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#5 地球(アース)

 私の魔術に応じて、我が下僕らが立ち上がる。この食堂という場所にある多くの皿は、私の魔力に共鳴してカタカタと音を立てる。

 そして、その皿の上にある肉どもが、徐々に立ち上がる。

「うわぁ!?」「ひえっ!」「なんだ、俺のハンバーグが動いたぞ!?」

 この場にいる連中が悲鳴を上げる。急に動き出した目の前の肉に驚愕しているようだ。

 私には感じる。この上ない魔力が、私の身体を貫いている。うん、頃合いだ。

 そして私は、さらに詠唱する。

「ヴェーインコォマ!」

 集まれ、という意味の古語だ。立ち上がった下僕らに向かって、私はこう唱える。が、想定外のことが起きる。

 せっかく使役したこの下僕どもは、まるで使い物にならない。

 あやつらはただ皿の上でうねうねと、のたうち回っているだけだ。茶色で丸いひき肉で作ったと思われる肉に至っては、ただその場でピクピクと脈動するだけ。我が膨大な魔力を受けて、それほどの働きしかできないのか?

 いや、考えてみれば当然だ。切り刻まれた肉で、さらに焼かれた後だ。力を宿す部分が、ほとんど残っていないとみえる。いくら我が魔力を送り込んだところで、そのほとんどが無駄になるばかりだ。

 その現実を目の当たりにして愕然としていると、突然その私の腕をぎゅっとつかむ者がいる。振り返ると、アンドレオーニさんが私の腕を握り、仁王立ちしたまま凄まじい形相で睨みつけていた。

「……なに、してるの……」

「ひぃっ!」

 前髪の隙間から見せる鋭い(まなこ)から感じる気迫で、私は思わず悲鳴をあげてしまう。まずい、また漏らしそうだ。アンドレオーニさんは、続ける。

「あれ、止める方法、あるよね?」

「は、はい!」

「なら……分かってるよね?」

 つまり、すぐにあれを止めろと言っている。そう察した私は、すぐに詠唱する。

「す、スタゥペ!」

 皿の上の屍ども、つまり肉料理は、私のこの一喝で動きを止める。今はただ皿の上に乗せられた美味な料理へと戻ってしまう。この場にいる二十人ほどの人々はさっきまでうごめいていたその料理を前に、恐々とフォークで突いている。

「ちょっと……こっちに、来て」

 それを見届けたアンドレオーニさんは、私の腕をつかんだままこの食堂を出る。腕をつかまれて身動きが取れない私は、ただついていくしかない。

 そして、小さな部屋にたどり着く。私が入るや、アンドレオーニさんはバタンとドアを閉じると、ガチャッと鍵をかける。

 その薄暗い部屋の中央には、小さなテーブルと二つの椅子。その奥の椅子に私を座らせると、その向かい側に座って腕を組んで、そして灯した明かりをこちらに向けながら、こう告げる。

「さっきの、あれ。魔法、だよね?」

 浅はかにも短絡的に使ってしまった蘇生魔術のおかげで、私は今、この人に追い詰められている。こうなったらもう、誤魔化しは効かない。

「は、はい……ま、魔術です」

「魔術? ああいうの、ここじゃ、魔術って、いうの?」

「は、はい……」

「変だ。ズーデルアルデ王国の、人から、『魔導』って、聞いたわ」

 そう私に告げるアンドレオーニさんのこの言葉に、私は違和感を覚える。何を言っているんだろうか、魔導と魔術、どちらもあることはズーデルアルデ王国どころか、ケムニッツェ王国でもその他の国でも常識だ。この口ぶりからは、そのことを知らないと見える。

 あの巨身を見た時から、ずっと感じていた違和感。この人たち、私たちでは考えられないほどの強大な魔導を使い、空を飛んだりゴーレムほどの巨身や腕だけの化け物を操っている。にも関わらず、魔導と魔術を知らないというのだ。この違和感の原因を、私は知りたいと思った。

