#19 戦闘
「敵艦隊、さらに接近! 距離、七十五万キロ!」
「分艦隊司令部より入電! 単横陣へ移行、本隊との合流に備え!」
コルシーニさんの叫び声も聞こえてくる。通信士という役目を持っているが、総大将のいる司令部というところからの伝言を随時、伝えている。
「艦長、司令部からの暗号電文です。このままでは本隊合流前に会敵、戦闘開始となる恐れがあるため、眩光弾の使用許可が出ております」
「そうか、分かった。では副長、戦闘指揮所(CIC)に『砲魚雷、同時攻撃用意』と伝達せよ」
「はっ!」
艦長さんと、その次に偉い副長という人が、会話をしている。何をしゃべっているのかは理解できないが、戦が近づいていることだけはひしひしと伝わる。
と、とりあえず、ここを出ようかな。そういえば、アンドレオーニさんは……と思って周りを見渡すも、すでにアンドレオーニさんの姿がない。あれ、もしかして私、置いて行かれた?
「敵艦隊接近、距離四十万キロ! 射程内まで、あと八分!」
「射程の三十万キロまで接近したら、直ちに砲撃を開始する。各員、砲撃に備え」
「はっ!」
うわぁ、どうしよう。誰も私のことなんて見えてない。仕方がない、このままそっと、この艦橋を出よう。
と思って出口へと向かったのだが、扉が開かない。鍵がかかっている。あれ、困ったな。私もしかして、閉じ込められちゃった?
焦る私、叫ぶ艦橋の乗員たち。誰かに開けてもらおうと思っても、とても声をかけられる状態ではない。
「敵艦隊、射程内に入ります! 距離、三十万キロ!」
「艦橋よりCIC! 砲撃を開始、撃ち―かた始め!」
『CICより艦橋! 砲撃開始、撃ち―かた始め!』
窓の外を見るが、敵の姿なんて全く見えない。多分、遠く離れているのだろう。それにこの艦、どう見ても剣も槍も、弓矢すらもない。遠くにいる敵を、どうやって倒すのだろうか?
艦橋の後ろの方でただただ眺める以外に何もやりようがない私は、キィーンという甲高い音を耳にする。悪い予感がする。その直後、窓の外がパアッと白く光る。
猛烈な雷鳴の如き轟音が、艦橋内に激しく鳴り響く。と同時に、床がビリビリと音を立てて揺れる。窓の外は眩い光に覆われて何も見えない。私は慌てて耳をふさぎ、その場にしゃがみ込む。本能的な恐怖心を揺さぶられる音と光と揺れだ。
が、私以外の人たちは、その場にて平然と自身の役目を果たしている。
「弾着観測、目標健在、右へ七、下へ三、修正」
「よし、砲撃を続行。効力射だ、立て続けに撃ちまくれ!」
艦長さんのこの言葉よりしばらくすると、またあの光と音と揺れが襲い掛かる。ビリビリと壁や床が震えているが、皆、一向に構わず持ち場を離れることなく平然としている。ここでは私だけが、小屋の中で物音に怯えて、端で縮こまるアヒルのようだ。
それにしても、なんという魔導だ。宇宙の戦というものは、あれほど途方もない魔導をぶつけ合うのか。もしこの魔導を王都のぶつけようものなら、あっという間に焼け焦げてしまうのではないだろうか。それほどの威力を感じる。
私の持つ魔力など、大海の前のひとすくいの真水のようなものだ。なお、同じ魔導を敵も用いているようで、向こうからも青白い光の筋が無数に飛んでくるのが、窓からもうかがえる。
そのひと筋が、この艦にぶち当たる。
「直撃、来ます!」
「砲撃中止、シールド展開、急げ!」
艦長さんのこの緊迫した叫び声の後に、窓の外が真っ白に変わる。ギギギギッという古びた木戸が擦れる時のような音、あれを何百倍にしたような不快でやかましい音が鳴り響かせる。さっきまでの雷鳴が可愛く聞こえるほどの不快で耳障りだ。帽子を深く被り、その音が去るのをひたすら耐える。
「ダメージコントロール! 艦内チェック、被害状況を知らせ!」
『主計科より艦橋! 艦内気密、および各部ハッチに異常なし!』
『機関室より艦橋! 出力に支障なし!』
『CICより艦橋! 砲身に異常なし!』
「了解だ、砲撃を続行!」
再び雷鳴が轟く。青白い光の魔導が、見えない敵に向けて真っ直ぐ放たれる。これがいつまで続くか、見当がつかない。終わりの見えない戦いに、ちっぽけな私はただひたすら耐えるほかない。
うう、おっかない。ここじゃ私の魔術なんてなんの役にも立たない。屍兵を呼び出そうにも、あの青白い魔導の業火が、この大きな艦ごと屍を燃やしかねない。たとえ蘇らせたとしても、襲いかかる前に一瞬で焼かれてしまうだろう。
思えば私は一度、この魔導の威力を目の当たりにしている。私がこの艦に乗ることになったあの日、私が蘇らせたオーガやゴブリンらは、カルデローニさん操る人型重機の放ったあの魔導で、一瞬にして焼き尽くされ、あとには何も残らなかった。
それの何倍、何十倍、いや何百倍も強いこの艦の持つ魔導の前に、王国随一といわれた私の魔術など、比べるべくもない。
「分艦隊司令部より、入電!」
戦は、まだ続く。喧騒の最中に、コルシーニさんの叫ぶ声が聞こえてくる。
「読み上げよ」
