、おう。別に気にしてないから……」


俺が謝罪すると、顔を赤らめたエレンがホリーの後ろに隠れるようにまわる。どうやら怖がらせてしまったらしい。そりゃ、死ぬ寸前の病人に突然迫られたら誰でも驚くか。(実際はただのアンデットなんだけど)


とりあえず、俺は頭の中を整理する。

今ここには、天才と謳われる聖女と、病人と間違えられたアンデットに、それを看病しようとするポンコツ聖女がいる。


想像以上にカオスな状況だった。なんだこれ、なんて罰ゲームかな?

いいや、待て。まだ終わりと決まったわけではない。肝心なのは、俺がまだアンデットだとバレていないことだ。


聖女といっても彼女らはまだ幼い未熟な少女だ。隙をついて逃げれる瞬間なんていくらでもあるはず。もし、これがベテランの聖女だったら一発で俺の正体を見抜き抹殺しにきていたことだろう。


逆説的に、現在そうなってないということが、なによりの証拠。俺にはまだチャンスがある。サキュバスの国にいくまでは、絶対に浄化などされてたまるものか。


崖っぷちギリギリに立っているのは自覚しているが、諦める理由にはならない。こんな修羅場何度もくぐり抜けてきたではないか!


そう自分を鼓舞した俺は、絶対に野望を叶えてやると決意を固める。


しかし、何気なく放ったエレンの一言で、俺はすぐさま崖から崩れるおちることになる。


「そうだ、エドワードの症状を、ラズ・シルバー(おばあちゃん)に見てもらえばいいじゃない。きっとすぐ治るわよ」

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