#24 新市場
「つ、ついに、あのお店が開くんですね!」
「そう……ついに、開店」
この街の中心に建てられていたショッピングモールが、ついに開店の日を迎えた。同時に、このお店の開店をもって、宇宙港のそばにある仮設市場は閉まることになった。
せっかくあの仮設市場にも慣れたところだけど、仕方がない。それ以上に、私にはこの王宮よりもはるかに大きなこの新しい市場に興味津々だ。仮設市場など比べ物にならないほど、多くの品が売られるという。そんな話をアンドレオーニさんからずっと聞かされていたから、私はショッピングモールという新しい市場の開店する日を、指折り数えて待っていた。
そして、ようやくその日がやって来た。
いつものようにアンドレオーニさんと手をつなぎ、その大きな店舗を目指す。
「あ、魔法少女さんだ」
道すがら、私は時々こう呼ばれる。もうこの呼び名にもだいぶ慣れてきたから、私は声をかけてきたその子供に手を振る。以前はアンドレオーニさんの趣味の薄紅色な派手な服を着ていたが、こういうことがあるので、今は魔術士服で通している。
「ふんふふん、ふんふん……」
思わず、鼻歌が漏れ出る。そりゃそうだ、あれだけ楽しみにしていたお店が、ついに開くのだから。心躍るし、足取りも軽い。そんな私をみて、アンドレオーニさんがこう呟く。
「ちょっと、エルマちゃん……浮かれすぎ」
構うものか。今までこれほど浮かれたことはない。だから、たまにはいいでしょう。そんな私をアンドレオーニさんは、やや呆れた表情で見ている。
大きな箱形のそれは、全体が柑橘色で塗られた、この街でもっとも大きな建物だ。その下にはガラス張りの出入り口があり、すでに大勢の人がそこから中へと流れている。
車も集まっている。箱形の建物のすぐ脇には五段重ねの骨組みだけの無骨な建物があって、車はその中へと入り込んでいる。あれは多分「駐車場」という、車を収めておくための建物のようだ。
ようやく、出入り口が目の前に迫る。大勢の人々と共に、その入口のガラス戸をくぐる。
目の前に現れたのは、とんでもなく広い空間だ。
三層の床をぶち抜いた、とても高い吹き抜けが出迎えてくれた。その脇には、動く階段であるエスカレーターというのがその三層の床をつないでいる。吹き抜けのすぐ下には、公園で見かけるような出店が三つほど並んでいた。
そこで売られている甘味の香りが、ここまで伝わってくる。見ればその出店の中には、公園でよく私にチュロスをくれたおじさんもいる。このショッピングモールの開店に合わせて、ここに移転してきたようだ。
吹き抜けのすぐ脇には、食堂のようなところがある。おしゃれな椅子が並び、中でパンケーキという甘味の一種を食べる男女の姿がいくつも見られる。その奥にはお茶が、そしてその奥には見知らぬ食材を売るお店が目に入る。いずれも、大勢のお客がひっきりなしに出入りしている。
吹き抜けを挟んだ反対側には、違うお店が見えてくる。服のような道具のような、様々なものが陳列したお店が目に入る。何を売っているんだろう? 私はその店に引き込まれるように進むが、不意に腕を引っ張られる。
「エルマちゃん、危ない……」
その声にハッとする。目の前には他人の背中がある。危うく人にぶつかるところだった。アンドレオーニさんが腕を引いたおかげで、私は我に返る。いけない、珍しい光景につい、引き込まれてしまった。
エスカレーターに乗って二階に上がる。すぐ脇に現れたのは、化粧品のお店だ。そこに映し出されている女の人の赤い唇に、思わず私の心は吸い込まれそうになった。
おっと、アンドレオーニさんが何やら不機嫌そうな顔をしているぞ。もしかして、私がこの写真に映る女の人に惹かれたことに嫉妬したか? 前髪の奥に隠れたそのギラギラと光る目の表情が、その心の奥に秘める声をなんとなく私に伝えてくれている。
「この奥、フードコート、あるわ……」
やや不機嫌そうな声で、私にそう告げるアンドレオーニさんは、私の手を握ったまま通路を歩く。スポーツ店や雑貨のお店を横目に歩いていくと、その奥に何やら変わったお店を見つける。
椅子が並び、店頭のショーケースには軽食が、そしてコーヒーに、緑や柑橘色の飲み物の見本が並ぶ。が、店の中を見ると、何やら火のついたガラス製の器具が並んでいる。
どうやら、その火がコーヒーを温めているようだ。この街にしては随分と古風な仕掛けではあるが、不思議とそれが独特の雰囲気を醸し出している。
てっきりここが目的地かと思いきや、アンドレオーニさんは歩みをやめない。あれ、ここじゃないの? ちょっと気になるお店だけに、私は少しがっかりする。
が、その落胆が吹っ飛ぶほどの場所が目の前に現れた。
壁際には、幾つもの店が並ぶ。その一軒一軒は、ピザやシーフードを売るお店のようだが、その間にはたくさんのテーブルと椅子が置かれていて、そこで買った食べ物をその場所でいただくようだ。
目移りしてしまう。ピザでもいいけど、あのラーメンとかいう食べ物も気になるな。
