#22 死の渓谷
「えっ、私も『死の渓谷』に行くんですか!?」
司令部に呼び出されて、出向いた先でテトラツィーノさんから告げられたのは、驚くべき提案だった。
「そうだ。あそこならば、いくらでもゴーレムが湧いてくる。貴殿の蘇生魔術とハムの組み合わせをテストするには、うってつけの場所だろう」
などと気軽に言うが、あの場所は危険過ぎて誰も近づこうとしない場所、その名の通りまさに「死の渓谷」だ。拒絶するなという方が無理というものだ。
その渓谷の場所は、ズーデルアルデ王国の南側、オクシターニュ王国との境に位置する、二つの山脈に挟まれた谷間だ。この二つの国を分断する高い山々の狭間にあって、行き来をするには好都合な場所。まさに交通の要衝となりうる場所である。
の、はずなのだが、ここを通る者はもれなく、ゴーレムに襲われる。ここは無尽蔵にゴーレムが湧き出す厄介な地、かつて何度も魔術士、魔導士を送り込んでゴーレムの排除を試みたが、ことごとく失敗している。このため、オクシターニュ王国へ出向くためには、この谷を避ける他ない。が、そうなると西の海沿いの道か、海路しかない。
ズーデルアルデ王国にとって、このオクシターニュ王国はケムニッツェ王国とは違って、比較的友好な国だ。にもかかわらず、人的交流がやりにくい間柄である。それもこれも、この死の渓谷に出るゴーレムのせいだ。
「それに、ズーデルアルデ王国がエルマ殿の免罪の条件として、この渓谷でのゴーレム排除を求めている。となれば、貴殿もそれに応えざるを得ないだろう」
ぐうの音も出ない。罪を赦すんだから、その分、国のために働けということか。
「うう、怖いなぁ」
宇宙港に着き、その食堂でハンバーガーを食べつつ、私はぼやくしかない。そんな私を見て、カルデローニさんが元気づけようと声をかける。
「大丈夫だよ。僕もいるし」
そう太鼓判を押してくれることは非常にありがたいのだが、なぜそれで大丈夫だと言い切れるのかが問題だ。
「えーっ、ほんとに大丈夫なんですか?」
「だって僕は一度、エルマさんを助けているんだよ。それが二度か三度になるだけの違いさ」
この無根拠な自信に、かえって不安になってきた。私、生きて帰ってこられるんだろうか? せっかくのハンバーガーを、味わう余裕もなくなってくる。
ところで今回は、アンドレオーニさんもコルシーニさんもいない。同行できないと知ったアンドレオーニさんはかなりぼやいていたが、今回乗り込むのは駆逐艦三三二七号艦ではないからだ。
人型重機は必要だから、パイロットのカルデローニさんは同行してくれることになった。同時に、同じ人型重機のパイロットであるパンタレオーネさんも参加することになっている。
「帰ってくるのを、待ってる、ひたすら、いつまでも……」
たった一日出かけるだけなのに、大袈裟な言い様だ。と思ったけれど、もしかしたらこれが最後になるかもしれない。そう思うと、私もアンドレオーニさんのこの見送りに思わず涙が出てしまった。これから乗り込む艦へ向かうバスの中から、私はアンドレオーニさんが見えなくなるまで手を振った。
で、そんな私が今から乗り込むのは、強襲艦というひと回り小さな艦だ。
強力な魔導を吐き出す、巨大な穴が開いた主砲と呼ばれるものを持つ駆逐艦と比べると、こっちは小さく平らな艦で、上にはハッチと呼ばれる扉がずらりと並んでいる。その扉の下には人型重機や航空機と呼ばれる武器を載せて、それを運ぶ。そういう艦だという。
今までもこの艦は何度か目にしてきたが、乗り込むのはもちろん初めてだ。
小さいと言っても、後宮くらいはある。この艦にも艦長さんがいて、駆逐艦と同じように艦橋もある。
大きな違いは人だ。まず、人が少ない。駆逐艦には百人ほどが乗り込むが、この強襲艦は七十人ほどだという。
その内訳も、重機隊や航空隊といった、あの巨身や平らな乗り物を操る人が半分を占める。
「へぇ~、あんたが噂の魔法少女ちゃんか」「よろしくな!」
