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#9 食事

 その皿からは、湯気が上がっている。アンドレオーニさんが私に、さじを渡してくれる。そのさじですくった黒い色の液状の食べ物をひと口、口に入れる。

 何とも濃厚なスープだ。ドロッとしており、食べ応えがある。中にある茶色の塊は……うん、これは肉だな。

「これ、ビーフシチュー。温かいうちに、食べよう」

 香辛料もふんだんに使われている。今朝まで口にしていたあのスープが、ただの泥水にしか感じられない。こっちの方が遥かに美味い。

 そんなものが、無造作に加熱魔導の箱に放り込むだけでできてしまう。何というところだ、ここは。するとさっきの加熱魔導の箱がまた、チーンと鳴り出す。

「パンも、ちょっと、あっためたの」

 と言ってアンドレオーニさんが私に、丸い薄茶色のものを渡してくる。ほんのりと温かいそれは、確かにパンだ。が、私の知ってるパンよりも柔らかい。

 温かいパンに、濃厚なスープ。聞けばこのスープは、ビーフシチューというそうだ。昼間に食べたピザといい、目の前にあるこの料理といい、ここの食べ物は格段に美味い。

 ここでずっと暮らせるなら私、首輪付きでも構わないなぁ。このまま養ってくれないかな。そんなことを思いながら、パンとビーフシチューを交互に食べる。

 満足だ。食事にこれほど満足できたのは、ズーデルアルデ王国を飛び出して以来、初めてだ。いや、ズーデルアルデ王国でも、これほどの食べ物にありつけたことはなかった。どう見ても簡素な調理なのに、これほどまで充足感を得られるなど、ここの食事は恐ろしい。

「そうそう、エルマちゃん、食事のあと、寝る前、歯を、磨いてね」

 食事を終えて皿を片付けていると、アンドレオーニさんがそんなことを言い出す。

「あの、歯を磨くって、何のことです?」

「口の中、汚い。だから、磨くの」

「はぁ。でもその前に、この皿は洗わなくてもいいんですか?」

「ああ、それ……あれが、勝手にやって、くれるから」

 皿を洗わず、口の中を洗えというアンドレオーニさんだが、勝手にやるって、どういう意味?

 と、思っていたら、その言葉の意味がすぐに分かる。皿を置いた台の傍から、腕の化け物が姿を現す。また、あの腕の化け物か? と思う間に、その腕は皿をつかみ、それをその横にある箱の扉を開けて、その中に並べる。箱が閉じられると、中からシャーッという水しぶきのような音がし始める。

「食器は、勝手に洗って、くれるの。で、あのロボット、料理も、つくれるの」

 ああ、そうなんだ。ここにも腕の魔導があるんだ。本当にここは魔導だらけだな。

 で、その後、私は歯磨きというやつを教えてもらう。さっきの市場で買ってきたという歯ブラシに、歯磨き粉というものを付けて口の中を満遍なく磨く。そうすることで、口の中を綺麗に保つことができるという。

 歯磨きまでは、魔導頼みではないようだ。それをやってくれる魔導もあるようだが、身体を触られるものまで魔導に頼るのは、アンドレオーニさんは嫌だと言っていた。にしては、あの駆逐艦という船の中の風呂場では、身体を洗う腕の魔導に頼っていた気がするが……いや、あれはあの船のルールだから仕方なく従ってるだけで、ここにはあの腕で身体を洗うことはないと、アンドレオーニさんはその後、話してくれた。

 美味しい食事を終えて、口の中もさっぱりして、ようやく眠りにつく。そういえば今日は、朝からとんでもないくらい色々あった。戦で蘇生魔術を使ったかと思えば、それをあっさりと破られて、人型重機とかいう魔導で動く機器に連れられて乗せられた空飛ぶ船の中でピザを知り、身体を洗われた後に地上に降りて、そこで見たこともない市場に連れてこられて……なんて色々あり過ぎる日なんだ。

