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#3 首輪

 どうしてこれほど重たいものが、空に舞い上がることができるのか? 空を飛ぶ魔導や魔術など、聞いたことも見たこともない。ましてやゴーレムほどの大きさと重さの巨身なれば、およそ空を舞うということとは無縁な存在のはず。

 そんなものが、いとも容易く空を飛び始めた。

 いや、そもそもこの巨身はどうしてこの男の思い通りに動くのだろうか? ゴーレムならば人を見れば見境なく襲い掛かるものであるし、ましてや人の思惑通りに動くなど、考えられない。

 それに、この椅子と目の前のテーブルに光るものはなんだ?

 私の頭に無数の疑問が湧いては、新たなる疑問がまた湧き起こる。が、今それを尋ねることはできない。

 下手に何かを尋ねて、それがきっかけでこの男がヘソを曲げて、ここで置いていかれることになっても困る。

 何せここは空の上。それも雲を超えて、山脈すらも見下ろすほどの高い場所にいるからだ。ここで放り出されようものなら、その結果私の身に起きることは容易に想像がつく。

『三三二七号艦よりナポリタン、着艦許可、了承。ただちに着艦されたし』

「ナポリタンより三三二七号艦、了解、これより着艦する」

 この巨身一つに抱いていた疑問が些細に思えるほどのものが、目の前に現れる。今まさに私の想像をはるかに上回るものが、この空の上にはあることを見せつけられる。巨身どころではない、さらに巨大なものが空を飛んでいるのが見えてしまったからだ。

 雲の高さを超えて、はるかに高い場所へと到達したこの巨身だが、薄い雲を突き抜けた途端、まるで石砦のような灰色の不可思議なものが目に飛び込んできた。

 いや、石砦どころではない。王宮すらも遥かに超える大きさの、まるで城塞のようなものがそこにある。その真四角の塔のようなその先端には大きな穴が空いており、その後ろ側は盛り上がった形状をしている。そんな奇妙なものが、雲よりも高い場所に浮かんでいるのだ。その空飛ぶ城塞に向かって、この巨身は飛び続ける。

『第一格納庫、ハッチ解放! ナポリタン、着艦準備!』

 その城塞の天辺の一部が、ゆっくりと開き始める。その蓋の下に、私を乗せたまま勢いよく飛び込む巨身。するとその蓋の下からは、何やら巨大な腕が伸びてきた。

 その巨大な腕が、飛び込んできたこの巨身を掴んだ。透明な覆いの向こうは、その巨大な腕の手の平で覆われてしまった。だめだ、恐ろしすぎる。また、漏らしてしまいそうだ。

「ナポリタン、着艦よし」

 ところがだ、あの男は驚く様子もなく、淡々と目の前のテーブルに向かって何かを告げる。そういえば、先ほどからあのテーブルのあたりから別の誰かの声がしていた。もしかして、この巨大な灰色の城塞にいる兵士と会話していたというのか?

 非常識の度が過ぎる。理解が追いつかないどころか、どこから尋ねればいいのかすら見出せない。起きること全てが、まるでこの世のものとは思えない。もしかすると私は気づかないうちに死んでいて、今まさに天国(ヴァルハラ)へ向かうところなのではないか? とさえ思えてくる。

 が、それにしてはお腹の方があまりに現実的すぎる。天国(ヴァルハラ)へと旅立つのに、空腹なんてことがあるだろうか。妙な話だが、空腹のおかげでここが現実世界の只中にいることを私に自覚させてくれる。

 そしてこの巨身は、ガランとした場所へと降ろされる。天井の蓋が閉じられ、一瞬、真っ暗闇になる。が、すぐに明るい光が灯り、辺りが見えてくる。

 奇妙な場所だ。岩とも金属とも分からぬ壁に囲まれたその場所には、この巨身以外にも二体、別の巨身がいる。そやつらは直立して、その壁際に突っ立っている。不思議なことに、ピクリとも動かない。

「気圧調整、完了。ハッチ開く」

 と、目の前の椅子に腰かける男がそう呟くと、プシューッという音と共に透明な覆いが開く。と同時に、奥にある扉が開き、人がぞろぞろと入ってくる。

 見渡すと、他の二体の巨身の透明な覆いが開いており、その中からは別の男らが顔を出している。

「カルデローニ少尉! 現地から兵士を連れ帰ったと聞いたが、本当か!?」

 ふと見ると、巨身の足元に数人の黒っぽい服をまとった人たちが群がっている。皆、手に大きな道具を握り、この巨身の周りをぐるりと囲んでいる。

「あの整備長、兵士といっても武器は持ってませんよ。それに相手は、女の人ですよ。そんなに構えなくったって大丈夫です」

「えっ! 女だってぇ!?」

 整備長と呼ばれた男が叫ぶ。どうやら兵士が乗っていると思って、皆は構えていたようだ。が、女と聞いた途端、むしろ人が集まってきた。

「到着しました。降りますよ」

 で、目の前の男、どうやらカルデローニと申すこの男は、私にそう声をかける。やや居心地が悪い気もするが、ゆっくりと立ち上がる。

「ところでお嬢さん、一つお尋ねしたいのですが」

 立ち上がった私に、カルデローニという男が突然、尋ねる。不愛想な男だと思っていたのに、「お嬢さん」などとかしこまるから、少し照れる。

「は、はい、なんでしょう?」

「お嬢さんのこと、なんてお呼びすればいいんですか?」

 ああ、そうか。そういえば名前を伝えていなかったな。私は答える。

「私の名は、エルマ。ケムニッツェ王国軍に身を寄せてましたが、元はズーデルアルデ王国にて、そせいま……」

 私はこう言いかけて、言葉を止める。待て待て、ここで蘇生魔術士であることを明かせば、私はまた閉じ込められてしまうのではないか?