「ど、どこから……」

「えっ……なに?」

「アンドレオーニさんは、どこから来たんですか?」

「ちょっと……なんのこと?」

「魔導と魔術があることなんて、常識じゃないですか。ましてやこれほどの魔導を使う人たちなのに、魔導や魔術を知らない。一体、アンドレオーニさんはどこの国の人たちなんですか!」

 だから私は、あえてその疑問をアンドレオーニさんにぶつけてみる。私たちにとっての常識が、この人たちにとっては非常識。また、その逆もある。話している言葉は同じズーデルアルデ語なのに、言葉以外がまったく噛み合わない。その疑問を晴らさなければ、私の気がおさまらない。

「そうね……エルマちゃん、私たちのこと、まったく、知らないのよね」

 そうアンドレオーニさんは呟くと、壁際にある真っ黒な額縁のようなものに触れる。額縁と言いながらも、絵も何も描かれていない。その不可解なものに触れると、それはいきなり光を放つ。

「ええと、確か……うん、これだ……」

 何やらぶつぶつといいながら、アンドレオーニさんはその額縁の表面を指でいじる。その指先に応じて、額縁の表面の文字らしきものが動く。また、妙な魔導を使い始めたな。やがて何かを見つけたようで、再び椅子に戻ってくる。

「これ……見てちょうだい」

 そう告げるアンドレオーニさんの言葉に従い、私は光る額縁を見る。そこには、実に不思議なものが描かれていた。

 青く丸い球体。表面には白い筋と、ところどころ茶色や緑色の何かが見える。それはゆっくりと回りながら、徐々に黒い部分が球体を覆い始める。やがて三日月のようになったかと思うと、暗く見えなくなり、反対側からまた三日月のように光りだす。

「こ、これは……なんですか?」

「これは、あなたが今、住んでる、星なの……」

 星、今、星といった。星って、空に輝いているあれのことか。言われてみれば丸く光り輝いて見える。

「その、星って……どういうことですか?」

「つまり、あなた今、この星の表面に、いるの」

「星の、表面?」

「ちょっと、見てて」

 アンドレオーニさんがそう言うと、額縁の表面に手をかざす。二本の指でその青い球体に触れると、その上で指を大きく開いてみせる。

 それに呼応して、その青い球体は大きくなる。それはある茶色の部分へ迫り、やがて白い筋を抜ける。

 その白い筋が雲だと言うことに気づく。その雲を突き抜けて見えてきたのは陸地だ。それはさらに大きくなり、やがて街らしきものが見えてくる。それを見た私は、ハッとする。

 中央には白くて横に広がる宮殿が見える。あの宮殿には、どこか見覚えがある。その宮殿の前には、それと比べれば小ぶりな屋敷がいくつも立ち並んでいる。その前には広場があり、両脇には無数の建物が建ち並ぶ。

 間違いない、これは王都だ。王都ティルブダム。ここに見えているのは王宮と貴族街、そして平民街だろう。

 この青い星が私の星だと言った意味が、ようやく実感できる。つまり私は知らないうちに、あの青い球体の上に住んでいたということになる。

「ちょっと待ってください。私って、この青い星の上に住んでるんですか?」

「そう、そして……私もなのよ」

 そう答えるアンドレオーニさんだが、それは当然だろう。ズーデルアルデ王国だけでなく、隣国のケムニッツェ王国だってそうだ。どの国の人々も、あの青い球体の上に住んでいるんだということになる。

