#20 人気者
それから再び、この艦はティルブダムへ向かう帰り道につくのだが、その風呂場での出来事だ。
ただでさえアンドレオーニさんの相手だけでも大変だというのに、そこにコルシーニさんまで加わって、うんざりするほどいじられまくる結果となる。
だが、今度ばかりはやり過ぎだ。
私にだって、我慢の限度ってものがある。
もう、あの二人、なんなのよ。私を何だと思ってるのか。戦の最中に放置された憤りと、風呂場で受けた辱めに耐えかねて、私は二人から離れて、とある場所に身を寄せる。
「ふうん、それでエルマさん、ここに来たんだ」
そこは、第一格納庫。中には人型重機が三体、突っ立っている。以前は怖かったこの重機も、ゴーレム退治を通して逆に頼もしくさえ思えてくる。それを整備科の人たちが集まって、何か作業をしているのが見える。
「まったく、あの二人、私を何だと思ってるんですかね? だいたいお風呂場とは言え、あんなことやこんなことを……」
「おっと、ここでそれ以上、詳しいことをしゃべっちゃダメだよ。ここは男の巣窟みたいな場所だから、みんな興奮してしまうよ。でもまあ、その二人の気持ちは分からなくもないよ。多分きっと、エルマさんが可愛くて仕方がないから、そういう行動に出るんじゃないかなぁ」
いつもは無神経なカルデローニさんが、こんな時は妙に気を使ってくれる。
「そういえば、カルデローニさんはあの戦の真っ最中、何をしてたんですか?」
「ああ、僕はこの重機に乗って待機してたんだ」
「へぇ、これに乗ってたんですか。でも、どうして?」
「まれに敵が重機や航空機で、艦隊に奇襲をかけてくる場合があるからね。その場合は、僕らが出て応戦しなきゃならない。そのための備えとして、あの戦闘中はコックピットでじっと備えていたんだよ」
そうなんだ。戦の最中って、重機隊の人たちはあの狭いコックピットというところに引きこもって、孤独に耐えてたんだ。私なんて、艦橋の端っこで右往左往してただけだったけど、それとはえらい違いだ。
「おう、噂のエルマちゃんじゃないか」
カルデローニさんと話していたら、もう一人、見知らぬ人物が現れた。誰、この人?
「おい、パンタレオーネ少尉、あからさまに警戒されてるぞ」
「えっ、俺に? これほど人畜無害なパイロットはいねえぜ。何を警戒することなんてあるんだよ」
「そういうとこだぞ。自分で人畜無害とかいうやつを、どう信頼しろと?」
カルデローニさんに辛辣な言われようのこの男、パンタレオーネさんというらしい。どこかで会ったことがあるのかな? それにしても、今の印象はひと言で言うなら、自意識過剰な男。こんな感じの貴族が、ズーデルアルデ王国にもいたな。
にしてもだ、私はこの人を知らないが、この人は私を知っている。いや、私はここの乗員からよく名前で呼ばれるが、いつのまにか私は皆に知られているのか?
「ええと、私、あなたのことは知らないんですが、どうして私の名を?」
「どうしてって、そりゃあエルマちゃんといえば、この艦内では人気者だからよ」
「えっ、人気者?」
意外な言葉が飛び出した。私が、人気者? そういえば、街でも公園の屋台の店員さんなどによく声をかけられたりするが、こっち側に来て以来、私は妙に他人から好かれている節はある。でも、なぜ?
「あの、ちょっと聞いてもいいですか?」
「ああ、いいぜ」
「私のどこに、人気者になれる部分があると言うのですか?」
「どこって、まるで純真無垢な顔に、つい守ってあげたくなるようなその小さくてか弱い胸元ながら、この星の過酷な現実と戦ってきたという、そのギャップに萌える男は多いんだよ」
それってつまり、私が童顔で小さい胸で不幸な女だといっているのだろうが、カルデローニさんとは違い、それを上手く言い表したな、この人は。
「重機隊員だけじゃねえよ。エルマちゃんのことが気になってる男は、艦内にはたくさんいるぜ」
「へ、へぇ、そうなんですか」
「かくいう俺も、その一人ってわけだ。どうだい、そういうわけで、俺と付き合ってみねえか?」
言葉巧みに私を誘うこの男、だけど何と言えばいいのだろうか、この男からは、何か危険な香りがする。まるで発情したゴブリンのような、そういうものをひしひしと感じる。
「出会って三分しか経っていないやつから誘われて、いきなりOKなんてするわけがないだろう」
「なんでぇ。おめえだって、似たようなものじゃないのかよ」
「違うな。僕はエルマさんを戦場から救い出した、いわば命の恩人だ。お前よりも関わりは深い」
「そのおめえの書いた報告書によれば、ケムニッツェ軍に置いて行かれたから、仕方なく拾ってきたとあったぞ。それのどこが命の恩人なんだよ」
うーん、この二人、少なくとも私に好意を持っているようだ。いや、カルデローニさんからは戦艦の街中ですでにその片鱗を見せていたが、パンタレオーネさんもそうなのか。
でも、この二人のどちらを選ぶかといわれたら、圧倒的にカルデローニさんだなぁ。パンタオーレさんという人からは、どこか不穏な魔力が染み出しているように感じる。それは、アンドレオーニさんやコルシーニさんとも違う、もう少し闇深い何かがあるような、そんな雰囲気とでも言えばいいか。
「あ、やっぱり、ここにいた……」
格納庫で二人の男と話していると、そこにアンドレオーニさんが現れた。私の顔を見るなり、あの不気味な笑みで私を取り込もうとしている。が、私は不機嫌にこう返す。
「なんですか」
「いや、なんですかって、迎えに、来た……」
「いやです、戻りませんよ!」
「そんな、エルマちゃん、いないと、私、泣きそう……」
いつものあの眼光はどこへやら。急にしおらしくなるアンドレオーニさんのその姿に、私はなぜか罪悪感に襲われる。
「おいおいアンドレオーニ少尉よ、涙で凋落しようなんて、ちょっとずるいんじゃねえか?」
と、そんなアンドレオーニさんに苦言を述べるのは、パンタレオーネさんだ。
「なに、パンタレオーネ少尉……これは私と、エルマちゃんの、問題。お前に、関係ない」
そんなパンタレオーネさんをいつもの眼光で睨みつけるアンドレオーニさん。あれ、さっきの涙顔は、どこへ行った?