その艦に乗り込むや、私は屈強な男たちから囲まれて歓迎を受ける。皆、私などよりもずっと背が高い。まるでオークの群れに囲まれたコボルトの気分だな。
こうしてみると、カルデローニさんは重機隊の中では小さい方なんだなぁ。私も、魔術士や魔導士の中では背が低い方だから、同じ悩みを持っているのかもしれない。
小さな艦だし、それだけ狭い艦内だろう、かと思いきや、意外と広い。駆逐艦よりも広いんじゃないか、ここは? と思えるほど、食堂はゆったりしてて、通路も広くてしかも真っ直ぐだ。駆逐艦って、大部分が主砲身だといってたから、それを避けるように艦内が作られているという。その主砲身というのがないだけで、こんなに広くなるということか。
と、私はこの目新しい艦の中をうろつくが、この艦内を満喫する間もなく、目的地に着いてしまった。すぐに私は格納庫に呼び出され、重機に乗り込む。
『コースよしコースよし、よーいよーいよーい、降下降下降下!』
駆逐艦の格納庫は上面にハッチがあって、人型重機はそこから飛び出す。が、この強襲艦は違う。駆逐艦と同じ上面のハッチもあるが、私が乗り込んだ、カルデローニさんが操る人型重機は、細長い横穴から飛び出すことになった。
そしてこの掛け声と同時に、人型重機は次々とその横穴から撃ち出される。カルデローニさん操る重機は、その横穴の並びの二番目に放り出された。
ものすごい勢いで横穴を滑り出したかと思えば、空が見えた。と、その直後にくるりと向きを変えて地面の方を向く。すぐ目の前には、渓谷の岩肌が迫っている。
その岩肌に向かって、この重機は勢いよく落ちていく。
「きゃあああああぁっ!」
迫る地面を見て、私はつい叫んでしまった。もう怖いのなんのって、ゴーレムと戦う前から、いきなり恐怖を味あわされてしまう。
「ちょっとエルマさん、うるさいよ」
私の叫び声がよほどうるさかったのだろう、前に座るカルデローニさんが苦言を言う。
「だ、だって、怖いものは怖いんです!」
「大丈夫だって、ほら、もう減速して着陸するところだよ」
一気に地面が迫って来たが、その速さは徐々に緩やかになり、やがてゆっくりと地面に降り立つ。白っぽい岩肌が剥き出すその不毛な大地に、ズシンという足音が響く。
「ナポリタン、所定の位置に着陸。作戦準備完了」
『了解。ジェノベーゼ、カルボナーラ、ペペロンチーノの配置完了を待て』
ところで最近知ったのだが、カルデローニさんが操るこの人型重機には、コールサインという呼び名が付けられている。で、カルデローニさんの重機には「ナポリタン」という名が付いているが、これはスパゲッティの一種だと私は知る。さらに、同じ隊の重機にもスパゲッティの名が使われている。どうしてそんな名前をつけたのかと聞くと、食事中に勢いで決めたからだと言っていた。たまたまカルデローニさんが食べていたものの名前が、そのままつけられたそうな。なんていい加減な話だ。
そのペペロンチーノ……じゃない、この「ナポリタン」を降りる。うーん、私はペペロンチーノの方が好きかなぁ。
たどり着いた場所、そこは死の渓谷というだけあって、生きる物がまったく見当たらない。いるのは、無骨な人型の大きな機械が四つ、そして私とカルデローニさんだけだ。いや、もう一つ、ハムを詰めた箱が私の前に置かれている。
「色々な銘柄のを集めてみたよ。まずは、この間使ったこれから、かな」
と言って渡されたのは、先日、街の中で私が使ったあの丸いハムだ。これ、美味しいんだよねぇ。それをゴーレム退治ごときに使うなんて、なんだかもったいない気がする。
『ペペロンチーノよりナポリタン、そろそろ作戦を開始せよ。いつ、ゴーレムが出現するか分からんぞ』
「ナポリタン、了解。これより『ハム作戦』を開始します」
カルデローニさんの無線から、催促する隊長さんの声が聞こえてくる。私はカルデローニさんにうなずくと、ハムを持って腕を伸ばし、詠唱をする。