「えっ、なんですか?」

「ああ、いえ、王国の職人の娘として生まれた、平民階級の者なんです」

 危ない危ない。蘇生魔術士だと知られるわけにはいかない。ましてこやつらはズーデルアルデ王国とつながっているようだから、ますます秘匿せねばならないな。

 いつのまにか、巨身の前には大きな階段が付けられている。恐る恐る、その階段に向かう。首につけられた首輪から垂れ下がった鎖を持ち、階段を降りる。

「あの、エルマさん。もう一つお聞きしたいのですが」

 その階段の途中、カルデローニさんは私に尋ねかける。

「はい、何ですか?」

「その首輪と鎖、まさか、ファッションではないですよね?」

 まさかとは思うが、これを自分の意思で付けていると思われていたのか? 私は反論する。

「そんなはず、ありません! これは魔力封じの首輪で、私の魔術を封じられてるんです!」

「えっ、魔力封じ? 魔術?」

 しまった。魔術と言ってしまった。どうしよう、ごまかさないと。

「さっきからずっと思ってたんですけど、もしかしてエルマさんって、魔法的なものが使えるんですか?」

「えっ? いや、あの……」

「魔力封じってことは、魔力があるってことでしょう? おまけに、ズーデルアルデ王国からケムニッツェ王国に逃れて、その両国が戦う戦場に首輪付きで連れてこられたわけですし、もしかするとあの魔物の屍を動かしていたのは……」

 不味い不味い不味い。このままでは、私の正体がばれてしまう。

「ええと……ちょ、ちょっと、ほんのちょっとだけ使えるんです、魔術が。そんなことよりも、この首輪を外してもらえませんか?」

「あ、そうですね。分かりました、整備長に頼んでみましょう」

 ふう、何とかごまかせたようだ。とにかく、この煩わしい首輪を外してもらおう。降りると、私はぐるりと男の人に囲まれる。

 そこでふと、考える。もしかして私、何かされてしまうんじゃないか? 男だらけで、女が一人。ケムニッツェ王国で捕らえられて首輪をつけられた時も、同じように恐怖を感じたものだ。が、敵方の異国民であったためか、どちらかというと私は家畜に近い扱いを受けてしまった。が、ここは「人」として見られている分、かえって不安がよぎる。

「あの、整備長」

「なんでぇ」

「この首輪をですね、取ってほしいんですが」

「えっ? これってファッションじゃねえのか」

「いやあ、普通に考えて、こんなうっとおしいファッションはないでしょう」

「そうかぁ? だってこの星は、中世文化な星なんだろう? そういうやつがいるのかなぁって思ってよ」

 なんだか、随分と失礼なことをいう男だな。馬鹿にされているのは、なんとなく感じる。

「まあ、いいや。それじゃお嬢さんよ、その首輪をちょっと見せてみぃ」

「あ、はい」

「ああ、そうだ整備長。一つだけ、注意してほしいことが……」

 いよいよ首輪を外そうというときになって、カルデローニさんはその整備長という男に耳打ちをしている。それを聞いた整備長さんは、いきなり叫ぶ。

「なんだってぇ! 漏らしちまっただと!?」

「ああ、整備長、ダメですって、大声で言っちゃあ!」

「うっ、すまねえ。つい」

 あー……ばらされてしまった。周りを囲む皆の視線が、冷たい。うう、恥ずかしいな。もっとも、蘇生魔術士であることがばれたことを思えば、大したことではないが。

「とりあえずは、この首輪を破壊してください。後のことは、アンドレオーニ少尉に任せることにしましょう」

「そうだな、分かった。それじゃあ嬢ちゃん、今からそいつをぶっ壊す。ちょっと、こっちに来な」

「は、はい」

 私はその整備長という男の後を追う。カルデローニさんもそうだが、ここにいる男らは少し、口が悪くて無神経なところがあるものの、概ね親切だ。私をぞんざいに扱う気配はない。

 整備長さんは、なにやら大きなハサミのようなものを持ってくる。どうやらあれでこの首輪の錠を壊すようだ。しかし、あんなおっかないものを首のすぐそばに当てられるなんて、なんだかとてもおっかない。

「ちょっとの辛抱だ。それじゃ、行くぜ」

 そう私に告げると、その馬鹿でかいハサミを私の首元に当てる。バキン、という音と共に、首からあの魔力封じの輪が取れる。

 身体中に、魔力がみなぎる……とはいかない。首輪が外れたら、今度は空腹の方が気になりだした。そういえば、朝から食べていない。朝も固いパンと薄い塩味のスープだけだった。なんでもいい、何か食べたい。

「おう、取れたぜ」

「ありがとうございます。あの、ついでにお願いなんですが」

「なんだい、嬢ちゃん」

「何か、食べる物を頂けませんか。私、お腹が空いちゃって……」

「なんでぇ、首輪をされていた上に、もしかして飯まで抜かれてたのか? 嬢ちゃんよ、あんた一体、何をやったんだ?」

「うう、それは……」

 普通に聞いたら、酷い扱いだと思うだろう。私も、そう思う。だが、その理由を答えようとするとどうしても蘇生魔術士であることを話さざるを得ない。それは、なんとしても避けたい。

「はい……ここから、私、相手します……」

 と、そこに、別の人物が割って入ってくる。見たところ、女だ。

 ここは男ばかりがいるところだと思っていた。が、ここには女もいるのか?

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[良い点] “食べる物を頂けませんか” 一度口にすると逃れることのできない禁断の果実を口にするのか…(^_^;)
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