ヴァンパイアと聖女
あれから、アエドラ様の許可を得るのに酷く苦労した。
結局、泣き落としで誤魔化して、どうにか許しを得ることが出来た。
あまりにしつこすぎて、アエドラ様に幾度か本気で殺されかけたが、得たものに比べれば、誤差みたいなものだ。
今、俺の前には人間達がつくった街道が広がっている。
「ようやく、ここまできた」
アンデットの王国エルドラを出発してから、はや1か月。遂に国境を越えて、人間達が暮らす領域まで辿り着いた。
エルドラは大陸の最北端に位置する。一方サキュバスの王国は大陸の果ての南だ。そこへ向かうまでに、人間の国はなるべく避けて通り抜けたい。
ちなみに、ヴァンパイアの俺なら空を飛んでいくのが一番早いが、そのためには魔法で翼をつくるしかない。だが、長い間生き血を吸ってない俺に、そんな力は残されていなかった。
「はあ、千里の道も一歩からというわけか」
遥か遠くの道のりを思い浮かべて、ため息をつく。 その時だ。
「この匂いは……」
遠方から懐かしい血の匂いが漂ってきた。耳を澄ませば悲鳴のような声も聞こえる。もしかしたら、誰かが襲われているのだろうか?
正直、あまり関わりたくない。もうここは人間の支配地域だ。通りすがりのアンデットが助け舟を出したところで、敵か味方か分かったもんじゃない。
しかし、頭ではそう分かっているのに、どうにも気になった俺はいつの間にか声のする方へと、足を向けていた。
◇
「遅かったか」
たどり着くと、そこは既に悲惨な状況だった。武装した人間の男が数人倒れており、生き残っている人はだれもいない。
死んでいる男達の身なりから推測するに盗賊だろうか? 全員装備もバラバラで小汚い格好をしている。
死体をよく見れば、食いちぎられた跡があり、その近くには壊れかけの馬車が放置されていた。
(おそらく、何かを運んでいる最中に魔獣に襲われたってところか。運がなかったとしか言えないな)
念のために生存者がいないか確認する。すると‥‥
「う、ううん」
馬車の荷台からうめき声が聞こえてきた。
「なんだ、誰かいるのか!?」
言葉を投げかけても返事は返ってこない。俺は慌てて馬車の中を調べた。
その前に一応アンデットとバレないように、外套のフードを深くかぶり顔が見えないようにする。これなら、少しの間程度なら誤魔化せるだろう。
そして、馬車の中を覗き込むと思いがけないものが俺の視界に飛び込んできた。そこにたのは人間の少女だった。少女は全身を縄で縛られ、猿轡をつけられ、あられもない格好をしている。
「うんんんん!」
綺麗な金色の髪をした少女が俺に気がつき、グリーンアイの瞳でこちらを見つめてくる。何か話しかけているみたいだけど、猿ぐつわをしているせいで、言葉になっていない。
「んんんんんんん! んんんんん? んんんんん!?」
「ごめん、何言ってるか分からないよ。ちょっと待ってな。いま全部外すから」
「んん!」
俺は縄と猿轡を外して少女を解放してやる。
「た、助かりました。 ありがとうございます!」
「気にしないでくれ。たいしたことはしてない」
「そんなことありません! もう死ぬかもと諦めかけていたところですよ! まさか、こうして助けてもらえるなんて、死んでも感謝しきれないです!」
少女は助かった安心からか、目にうっすら涙を浮かべて、何度も俺に頭を下げてくる。顔立ちと声から見て15歳くらいか? なぜ、年端もいかない少女がこんな場所で拘束されていたんだと、そんな疑問が俺の頭に浮かぶ。
「いったい何があったんだ?」
「それは……話すと長くなるんですが……」
そういって、彼女は事情を説明してくれた。
なんでも、人身売買を生業とする悪い盗賊達に捕まり、売られそうになっていたらしい。しかし、輸送中に盗賊は魔獣に襲われ全滅。馬車で大人しく彼女だけは魔獣に見つかることなく、偶然助かったようだ。
「なるほど、大変だったな。でも、ひとつだけ分からないことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「この先に人間の国なんてないのに、盗賊達は一体どこに君を運ぼうとしていたんだ」
「行き先ですか? それはもちろん、アンデットの国ですよ。この先に国はそれしかありませんからね」
「……なんだと?」
はい?
