#6 魔導・魔術
それから私は、尋問を受け続ける。
魔力のあるうちに下僕を従えて、少しでも自分の立場を有利にしようと考えたこと。過去に、そうさせるだけの処遇を、逃れた先のケムニッツェ王国で受けたこと。ついでに、ズーデルアルデ王国に不満を持って抜け出したことも洗いざらい、すべて言わされた。
で、なぜかその後、私は風呂場へと連れていかれる。身包み剥がされて、そこで私は再び、腕の化け物と再会する。
そこの化け物は料理ではなく、身体を洗うための仕掛けなのだという。宇宙というところは水が貴重だから、身体を洗うのはロボットと呼ばれるこの腕の化け物任せにしなければならない、それがこの艦での決まりだという。
確かに手際よく、少ない水でさっと身体を洗い流してくれた。が、異形の腕だけの化け物に、私は全身を弄られてしまった。とても屈辱的だ。
もっとも、同じことをアンドレオーニさんもやられていたから、別に私だけへの仕打ちというわけではない。あれがここでは常識なんだということだ。
そんな激しい儀式の後に、温かい湯船に浸かる。
「はぁ……」
空腹を解消したかと思えば、私がつい発動した蘇生魔術によりアンドレオーニさんに問い詰められ、洗いざらい吐かされた後に、風呂場に連れてこられた。なんて日だ。
その代わりに私は、この世界の構造、つまり星とか宇宙とか、そういうものを知ることになった。この世の理を、私は垣間見ることとなった。それも含めて、とんでもない日だな。
だが、身体中についていた土や股の間に染み込んでいたあの不快感も、ここでさっぱり洗い流すことができた。全身で感じるこのすっきりした感覚を、私は今、堪能している。
「ところで、エルマちゃん……」
もう話すことなどないと思うのだが、まだ何か、尋ねようとするアンドレオーニさん。
「は、はい、なんでしょうか……?」
「さっきから、気になって、たんだけど……どうして、魔導と魔術、両方、あるの?」
この質問に、私は一瞬、キョトンとしてしまった。
「もしかして、それ、秘密か何か、なの? もし、話さないと、いうのなら……」
「ああーっ! 別に秘密じゃないです、話します!」
またこの人、豹変しかかったぞ。せっかく身体中を清めてすっきりしたところだというのに、再び眼光を鋭くして睨みつけられてしまった。案外おっかないな、アンドレオーニさんという人は。
「ええとですね、魔術というのは、その人が生まれもって使える術のことなのです」
「そう、なのね……でも、それって、この星じゃ、当たり前、じゃないの?」
「そんなことはないです。魔術を持つ者は、数百人に一人くらいなんですよ。魔術には、読心や光などと呼ばれるものがあります。そして私の持つ蘇生の魔術は、本当にごく稀にしか存在しないものなんです」
「そう、なのね……じゃあ、魔導は?」
「魔術と同じことを、道具や薬、魔法陣などを用いて、魔術を持たぬ者でも使えるようにしたものです。例えば、読心の魔術を持つ者は少ないけれど、それと同じ読心魔導を使える人はたくさんいます」
「えっ? てことは……私も、魔導なら、使えるの?」
「いえ、魔導にも使える人と使えない人がいるんですよ」
「えっ……なんで?」
「そもそも魔導とはいえ、その人の持つ魔力が必要となります。魔術持ちでなくても、魔力を持った人でないと魔導が使えないんですよ。しかもその人の持つ魔力の質によって、使える魔導も限られているんです」
「そうなんだ……でも、魔力を持ってるか、どうかなんて……どうやって分かるの?」
「教会にある、大きな魔力石というものを使うんですよ。それに手を当てると、その人がどれくらいの魔力を持っているかが、大体分かるんです」
「ふうん……」
ズーデルアルデ王国では平民も貴族も、十歳になれば教会に出向いて、魔力を測ることになっている。私の村にも小さな教会があって、私も十年前に魔力持ちだと判明した。
だが、魔力持ちが即、魔術使いというわけではない。特に強い魔力を持つ者は王都に集められて、そこで詠唱をさせられ、魔術特性を調べられる。そこで私は、蘇生魔術持ちであることが判明した。今から十年ほど前のこと、そのまま私は自身の意思とは無関係に、蘇生魔術士としての訓練を受けることとなる。
なお、魔術特性を持たない魔力持ちは、魔導士としての訓練を受ける。魔道具を使ったり、あるいは身体に魔法陣の入れ墨を掘ったりすることで、魔術士と同様の力を持つ魔導士となる。私を監視していたあのケムニッツェ王国の読心魔導士も、背中や腕に魔法陣の彫り物をしていた。それによって、読心魔導の使い手となれた。