「ああ、でも私の星……この星とは、違うの」

 ところがだ、アンドレオーニさんはさらに驚くべきことを言い出す。

「あの、この星と違うとは、どういうことなんですか?」

「そのまんま、ちょっと、見てて」

 そういうと、今度は二本の指を狭める。すると宮殿は勢いよく離れていき、雲を抜けて再び青い球体に戻る。が、そこで止まらず、さらに離れて青い点に変わる。

 やがて、それすらも離れて無数の星が広がる。それはまさに、夜空で見る星空そのものだ。それを見た私は察する。

 空に輝く星って、ひとつひとつがあの青い球体のようになっていて、人が住んでいるってこと? なんだか、衝撃的な事実だ。が、アンドレオーニさんが私にこう教えてくれる。

「たくさんの星、あるけど、この無数の星の一つ一つは太陽、その周りには、たくさんの惑星が回ってて、その中にはごく稀に、人の住む青い星があるの」

「あの、それってつまり、人の住まない星もあるということです?」

「むしろ……そっちの方が、多い」

 さらにアンドレオーニさんは続ける。聞けばこの無数の星の中の一千個ほどに、人の住む星があるのだと言う。それを、地球(アース)と呼んでいるそうだ。

 で、アンドレオーニさんはこことは違う、別の地球(アース)からやってきたのだと言う。光の速さでも三百年はかかる距離、三百光年離れた地球(アース)七七二、つまり七七二番目の星から来たんだそうな。

 そして私の住むこの星は、いずれ地球(アース)一〇五六と呼ばれることになると言う。

 私が今、乗っているこの城塞のようなものは、この星の間、宇宙という場所を渡り歩くための駆逐艦という船であり、これがたくさん、この星の周りにいるのだという。

 駆逐艦とはその名の通り、敵を駆逐する船なんだそうだが、敵とは一体誰なのか? 聞けばこの一千個の星々は二つに分かれていて、一方が宇宙統一連合、通称「連合」と呼ばれる勢力で、もう一方を銀河解放連盟、通称「連盟」と呼ばれる勢力なんだとか。この二つの勢力はもう何百年もの間、争いを続けていて、その戦いのためにこの駆逐艦という船が使われるそうだ。

「……ということで、私、他の星から、来たの」

「は、はぁ……」

「で、私の星、魔導や魔術は、ないの。いや、宇宙の、ほとんどの星に、魔法や魔導なんて、ないの。それが、普通」

 魔導や魔術は、常識だと思っていた。でも、この広い宇宙というところで魔導や魔術はごく稀な存在だと聞かされる。その事実に、私は驚くばかりだ。

「てことで、さっきの、魔術。あれ、私にとって、知らない、ものなの」

「そ、そうなんですね。魔術って、珍しいものだったんですね。知りませんでした」

「そう、珍しいの……」

 と、それまで淡々と語っていたアンドレオーニさんが、急に前のめりになり、テーブルの上にあった灯りを私に向ける。前髪の隙間から、ぎょろっとあの目が睨みつけてくる。私は再び、恐怖に包まれる。

「で、その魔術で、あなた……何しようと、したの?」

「うわああっ、ご、ごめんなさい!」

「謝らなくても、いい。ただ正直に、自分のやろうと、した事実を、話す」

 まるで真綿で首を絞めるように、じわじわと、しかし抗えぬほどの力で、私を徐々に追い詰める。その気迫を前に、私は動けなくなる。

「わ、私、魔術士なんです。蘇生魔術という、ズーデルアルデ王国でも三人しかいない魔術の使い手で……」

「蘇生、魔術?」

「つ、つまりですね、魂の抜けた肉体、屍を操ることができる、そういう魔術を使えるんです」

 それを聞いたアンドレオーニさんは、急に険しい表情から一変し、不気味な笑みを浮かべ始める。

「ああ……だから、肉料理が……ぐふふふ」

「あ、あははは……」

 別に可笑しいとは思わないが、アンドレオーニさんが笑い出したので、私もつられて笑う。が、私の笑顔を見るや、再び豹変して険しい顔に逆戻りする。あれ、私、今なにか、怒らせちゃった?

「あははは、じゃ、ないわ!」

「ひぃっ!」

「その、肉料理、操って、何しようと、したの!?」

 再び追い詰められる私。このまま私、どうなっちゃうんだろうか? 

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[良い点] アンドレーニさん、陰で貞○っていわれてそう エルマ「バ、バタ○アン…」
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