「よく言うぜ、アンドレオーニ少尉よ。そうやって、何人もの女を泣かせてきたんだろ、お前は」
「何人も、いない。三人、だけ。それに、あんたには、言われたくない」
なにやら不穏な空気に変わってきたな。急にこの両者の心の闇が深くなったように思う。
「あー、両人とも、その辺で止めてくれないかなぁ。ここは格納庫だ。今、隊長が戻ってきたら怒鳴られるぞ。それに、エルマさんも」
「あの、私が何か?」
「意地張ってないで、ここは一旦、戻った方がいいと思うなぁ」
「えっ、なぜですか」
「どうせ戻る場所は、アンドレオーニ少尉の部屋なんだろう? まさか僕の部屋に来るわけにはいかないし、それならまずは冷静になって、話し合った方がいいんじゃないかなぁ」
「そう、カルデローニ少尉、いいこと言う……」
カルデローニさんが私を説得する。それに乗っかるアンドレオーニさん。その姿を、苦々しく見ているパンタレオーネさん。その中で私だけが、釈然としない。
「でも、また嫌な目に合わされたら、どうするんですかぁ」
「その時はまたこの格納庫に来ればいいよ。匿ってあげよう。僕でよければ、いつでも話し相手になってあげるし」
「そ、そうですか。それじゃあ……」
と、カルデローニさんがおっしゃるので、その場は戻ることになった。
私の手をつなぎ、すっかり浮かれ顔のアンドレオーニさん。前髪の裏に隠れたあの目も、輝きを取り戻している。そんなに私といるのが嬉しいのかな。
「あの、アンドレオーニさん」
「なあに……」
「ちょっと聞きたいんですが、さっきパンタレオーネさんが言ってた、何人もの女を泣かせたって、本当ですか?」
「本当。ジーナに、エルマちゃん、それに……今はいない乗員が、あと、三人くらい」
あれ、さっきは三人て言ってなかったっけ? 今のを合計すると、少なくとも五人はいることになる。アンドレオーニさんの話も、あてにならないな。
「と、ところで、さっきのパンタレオーネさんからも、なにやら闇のようなものを感じたんですが……」
と、私がそうアンドレオーニさんに話す。すると、アンドレオーニさんは立ち止まってこちらを威嚇するかのように怖い顔を近づけて、こう告げる。
「その、パンタレオーネ少尉の、名前」
「は、はい! 名前が、なにか?」
「……ジーナ、つまり、コルシーニ少尉の、前で、その名前、絶対、出さないで、ね?」
私は、こくこくと首を縦に振ってその意を受け取る。それを見たアンドレオーニさんは再び、笑顔に戻って歩き出す。私も手をつないだまま、ついて歩く。
つまり、何かあったってことだな、パンタレオーネさんとコルシーニさんの間に。もしかして、それが私の感じたあの闇の正体か?
閉鎖されたこの艦には、色々な人の事情がありそうだな。アンドレオーニさんがこうなったのも、何か理由があるのかもしれない。いや、あれは単に本人の趣向が剥き出しになっただけに過ぎないか。
『達する、艦長のライナルディだ。当艦はまもなく大気圏に突入する。総員、突入準備にかかれ。以上だ』
で、部屋に戻ってアンドレオーニさんと一緒にいたら、艦内放送が流れてきた。
「あの、なんですか、大気圏突入って」
「地球の周りを、覆ってる、空気の層。これに突っ込むと、ものすごい熱、出るの。それが、大気圏突入」
「そうなんですか。でも、どうして?」
「それは、ものすごい速さで、突っ込むから。こんな、感じに」
「あ、ちょ、ちょっと、アンドレオーニさん!?」
などと言ってきて、私の服の隙間から胸元に激しく手を突っ込んでくる。確かに、熱くはなるけど、それとはきっと違うことなのだとなんとなく分かる。
なんてことをやってたら、いつの間にか寝てしまった。気が付けばもうこの艦は、ティルブダム港に到着していた。