なにをいってるんだコイツは…人間をアンデットの国で売るなんて無謀すぎる。アンデットと人間が取引なんか成立するわけない。そんなことすれば、見つかった時点で殺されるにきまってるのに。
「どうして、盗賊はそんな無謀なことを?」
「うーん、彼らなりに勝算はあったみたいですよ。アンデットにとって、私はそれなりに価値がありますからね」
「勝算、価値? いったい何の話をしている?」
「あ、説明してなかったですね! 申し遅れました。 私、聖王国で聖女をしております、ホリーと申します」
「ええええ!?」
(この少女が聖女だと!? 嘘だろ!)
アンデットにとって聖女は最大の天敵だ。
女神より授けられた聖なる光を宿す彼女らは、アンデットの精鋭を一瞬で浄化するだけの力を秘めている。ましてや、魔力すらほとんど残ってない俺なんてカスみたいなものだろう。
(な、なんて奴に出会ってしまったんだ! もし俺がヴァンパイアとバレたらぶち殺されるぞ)
もしホリーが本当に聖女なら、アンデットの国で売ろうとした盗賊の思惑もわかる。女王アエドラに頼めば、対価として運びきれない黄金を用意したはずだ。それだけの価値が聖女にはある。
(とりあえず、正体がバレる前にここを立ち去ろう! 聖女が相手なんて命がいくつあっても足りやしない)
「色々大変だったみたいだね。じゃあ俺は旅を急ぐからここでさよならするよ。君も気をつけて帰ってね」
「ま、待って下さい! 私はまだ助けてもらったお礼をしてないです!」
「お礼とか全然いいから! ほんとうに通りすがっただけだし」
「いいえ、それでは聖女たる私の気がすまないのです! それに、まだ貴方の名前すら教えてもらってないです。勝手に消えないでくださいっ」
「な、なにをする! 放せっ!」
「い~や~だっ。放しません!」
立ち去ろうとする俺をホリーが掴みがっちりホールドしてくる。
初対面で、しかも命まで助けてやったというのに、なんてふてぶてしい奴なんだ。有難迷惑という言葉をしらないのかよ!
「わ、分かった。教えるからくっつかないでくれ。俺の名前はエドワード。ただのエドワードだ。もうこれでいいだろ?」
「エドワード……フフン、いい名前ですね。覚えました!」
教えてやると、ホリーは手を放し満足そうに笑う。
まさか聖女に名乗り出る日が訪れるなんて夢にも思わなかった。これが戦場なら確実に殺し合いが始まっているところだ。
ようやく、ホリーから解放されてほっと息をつく。しかし、それがいけなかった。天敵である聖女の前で気を抜くべきではなかったのだ。
「ところで、エドワードはどうして顔をかくしてるのです? ちょっと見せて下さいよ」
そう言ってホリーは、勝手に俺のフードをめくり顔を覗きこんできた。
「あ……」
「え……」
彼女の緑色の瞳と、俺の瞳が近くで見つめ合う。
どれほどの時間がたっただろう。俺達は無言でお互いの顔を見つめ続けた。
突然のことで呆然としていた俺は、それからしばらくして、ようやく自分の顔を見られたことの意味を理解した。
そして、きっと今頃ホリーはこう考えているはずだ。何故、目の前にアンデットがいるのだろう? と。
(し、しまったー! 今すぐここを離れないと!)
