#8 買物
外からは想像もつかないほど、そこは盛況な場所だった。大勢の濃い青色の服を着た人々が群がり、そして中にはたくさんの棚に、多量の品が置かれている。
食べ物や服、それに見たこともない品がたくさん並んでいる。それをここにいる人々は、大きなカゴの付いた押し車に放り込んでいる。
そのカゴ付き押し車を、アンドレオーニさんは持ってくる。
「まずは……服、買いましょう」
と言いながら、私の身体を舐め回すように上から下まで見渡すアンドレオーニさん。うう、恥ずかしい。でも、今はこの人に頼るしかない。さもなくば、野垂れ死かゴブリン・コロシアムか。私には、生き方を選ぶ自由がない。
「さ、気になった柄、選んでもいいわよ」
と、思ったけど、ここにある服を選ぶ自由は得られた。私はその服がたくさん並ぶ棚に目を移す。
いっぱいあるなぁ。今着ているジャージのようなものから、目が痛くなるほど明るい薄紅色で飾りの多い服まである。
「あ……ピンクのが、良いんだ」
その派手な服に目を止めていたら、アンドレオーニさんが何やらその服に興味を抱いてしまう。
「い、いえ、すごく明るい服だなぁと思っただけで……」
「多分、いや、確実に似合うよ、これ……」
そう言うとアンドレオーニさん、私の身体にそれを当てて、ニヤリと笑う。そして、カゴ付き押し車にそれを放り込む。なんだ、結局アンドレオーニさんが選ぶのか。
「服は、これで良いか……あとは、食べるもの、ね」
と言うと、今度は食材が売られている場所に移動する。
ここにあるのは食べ物……なのか? 綺麗な絵が描かれた袋や鉄の容器に納められた、不思議な塊が多数、積まれている。それを幾つか取り出すと、カゴの中に放り込んでいく。
「あの、これって食べるものなんですか?」
「そう、この袋、あっためるだけ」
「でも、ただの塊にしか見えないんですけど……しかも、どんな味がする、何の食べ物かがさっぱりわからないんですよ」
「袋に、絵、描いてあるわ」
と言われてその絵を見せられるも、それを見ても私にはどんな料理かが想像すらできない。
そんな具合に、食べ物と思われるものをたくさん、カゴに詰め込んだ。そしてカゴいっぱいになったところで、そのまま店の出口へと向かう。
ちょっと待った。まだお金を払っていない。このまま出るのは、まずいのではないか?
「アンドレオーニさん」
「なに……」
「お金、払わなくてもいいんですか?」
私のこの疑問に、アンドレオーニさんは驚くべきことを言い出す。
「もう……払ってるわよ」
「えっ? 払ってるって、お金をですか?」
「そう。ああ、そうね……エルマちゃん、ここの仕組み、知らないか」
そう言ってアンドレオーニさんはカゴの端っこを指差す。
「ここ、カメラが、付いてる。機械の目。これが、カゴに入れる品を、読み込んで、逐一、精算してくれる。そういう、ものなの」
「あの、精算って、でもお金なんて全然やり取りしてませんよ?」
「ああ、ここのお金、電子マネー、だから」
また不可解なことを言い始める。で、さらに聞くと、つまり薄っぺらい板切れのようなものにお金が入ってて、それがこのカゴのカメラとかいうやつ目の魔導で読み取った品の分だけ差し引いてくれる。そんな仕組みだというのだ。
信じがたいことだが、魔導でお金をやりとりしているのだろう。そういうものだと思えば、なんとなくは理解できる。
で、端にある机の上で買ったものを袋に詰め直し、市場を出る。
袋詰めした品を抱えて二人、てくてくと歩く。すぐ目の前には、さっき教えてもらったあの城壁のような建物が迫っている。こんな大きな建物に住むのか? 不安しかない。
「私の部屋……一五階、だから」
そう告げるアンドレオーニさんは、建物に入るなりそう教えてくれる。歩く先には、またエレベーターが現れた。
そうか、これだけ大きな建物だから、エレベーターは必須だな。これを足で昇れとか言われたら困る。中に乗り込み、上へと向かう。
エレベーターを降りると、そこは扉が等間隔にずらりと並ぶ。住処というより、まるで独房が並んでいるようだが、アンドレオーニさんは特に気にしていない。
「私の部屋、エレベーターから、八つ目だから」
と言って、アンドレオーニさんはその八つ目の部屋にたどり着くと、その扉に手を当てる。すると、かちゃっという音がする。そのまま、ドアを開ける。まさか、手を当てるだけで鍵が開くのか? 不思議な魔導だ。
「エルマちゃんの、可愛い手も、鍵、登録しなきゃ、ね」
と、アンドレオーニさんは言うが、何を言ってるのかわからない。鍵を登録? 私にも、錠前を開ける魔導を使えるようにすると、そういう意味なのだろうか。
中は、真っ暗だ。が、壁際の突起を押すと灯りが点く。外はもうすっかり日は暮れており真っ暗だが、この中はまるで昼間のように明るい。
そういえば、ここの灯りは火を使っていない。白く光るそれは、触れても熱くない。どういう仕組みだろうか。まるで光の魔導のようだが、これほど明るいのに熱くない魔導って、なんなの?
魔術や魔導のない星から来たと、アンドレオーニさんはそう言っていた。だが、さっきから魔導だらけじゃないか。光の魔導、お金の魔導、エレベーターという上下に移動する小部屋の魔導。魔術こそないが、魔導に関しては私の知るそれよりも遥かに多彩で強力だ。
「そういえば、夕飯、まだよね」
驚愕の連続で、そういえば食事のことを忘れていた。
「あ、はい、そういえばお腹、空きました」
「そうよね……初めての、ことだらけ。エルマちゃん、エネルギー、使うよね」
そう言いながらアンドレオーニさんは、さっき買ってきた品から二つ、食べ物の詰められたという袋を取り出す。と、それを、奥にある白く四角い箱の扉を開き、その中へ無造作に放り込む。そして、その端の方に触れる。
すると、ブーンという音と共に、淡い光を放ち始める。また、知らない魔導だ。するとアンドレオーニさん、今度はそのすぐ横にある大きな箱の扉を開ける。中から、透明な瓶のようなものが出てくる。
透明な容器を二つ並べて、その中身を注ぐ。それを私に手渡すアンドレオーニさん。触れると、とても冷たい。これまさか、飲み物なの?
「オレンジジュース……美味しいわよ」
私は恐る恐る、それを口にする。一口飲むと、柑橘の酸っぱい味と、ほんのりとした甘味が口の中に広がる。私それを、一気に飲み干す。
ああ、何て美味しいのか。喉の奥にスーッとその冷たさが伝わると、私の中の魔力が再び高まるのを感じる。
これを口にしてしまうと、今まで飲んでいた水が生臭いものに感じられる。この飲み物を入れていたあの箱は多分、冷やす魔導でもかけられているのだろう。それがこの飲み物の味を引き立てている。
そんな飲み物に感銘していると、横の白い箱がチーンと甲高い音を立てる。アンドレオーニさんはその扉を開き、さっきの袋詰めを取り出す。
その袋を裂いて、中身を皿の上に無造作にそそぐ。茶色い何かが、ドバッと出てくる。それを二つ、テーブルの上に並べた。
「さ、食べる、わよ」
見たこともない調理法で出てきた食べ物が、私の前に置かれた。