#18 会敵
「……で、カルデローニ少尉と、二人、店で、飲んでいたと、そういう、わけ?」
私は公園から手を引かれて、そのままホテルの部屋に入る。目の前には、しかめっ面で不機嫌そうに私を見つめるアンドレオーニさんがいる。
うう、なんか怖いな。カルデローニさんからもらったあの酔い覚ましの薬も、さっき飲まされた。まだ薬は効いていないけれど、すでに酔っていられる状態ではない。
「でも、お酒、飲ませるとか……やっぱり、下心、あるのね、あの男」
かなりお怒りだな、この口調は。私は、恐る恐る聞いてみる。
「あの……」
「なに……?」
「や、やっぱり、カルデローニさんと一緒にいたのは、まずかったでしょうか?」
「えっ、そういう、わけじゃ、ない」
「へ?」
意外な回答が返ってくる。あれ、てっきりカルデローニさんと一緒にいたから怒っているのかと思った。そんな私に、意外なことを言い出すアンドレオーニさん。
「男女が、一緒になる、それ、当たり前のこと……別に、エルマちゃんが、他の、男と、一緒になるの、反対はしない……」
「で、でも、アンドレオーニさんは……」
「男なら、競合しない。相手が女なら、私は本気で、排除する」
うわぁ、そうなんだ。というか、男ならいいんだ。でも、それなら何で怒ってるんだろうか。
「問題は、カルデローニ少尉の、本気度。ただ下心だけで、エルマちゃんを、奪おうと、いうなら、私、絶対に、認めない」
ああ、そういうことなんだ。どうせやるなら、本気を見せろということか。
「でも、カルデローニ少尉から、エルマちゃんを、奪って、強引に部屋に、連れ込むの、それはそれで……ぐふふふふ」
こういうところは平常運転だなぁ。何を喜びとしているのかよく分からない人だ。そんなアンドレオーニさんを見て、まだ酔いが覚めない頭でふと考える。
それを見てふと思ったけど、アンドレオーニさんってお酒飲まないよね。あれだけ飲食を共にしてたけど、お酒だけは手を出してはいない。なぜだろう?
なんでも喋ってくれるアンドレオーニさんが、敢えて言わないことだ。なんとなく、聞いちゃいけない事情がありそうに思う。本人が話すまで、そっとしておこう。
「てことで、私と、街に、行こう」
「あ、はい。そうですね、行きましょう」
「でも、エルマちゃん、お酒、行けるんだ」
「えっ? 話してませんでした?」
「知らない……エルマちゃんの、初めて、カルデローニ少尉に、奪われて、悔しいな」
意味深な言い方だなぁ。で、二人で街に出かけたものの、結局、お酒は飲まずにただアイスをごちそうになった。
そして、再びお部屋へ。
「ちょっと、アンドレオーニ少尉!」
これでやっと平穏な時を満喫できるのかと思っていたのに、コルシーニさんが部屋の中に入ってきた。
「しまった、コルシーニ兵曹長の、侵入を、許すとは……」
「アンドレオーニ少尉、いや、フェデリーカさん。どうせまた女の子を、自身の欲望に任せてめちゃくちゃにするつもりなんでしょう」
「いや、もう、してる……ジーナの、時のように」
「ちょ、ちょっと、フェデリーカさん! なんてこと言うんですか!」
急にこの二人、ファーストネームで呼び合い始めた。ただならぬ関係を感じる。そんなアンドレオーニさんが私の肩を抱き寄せて、こう言い放つ。
「ジーナにも、分かるわ。エルマちゃんの、本当の姿、見せて、あげる」
「ちょ、どういうことです!」
「こういう、ことよ」
と言いながら、アンドレオーニさんは私の服をつかみ、ガバっと脱がす。前の紐を緩めてしまえばあっという間にはがされる簡単な服だから、私は上にはシャツをまとい、とんがり帽子をかぶっただけのあられもない姿をさらす。
「えっ、ええーっ!? な、何するんですか、アンドレオーニさん」
「このまま、一緒に、お風呂、行きましょ」
「いや、ちょっとフェデリーカ! なんてことするんです!」
「あなたも、行くのよ……」
「ええーっ!?」
その後は、まあ、いつも通りのお風呂だった。ただ、ここは駆逐艦と違ってロボットアームではなく、自分の手で洗うことができる。
もっとも、この時は結局、自分で洗うことはできなかったの。ロボットアームが、アンドレオーニさんとコルシーニさんの手に変わっただけだ。
「また来る……いや、もう二度とこんなこと、しちゃダメですよ!」
散々、私をいじった後に、コルシーニさんはこう啖呵を切って帰っていった。うん、コルシーニさんってまともな人だと思っていたんだけど、そうじゃなかった。
そんな戦艦アンドレアで一晩すごした後、駆逐艦三三二七号艦に戻る。
「総員、乗艦! 出港準備よし!」
「戦艦アンドレア管制塔より、発進許可、了承!」
「了解だ。機関始動、繋留ロック解除!」
「はっ! 機関始動、重力子エンジン出力上昇、繋留ロック解除!」
フォーンという音と共に、この艦が息を吹き返したかのように動き出す。
「後退微速、ヨーソロー! 第二ドック、離脱!」
ますます甲高い音を立てて、戦艦アンドレアから離れ始める。やがて大きく向きを変えて、あの街や射撃場という場所のあるこの艦から離れていく。灰色のはげ山のような船体が、徐々に小さくなる。
思えば、これほど表と裏の落差の大きなところは初めてかもしれない。あれほど武骨で、まるでゴーレムが無限に湧き出すと言われる「死の渓谷」を思わせる外観なのに、中は美味しいお酒や食べ物が並ぶ、まさに楽園だった。
にしても、あそこは人が多かったな。改めてみると、実にたくさんの駆逐艦が、まるで豆の葉にびっしりとついたアブラムシのように灰色の岩肌へ貼り付いている。あれに乗る人たちが一斉に街へ向かえば、あれだけの人の集まる場所となろう。
やがて、そんな岩山のような艦も見えなくなり、再び真っ黒な闇の中に出る。横には、同じような灰色の艦が並んで進んでいる。
にしても、妙だな。
どうしてこれほどたくさんの艦が、密集して進む必要があるのだろう?