「グェフ マファン アンダズェ モンフェス!」
この間のあの魔力を大量にまとった屍兵の出現は、私が恐怖のあまり魔力をいつも以上に込めたからではないかという説もあって、ゴーレム出現前の冷静な状態で本当にあれが出現するかどうかを確かめる必要があった。まずは、前回の実績のあるハムから確かめられる。
すると、そのハムは前回同様に、宙に浮き始める。渦巻いた真っ黒な瘴気をまとい、それはやがて人型の大きな巨身と変貌する。
私は、いつもどおりに詠唱して魔力を込めただけだ。でも、この間と同じように化け物が現れた。あれは、まぐれなどではない。それが証明された瞬間だった。
ところで、なぜこんな場所で、この実験をすることになったのか? その理由は、極めて単純なことだ。
こんなものを人の住むところで出現させてしまえば、危険極まりない。なにせこいつは、屍兵だ。周りに人しかいなければ、人を襲うかもしれない。
だが、ゴーレムという強大でわかりやすい敵が現れれば、屍兵はそちらを目指す。ゴーレムと共に相打ちして消滅する。だからこの実験は、ゴーレムが確実に現れる場所でなければできない。
まあ最悪、この屍兵が消滅しなかったとしても、ここは元々、誰も近づかない場所だから問題はないだろう。と、テトラツィーノさんはそう話していた。その屍兵を作り出す私がいうのも妙だが、無責任な話だなぁ。
しかしだ、そんな屍兵の出現を、この死の大地が黙って見過ごすはずがない。
黒い瘴気をまとう屍兵が現れた直後に、異変が起きる。地面がゴロゴロと唸り始め、微かな揺れを感じる。
『来た! 正面、一体が出現中!』
隊長さんの声が、ゴーレムの発生を知らせる。私の目にも、その姿が見える。渓谷の両側にそそり立つ白い岩石の壁の一部から人型の巨身が出現し、まさにこちらへと歩き始めるところだった。
私は、ハムの屍兵に命じる。
「ヴォーシュト!」
すると人型の瘴気をまとったあの屍兵は、雄叫びを上げる。
「オオオォォッ!」
腹の底まで響く、恐ろしい声だ。とても私が生み出したものとは思えない。ゴーレムを捉えた屍兵は、迫り来るゴーレムへと歩み始める。
おっと、屍兵の行く末を見届ける暇などない。私には次の「屍兵」を作らなくてはならない。
この死の渓谷は、一度ゴーレムが現れると、次から次へと湧き出してくる。連鎖的に現れるゴーレムを前に、普通ならば逃げ帰るほかない。生きとし生ける物全てを襲い尽くす、暴虐無尽な岩の化身が無尽蔵に湧き出す場所。そんな地にいて、一体の出現で済むはずがない。
私は、今度は四角い形のハムを手に持って、詠唱する。
「グェフ マファン アンダズェ モンフェス!」
またハムは中に浮かび、徐々に瘴気をまとって形を変える。今度は、四本足の獣のような屍兵が現れた。前進の詠唱をすると、雄叫びを上げて歩き出す。
周囲の崖からは、ゴーレムが次々に出現する。二体、いや、三体。まだ現れる。気づけば前後を、ゴーレムらに囲まれていた。
こりゃあ大変だ。もっと屍兵を作らなきゃ。次に取り出したのは、なにやら豪華な装飾のハムだ。これきっと、高いやつだ。こんなことに使うなんて、ほんともったいないなぁ。そんなことを思いながらも、私は魔力をこめるべく詠唱する。
瘴気が、ハムの表面からあふれ出す。が、さっきまでとは明らかに感触が違う。
一瞬、目の前がぐらっと揺れるのを感じる。魔力が身体からものすごい勢いで抜かれていくのを感じる。と同時に、浮かんだハムには激しく渦を巻いた瘴気が集まりだす。
やがてそれは、とてつもなく大きな人型の屍兵へと変化する。それにしても、腕がとても長い。異形の何かが、私の目の前に出現する。
「な……なんだ、これは?」
カルデローニさんがスマホを上に傾けながら、その異形の屍兵を撮影する。徐々に巨大化する異形の屍兵、すでにそれは一体目を遥かに凌ぐ大きさにまで成長していたが、まだその成長が止まらない。
とんでもない大きさの化け物を、私は生み出してしまった。