「はっ! 艦隊主力との合流までの時間稼ぎに、眩光弾を使用する、直ちに準備、合図と同時に一斉雷撃、以上です!」
「やっとか……よし、砲撃停止! シールド展開だ! 艦橋よりCIC、眩光弾装填、雷撃戦用意!」
『CICより艦橋! 了解、雷撃戦、用意!』
急にあの青い光が消えた。雷鳴音も途切れる。外にはまだ、無数の光の筋が飛び交っている。
何かが始まる。雷撃がどうこう言っていたが、稲妻でも落とすのだろうか? いや、さっきのがすでに稲妻のようなものだし、何が……と思う間に、またコルシーニさんの叫び声が聞こえてきた。
「分艦隊司令部から、発射合図!」
「雷撃開始、撃てーっ!」
バスッバスッと二回、何かが抜けたような音が響く。一瞬、窓の外に白いものが二つ、走り去るのが見えた。その直後に、再びあの雷鳴が戻ってくる。
「砲撃再開!」
また私は轟音と光に悩まされることになる。今の一瞬の間は、一体何だったのだろうか? 私がその意味を知るのは、少し後のことだ。
「眩光弾炸裂まで、あと四、三、二、一……今! 弾着!」
この言葉に呼応して、窓の外が光り輝く。さっきまでとは、まったく違う光。大きな白い光の玉がいくつも並んで、それが壁のように立ちはだかる。
「敵艦隊砲撃、停止しました!」
「よし、目くらましには成功したようだ。では分艦隊司令からの指示通り、後退を開始する。艦隊主力と合流し、再び攻勢に出るぞ」
さっきのあれは、あの光の玉を作り出す魔導の仕掛けだったようだ。光が壁となって、こちらを覆い隠しているのだろう。あの青白い光の筋が、まったく見えなくなった。
と同時に、こちらは後ろに下がり始めたようだ。なんでも、他の隊と合流すると言っている。多数の味方を得て、一気に優位に出るつもりだろう。それまでの目隠しを放ったというわけか。
戦い方が、まるで違う。ほとばしる魔導を惜しげもなく放ち、互いに遠くから力をぶつけ合う。王宮をしのぐ大きさの艦を何千隻も並べての魔導の撃ち合い、これがこの漆黒の闇の中での戦い方なのか。
幾多の戦を経験した身ではあるけれど、そんな私ですら恐怖を感じる異文化の戦い。そんなものに私は、何の前触れもなく巻き込まれてしまった。
目の前のあの光の壁が、徐々に消えていく。魔導が切れてきたようだ。となるとまた、あの雷鳴と光の応酬が再開される。
……と思っていたが、様子が変わる。
「敵艦隊、後退していきます! 距離、三十七万キロ!」
「なんだと!?」
「おそらくは、こちらの数の優位さを見ての判断かと思われます」
「うむ……それはそうだろうな。あちらは三千、こちらは六千隻の本隊と合流し、向こうの倍以上の艦隊となった。これでは相手にならない、極めて賢明な判断だな」
どうやら、数の劣勢を見た敵は、逃げに転じたらしい。その懸命な敵のおかげで、ようやく私はあの音と光に悩まされることはなくなったのだ。ほっと、息を吐く。
「ところで……なぜエルマ君が、ここにいる?」
ようやく訪れつつある平穏を前に、艦長が私の姿に気づく。と、急に周囲の人たちも、私に注目する。
えっ、私さっきからここにいるんだけど、誰も気づいてなかったの? 突然注目されても、かえって委縮する。私は引きつった微笑みを浮かべながら、出口へと向かう。
が、そうだった、ここが開かないから私、ここにいるんだった。扉の取っ手をがちゃがちゃするが、やっぱり開こうとしない。泣きそうになる。
「ああ、エルマちゃん、戦闘時はこの扉、こうやって開けるんだよ」
と、そこにある男の人が寄ってきて、扉の取っ手に触れる。取っ手をぐっと手前に引いて扉から引き抜かんほどの勢いで引っ張り出し、それを回す。すると扉は難なく開く。
なーんだ、こうやって開けるんだ……って、知らんわ、そんなこと。思わず悪態を吐きたくなるが、その男の人が微笑むので、私もにこっと微笑み返し、扉の外に出る。
通路を抜けて、エレベーターへと向かう。時折、艦内放送が聞こえてくる。
『艦内哨戒、第三配備! 砲撃、雷撃戦闘、用具納め! 平時態勢へ移行する!』
敵が逃げ出したおかげで、やっと静けさが取り戻された。でもまださっきまでのあの雷鳴音のおかげか、耳の辺りでキーンという音が響く。
「あれ、エルマちゃん、どこに、いたの……」
ようやくアンドレオーニさんと再会するが、耳の聞こえがあまり良くない。ただでさえ声が小さいアンドレオーニさんの声が、少し聞きづらい。
「あの、私ずっと、艦橋にいたんです」
「艦橋……?」
「だって、アンドレオーニさんが私を置いてちゃったから、私……」
急にアンドレオーニさんが姿を消したおかげで、私は寂しく怖い想いをする羽目になった。それを抗議しようとしたのだが、ふと股の間になにか、違和感を感じてしまう。
「どう、したの?」
「い、いえ、あの、何でも……」
「ぐふふ……エルマちゃん、また、漏らした、のね」
ああ、しまった。アンドレオーニさんにはバレてしまった。嬉々とするアンドレオーニさんが、私の手を引いて風呂場へと直行する。
さっきのあの恐怖体験のおかげだろう、私はまた、やらかしてしまった。