俺はすぐさまその場を立ち去ろうと足を動かす。しかし、それを制するようにホリーに腕を掴まれてしまう。ためしに振りほどこうとしてみるが、とてもか弱い少女とは思えない力で掴まれており、びくともしない。
ゆっくり振り返ってみると、そこには真剣な表情でこちらをにらみつけるホリーがいた。さっきまで朗らかに笑っていた彼女とはまるで別人だった。
(詰んだ……まさか聖女に正体がバレるなんて……ああ。せっかくサキュバスの国でエロいことできると思ってたのに、こんなところで終わりかよ)
俺は諦念の想いでその場に立ち尽くす。ホリーを見れば、明らかに怒気を含んだ様子が見てとれた。こうなれば流れに身を任すほかないだろう。
「エドワード……貴方そんなに顔色が悪いのに、どうして旅なんてしてるんですか!?」
「え……」
「病人が外を出歩いてはいけません!」
しかし、俺の顔を見た彼女の反応は予想外すぎるものだった。
病人? なにをいってるんだこの子は‥‥
「ちょっと待ってくれ、俺は病人なんかじゃない!」
「いいえ、聖女たるこの私の目を欺くことなどできません。貴方は病人です。いえ、大病人です。鏡で自分の顔をみてください。 今にも死にそうな顔色ですよ」
「違うんだ、これは生まれつきのもので……」
「そんなアンデット一歩手前みたいな人、いるわけないでしょう! ほら、ここに横になって。私が診察してあげるから」
「お、おい!」
俺はホリーに無理矢理寝かされ、なぜか膝枕をしてもらう。
彼女の柔らかいふとももの感触が後頭部に伝わってくる。
「はい、お口をあーんしてください。 あと、瞼の裏の様子も見ましょうね」
「話をきいてるのか!? 俺は病人なんかじゃない!」
「病人は皆そういうんですよ。 うーん、瞼の裏の色が薄いし、あきらかに貧血ですね。元気に歩けてるのが不思議なくらいですよ」
その後も、ホリーは俺の意見を聞かず勝手に診察を続けていく。
(まさか、この顔色のせいで人間に間違えられるとは思ってなかった。どうしよう……聖女がヴァンパイアに膝枕とかヤバすぎる)
1000年生きてきた俺でも、こんな珍妙な状況を経験したアンデットなど聞いたことがない。
(しかし……いや、待てよ。これは逆にチャンスじゃないか? このまま人間として見逃してもらえれば、死なないですむ)
覚悟をきめた俺は、ホリーの前では完全に人間になりきることにした。
「せ、聖女様。もう大丈夫です。心なしか気が楽になりましたので」
「もう、そんな堅苦しい呼び方しないで下さいよ。命の恩人だから気軽にホリーって呼んでください。あ、私もエドって呼ぼうかな?」
(だから、なんだよこの女ぁ! さっきから他人との距離感バグりすぎだろ! もしかしてお馬鹿な子なのか? だから盗賊風情に捕まるんだろうが)
俺は喉から出てきそうになった言葉をぐっと我慢して、顔面に笑顔を張り付ける。
「で、ではホリー。診察はもういいので、俺は旅に戻るとするよ。君の手を煩わせるのも悪いし」
「はい? なにを言っているのです? 聖女が病人を見過ごす訳ないでしょ。ちゃんと完治するまで看病しますからね」
「え……」
「ひとまず、近くの村まで歩きましょう。そこで馬車を借りて、一緒に聖都へ帰ります。エドは重病みたいなので、きちんと設備が整った場所で治療しなくてはいけません!」
「……そんな話聞いてないんだけど」
「いま説明しました。でも、よかったです。これで命を救ってくれた恩返しができそうです! これから先、よろしくねエド?」
ホリーは可愛らしい笑顔でそう言った。
そんな彼女の素敵な言葉聞きながら、俺は思った。
『サキュバスの国でエロいスローライフを送りたい』と願って国をでたのに、どうしてこうなったのだろうと……