「さ、寝るわ、よ」

 おまけに、この喋り口調が独特のこの女の人に連れてこられて、ここで一緒に暮らすことになってしまった。二人で、ベッドの上に寝転がる。

 やれやれ、高密度な一日が、ようやく終わろうとしている。私は今日という日を一生、忘れることはできないだろう。

 なんて思っていたけれど、今日はまだ、終わりではなかった。

 ベッドに入った私の服に、アンドレオーニさんが手をかける。ボタンを外し、上着を脱がし始める。

「あ、あの、アンドレオーニさん、なんで上着を……」

 この突然の行為に、私は思わず声を上げる。

「なんでって、脱がせた方が、いいから」

「いや、あの、どうして脱がせた方がいいんですか!?」

「エルマちゃんの、小さな膨らみ、感じられないから……」

 などと言いながら、この人は鼻息荒く、私の上半身をいじり始める。

「う、うう……」

「あら、我慢しなくても、いいのよ。ほら、感じるままに、声を出しちゃって、いいんだから」

「ふ、ふえ、でも、あ、アンドレオーニさん……」

「まさか、エルマちゃん、タダで食事が、できるなんて、思ってないわ、よね?」

「ええ〜っ? いやでも、これは……ああっ!」

「身体、すっかり、温まって、きたわね……ぐふふ、エルマちゃん、身体、やっぱり、少年のよう……」

 気づけば私は、アンドレオーニさんの魔の手にかかっている。背中には、アンドレオーニさんの胸の膨らみを直に感じる。

「汗だく……正直な、身体ね。あそこも、すっかり、感じちゃって」

「ひえええっ!」

「声、出しても、大丈夫。ここは防音、しっかりしてる、から」

 何が大丈夫なのか。私の身体は、このスライムが如き女人の餌食になりつつある。身体中の感じやすいところを全部、満遍なく触られる。

「あら、緊張、してる? いいのよ、怖がら、なくても」

 そういいながら、怖ばる私の顔を両手で寄せ、そして口付けをされる。なんだか私、このまま溶けてしまいそうだ。

 この調子で私は、しばらくいじられ続けた。そして、いつのまにか寝てしまっていた。


 そして、翌朝。


 ふと気づくと、私はベッドの上。服は……ああ、そうだ。脱がされたままだった。

 横では、アンドレオーニさんが寝ている。やはり服は着ていない。私のよりもはるかに大きな二つの膨らみを露わにしたまま、いつもは前髪で隠れて見えない顔も、同じく露わにしている。

 こうしてみるとこの人、美人だな。どうしてわざわざその顔を髪で隠しているんだろう? 不思議な人だ。

 そんな私の視線を感じたのか、アンドレオーニさんの目が開く。私と目が合うなり、私の顔に手を伸ばす。

「おはよう、エルマちゃん……」

 微笑みながらそう言うアンドレオーニさんに、私も微笑み返す。が、伸びた手はそんな私の顔をつかむと、そのままアンドレオーニさんの顔まで引き込む。そして、口付けをされる。

「んん〜!」

 しばらく私は唇を押し付けられていたが、やがて私をギュッと抱き寄せてくれる。私の頬には、アンドレオーニさんの胸が当たっている。

 なんだろうな、不快ではない。むしろ暖かくて、心地よいとも感じる。思わず私も、アンドレオーニさんの背中に手を伸ばして、そっと抱き寄せる。

「今日は、休日、なの。このまま、抱き合ってても、いいんだけど……」

 そう言いながら、私を抱き寄せる力を強めるアンドレオーニさん。頬越しに、鼓動の高鳴りを感じる。

「……けど、それは、夜の楽しみ。ちょっと、出かけましょ」

 そういいながらすっと立ち上がり、そばにあった服に袖を通し始めるアンドレオーニさん。その身体の形が、服で隠れていく様を、ただじっと眺める私。

「あら、物足りない、みたい。いっそ首輪、付けちゃおう、かしら?」

「えっ……あ、でも、それでもいいかな……」

「えっ、ほんと……?」

 喉元を撫でながら呟くアンドレオーニさんに、思わず私は変なことを口走ってしまった。アンドレオーニさんのにやける顔を見て、ハッと我に帰る。

「あ、いや、そういう意味じゃなくてですね! 美味しい食事が食べられるなら、ケムニッツェ王国の時のように首輪付きでも、耐えられるかなって意味で……」

「ぐふふ……ほんと、かしら。ペット用の、首輪、買ってくれば、よかった」

 この半裸な女人はゲスい笑いを浮かべながら、私にそう答える。うう、変なことをつい口にしてしまった。ここにきてからの私は、どこかおかしい。

 私も着替える。昨日もらった胸当てとパンツを履き、服を着ようとする。すると、アンドレオーニさんが止める。

「ジャージじゃ、ダメよ。昨日買った、これ」

 と言って渡されたのは、目が痛くなるほどのあの明るい薄紅色の服だ。えっ、これを着るの? でもまあ、せっかく買ったんだし。そう思って私はそれを着る。

 それにしてもこの服、すごく幼く見える。広がったスカートに、背中には蝶々のような大きな布飾りが、どこか童心を蘇らせる。ただでさえ背が低い私が着ると、ますます子供のようだ。

「うん、やっぱりこれ、最高。今にもベッドに、押し倒したくなる……ぐふふ」

 何か良からぬものを、アンドレオーニさんの中に目覚めさせてしまったような気がする。これを着たのは、私にとって本当に良かったのだろうか。そう思いながら、アンドレオーニさんと一緒に外へ出た。

 よく晴れている。心地よい春晴れの空には薄い雲、そして灰色の例の船が見える。と思ったら、それを遥かに上回る大きな船が現れた。ゴゴゴゴッと重苦しい音を立てるその薄茶色の船の大きさに驚き、思わずアンドレオーニさんにしがみつく。

「うわっ、な、何ですか、あれは!?」

「ああ、あれは……民間船、ね」

「み、民間船?」

「そう、昨日行った、あの市場。多くはあの船が、運んで、くれてるの」

 ああ、そうなんだ。つまりあれは、交易商の船ってことなのか。袋詰めのビーフシチューもいっぱい積んでるのかな。

「エルマちゃん、ここ、慣れないもの、多いから、手をつなぎましょ。その方が、安心」

 アンドレオーニさんは、そっと私に手を差し出してくれる。私はその手をそっと握る。笑みを返すアンドレオーニさん。

「ぐふふふ……まるで、恋人、みたい」

 せっかくいい雰囲気なのに、このゲスい笑いが色々と台無しにしているように思う。でもこの人、悪い人ではないようだ。変な人では、あるのだけれど。

 手を繋いだまま、エレベーターに乗り込む。途中、他の人とすれ違う。怪訝な顔で、こちらを見てくる。その表情は、アンドレオーニさんと私が手をつないでいるからか、それとも私のこの派手な服のせいなのか?

 そしてこの建物を出て、私とアンドレオーニさんは街の中に出た。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ノ、ノクターン版はいつですか?!(前屈み) [気になる点] ビーフシチュー、美味しいですよね〜。
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