この光景を見て、私はある場所を思い出す。それは、ブラーデル峠と呼ばれる、ズーデルアルデ王国とケムニッツェ王国の国境のある場所。ここでは両軍がぶつかり合い、幾度となく戦いが繰り広げられた場所である。
そこでは騎士団が密集隊形を組み、後方には長槍兵が控えつつ前進する。私は魔術士として、その後方に控える。
戦いが、始まる。鬨の声と共に、剣と槍が激しく交わる音が戦場のあちらこちらから鳴り響く。凄惨な光景が、私の前に広がっている。
両軍がぶつかるこの場所では、見境なく人間を襲うオーガやゴブリンの屍を兵士に変えて突っ込ませるわけにはいかない。敵味方が交わるこの場所であれを使えば、区別なく暴れる屍兵はかえって邪魔だ。
しかし、私には別の役目が与えられている。それはまさに、戦場ならではのおぞましい役目だ。
すなわち、その戦で生まれたばかりの「屍」を使うのである。
私は頃合いを見て、その凄惨さを増す峠に向けて、手をかざす。
「ソルデァン、スタッパップ!」
槍や剣が深く刺さり絶命した兵士の屍が、あちこちに転がっている。敵味方構わず、それらに私は力を与え、立ち上がらせる。
「ヴォーシュト!」
そして立ち上がった屍兵らに、前進を命じる。私の側から見て前側、すなわち、ケムニッツェ王国軍の方向へと屍兵を差し向ける。よろよろと歩き始める屍の兵士たちは、峠の頂きを目指して集まり始める。
ケムニッツェ王国軍は、それを阻止すべく兵士らを差し向ける。が、屍兵はいくら斬り付けても、倒れることはない。腕や脚を失っても止まらない彼らは、襲い掛かる兵士らを斬り付けながらひたすら前に進み続ける。
屍兵らによって斃された敵兵たちも、私の力を得てむくりと起き上がると、こちら側の兵士として前進を始める。ついさっきまで味方だった兵士が、味方を襲う。ケムニッツェ王国軍にとっては悪夢のような光景だ。
もちろん、仕掛けた側もあまりのおぞましさに、ためらいを覚えずにはいられない。が、全軍を指揮する王族の命には逆らえない。次々に死人の兵士を戦いに投入する私の魔術は、やがてケムニッツェ王国軍を敗走に追い込む。
戦いが終わり、私のすぐ脇に立っていた公爵様が、こう呟く。
「まさに地獄の使者か、悪魔の子か。誠におぞましき技よ、関わりたくないものだな」
この上級貴族の呪詛のような言葉が、私をさらに追い込む……
そんな戦場の一幕を、つい思い出してしまった。
つまりだ、この並びはまさにその時の戦に赴く騎士団のそれに似ている。
でも、どうして?
だが、私のこの疑問はすぐに解明される。まさにそれは、私がこの艦橋を去ろうとしたその時に起きる。
「レーダーに感!」
この艦橋の中ほどに座り、ぐるぐると回る棒のようなものを眺めていたある乗員の方が、大声で叫ぶ。
「艦影多数、数およそ三千! 距離百五十万キロ!」
「当該艦影より重力子の発生を多数観測、機関出力を上げつつ接近中の模様!」
「光学観測班!」
「はっ、光学観測! 艦色識別、赤褐色! 連盟艦隊です!」
連盟という名の敵が、いきなり私たちの前に現れた。この艦橋の中に、一気に緊張が走る。