「そうなの、ね……てことは、蘇生の魔導を、使う人も、いるって、こと?」
「いえ、全ての魔術が魔導にできているわけではないんです。蘇生魔術はどんな魔道具でも彫り物でも作り出せなくて、こればかりは天賦の才に頼らざるを得ないんです。だから、魔物の屍を使って不死身の兵士を作り出せる蘇生魔術士は、とても優遇されるはずだと思って……」
「で、母国を、裏切った、と」
「う……」
案外、辛辣な物言いだな、アンドレオーニさん。
「いや、そういうわけじゃないんです。確かに蘇生魔術士となって貴族待遇を受けられたものの、王国貴族たちからは酷い罵りを受け続けて、それで耐えられなくなって隣国に逃げたんです。好きで裏切ったわけじゃないんですよ」
「ふうん、その結果が……あの、首輪なの」
「いやあ、だって、ケムニッツェ王国はズーデルアルデ王国の蘇生魔術士に苦しめられてきたから、そんな国に私が行けば、ちやほやされるかなぁ、なんて思ってたんですけどねぇ」
「そんなわけ、ないじゃん……普通に考えれば、それまで苦しめられた、相手。恨みこそ、あれ、厚遇なんて、もっての外。家畜同然も、納得……自業自得、ね」
うう、まるでケムニッツェ王国での私の受けた仕打ちを見てきたかのように語るアンドレオーニさん。まさにその通りなのだが、私にだってこの魔術のおかげで、生き方を選べなかったという不幸の上でこうなったという事情もある。
「あの、そういうわけなので、私が蘇生魔術士であること、黙っていてもらえませんか?」
「えっ、なんで?」
「そんな魔術士だって知られたら私、ここでも居場所を無くしてしまいます。だから……」
「あれ、エルマちゃん、もしかして、ここにいられる、なんて、考えてるの?」
「えっ?」
「この艦、ズーデルアルデ王国の、王都ティルブダムの、すぐ傍に、作られた宇宙港、向かってる。その脇に、作られた街、地球七七二の人しか、住めないから、あなたそこで、王国に引き渡し、なのよ」
「ええ〜っ!」
なんだって? 王国に引き渡し? そんなことされたら私、裏切り者として、確実に処刑されてしまう。
「そ、それは困ります! そんなことされたら私、すぐに殺されちゃいます!」
「裏切り者、だもんね……ろくな殺され方、しない、でしょうね」
「そりゃあもう一番酷い死罪で、大勢の人々が集まるコロシアムに放り込まれ、多数の発情したゴブリンと素手で戦わされ、その場で凌辱されながらなぶり殺しされるっていう刑があってですねぇ……」
つい刑の話をしていたら、その場に引き出される自分を想像してしまった。胃の中のものが溢れそうになり、口を抑える。うう、そんな死に方、絶対に嫌だ。
「ぐふふ、それは、酷いわね……なら私が、なんとか、してあげる」
そんな私の背中をさすりながら、アンドレオーニさんがそう私に告げる。
「ほ、ほんとですか!?」
「ほんと、よ。でも、その代わり……」
「へ?」
願ってもない話だ。ここにいられるのなら、それに越したことはない。美味しい食べ物にありつけるし、おまけにここの風呂場は心地いい。
けど、なんだか妙な雰囲気になってきた。
アンドレオーニさんは、私よりもずっと背が高くて、おまけに胸が大きい。それに比べたら私は、まるで子供のように低くて、胸も薄っぺらい。
そんな私の小さな胸に、そのふくよかな二つの膨らみを、押し付けられた。
「あ、あの……」
「ぐふふ、エルマちゃん、その身体、まるで、少年みたい……とても、可愛い」
「え、ええと、それはよく言われます。む、胸も小さいし、女に見えないって言われたことも……」
「でも、そこが、いいわ……」
なぜだろうか。ただならぬものを感じる。ひょっとして私、とんでもない人に、見初められた? いや、だけどこの人、女だよね。
が、胸だけじゃない。腰に手を回されて、すっかり密着している。おまけに、顔が近い。
「まさか、タダで助かる、なんて、思ってない、わよね」
「あ、あわわ……」
「大丈夫、私に、任せて、くれれば、いいのよ……身体ごと」
そう言いながらアンドレオーニさんは私の頬を左手で触れると、顔を寄せる。そして……唇にそっと、口付けをする。
あれ、私は今、何をされてるんだろうか? まるでスライムに捕食された獲物のように今、私はアンドレオーニさんに捕食……じゃない、取り憑かれている。
しばらくの間、風呂場でいじられていたのだが、そこを出ると今度はどこかへと連れていかれて……それからどうなったのか、あまりよく覚えていない。
気がついたら私は、薄暗い部屋の中、ベッドの上で寝ていた。