で、結局、私はあるお店でオムレツを頼む。一見すると、駆逐艦内の食堂でも出されるオムレツのようだが、上からは黒いソースがかかっている。それが気になってそれを選んでしまった。
「エルマちゃん、それ、美味しそう」
私のそのオムレツを見て笑みを浮かべるアンドレオーニさんはといえば、まるでパンケーキのような食べ物を持ってきた。だけど、パンケーキにはない香りがする。なんていうか、香ばしい匂いだ。おまけに真っ黒なソースのようなものがベッタリと塗られ、緑色の細切れのバジルのようなものが振りかけられている。
「ああ、これ……オコノミヤキって、いうの」
不思議な響きの食べ物だな。どこか異文化な香りを感じる。いや、ここがすでに異文化そのものなのだが、その中でも異色の雰囲気を醸し出している食べ物だ。アンドレオーニさんはそれをナイフで器用に切り分け、フォークで口に運ぶ。
私はオムレツをひとさじすくい取り、それを口に運ぶ。フワッとしたタマゴの味が、口に広がる。上にかかったあのソースは、見た目から感じるような塩辛さはほとんどなく、旨味が口に広がる。
「ほら、エルマちゃん……これ、一口、あげる」
するとアンドレオーニさんは、私にあのオコノミヤキというのをひと切れ、フォークでこちらに差し出してきた。その匂いにつられて、私はそれを口にする。
やや熱い、けどその甘辛い風味が、口の中に広がる。ついパンケーキを思い浮かべてしまうが、それとは真逆の塩辛さが強い食べ物だった。けど、これはこれで悪くない。紅茶とよく合う味だと感じた。
もらってばかりじゃ悪いからと、私もオムレツをスプーンですくい取り、それを差し出す。
「あの、よろしければ」
アンドレオーニさんはニコッと微笑んで、私のそのスプーンにかぶりつく。まるでしゃぶりつくようにそのスプーンに食らいつくと、それを端から端まで舐め尽くす。
あれ、私が今、このスプーンでオムレツを食べたら……なんだか、妙な気分になってしまうな。でもまあ、そんなことを思うのも今さらだな。私はそのスプーンでオムレツをすくい取って、最後の一欠片を口に放り込んだ。
「うふ、オムレツ、とても美味しい……」
そう返すアンドレオーニさんだが、本当にそれはオムレツの味に対して感じたものなのか、極めて怪しい。なにしろ、前髪の隙間から見せるあの目が、なぜだかとてもいやらしいから。
そんな変な雰囲気で昼食を終えた後、しばらく私とアンドレオーニさんはこのショッピングモール内を歩き回った。
そういえばこの街はまだ、あちこちで建物の建築が進んでいる。それを受けてか、建築の現場で働く人たちのためのお店というのが三階にあった。作業着や靴が売られているんだが、それにしてはかなり、おしゃれだ。私はそこで、小さなカバンを買ってもらう。
家電のお店、本屋、カーテンやクッションが売られてるお店など、実にさまざまな店舗が並ぶ。アウトドア店という、山登りや野宿に便利な道具が売られているお店まである。大きなテントと、野外用の椅子やテーブルが並んでいたけど、王国軍騎士団があれを使ったら便利だろうな、なんてことを思わず考えてしまった。
一階には大きな食品売り場まである。開店直後ということもあって、安売りをしていた。ついついそこで私とアンドレオーニさんは、大量に買い込んでしまう。
で、その新しいショッピングモールを一通り回って、私とアンドレオーニさんは再び最初の吹き抜けのところへと戻ってきた。
「あ、エルマちゃん、ちょっと、待ってて」
アンドレオーニさんがそう私に告げて、慌ててその場を離れる。ああ、多分トイレだな。私は吹き抜けの端でアンドレオーニさんが戻ってくるのを待つ。
吹き抜けの中に並ぶ出店には、大勢の人たちがいる。チュロスに、チーズケーキ、そして……なんだか、見たことがないものも売られているな。
甘味ばかりではない。その奥には少し見慣れた食べ物も見える。あれは確か、フランクフルトとかいうソーセージの料理だ。香ばしい香りと、少しだけツンとする香辛料の匂いを漂わせ、それが大勢の客を引きつけている。
人がごった返す、だけどとても平穏な光景。
が、そんな平穏が突然、壊される。
「……なんだ?」
人々の一人が、急に何かをつぶやく。何気なく私はその人の方を見たが、別段何もなさそうだった。が、直後、私にも不可解な振動が伝わってくるのを感じる。
やがてそれはゴゴゴゴッという大きな音と揺れに変わる。いきなり起きた地揺れ、しかしそれが何を意味しているのか、私にはすぐに分かる。
「きゃあーっ!」
女性が叫ぶ。ちょうどチュロスを売っている店の辺りが盛り上がり始めた。異変に気づいた人々が、一斉にその吹き抜けを離れる。
間違いない、あれは……いや、だけどちょっと待って、どうしてこんなところにあれが……私は混乱する。が、目の前では確かに、それが起きていた。
それは、ゴーレムの出現だ。
暴虐の岩の化け物が、このできたばかりのこのお店の吹き抜けで、なんの前触れもなく出現した。




