#16 調査
もっと近くで、街を見てみたい。私の足は自然、そのガラスの方へと向く。眼下にはたくさんのビルが並び、その合間には人が行き交う道がある。
その道の間には吹き抜けがあって、さらにその下にも歩道が見える。さらにその下にも歩道があって……という具合に、全部で四つの層が見える。
一番下には、真っ黒なアスファルトが敷かれている。その上には車が行き交い、道の端を人が歩いているのが分かる。で、よく見れば、それぞれの層にもビルが並んでいるようで、ここは四つの街を重ねた構造になっているようだ。
「ここ、四百メートル四方、高さ、百五十メートルの、空間なの。そこに、四層の街が、作られてるのよ」
アンドレオーニさんがそう私に話してくれる。その街の奥に目を移すと、岩壁のようなものが見える。あれがこの街の端のようで、それを見る限りでは奥行きはさほどないようだが、四つも重ねることで、その狭さを補っているとみえる。
よく見える一番上の層を見ると、四、五階建てほどのビルが碁盤目状に整然と並んでおり、その一番下には店のようなものが見える。手前の店には、何やら甘いものが売っている。公園と同じものが売っている気がする。今すぐにでも、あそこへ行きたい衝動に駆られる。
「アンドレオーニ少尉と、エルマ殿か?」
ところが、そんな私とアンドレオーニさんに寄ってくる男の人がいる。軍帽を被り、いかにも偉そうな風格のその男は、まるでこちらを睨むように凝視する。私は一瞬、戸惑うが、アンドレオーニさんは敬礼してこう答える。
「アンドレオーニ、少尉です。で、こちらが……」
「魔術士の、エルマ殿だな」
と言って、私の方を見る。今日はアンドレオーニさんと一緒ではあるが、こっちの方が分かりやすいからという理由で、魔術士の服と帽子姿でやってきた。周りにはこんな格好をしている人は他にいない。
「私は艦隊総司令部、研究部所属の技術士官、テトラツィーノ大尉だ」
その私の魔術士の服を見ても、まるで興味も関心も示そうとせず、ただこちらを凝視するばかりのこのおっかない男は、私にこう告げる。
「は、はい、あの、魔術士のエルマです」
「聞いている。蘇生魔術というものを使うそうだな」
「そうですが……」
「その力をこれから調べる。私と共に、今からある場所へと向かう」
不愛想にそう返すこのテトラツィーノさんというこの男は、私たちを手招きする。向かう先は、カウンターだった。
「まずはホテルのロビーに、その荷物を預けるように」
ズーデルアルデ王国の貴族にもこういう感じの態度の方がいたけれど、私は苦手だった。その方のせいで私は王国を飛び出したようなものだ。あまりにも冷たく、愛を感じなかった。
この人もその貴族同様、感じ悪いな……そもそも、人に好かれるという要素がまったくない。そう思いながら、アンドレオーニさんが荷物を預けているところを見守る。が、その時、思いもよらぬことが、起こる。
「パパーっ!」
小さな子供が、走り寄ってくる。パパ? 聞きなれないこの言葉に戸惑っていると、その子はあの不愛想な男へと駆け寄っていく。
「なんだ、ダリオ。ママのところに行ってなさい」
「やだぁ! ママ、遊んでくれないんだもん」
「しょうがないなぁ……」
といって、この不愛想な男は寄って来たこの男の子を抱き上げる。思い切り高いところに持ち上げられたこの子は、悲鳴のような歓喜の声を上げる。
「キャーッ!」
嬉しそうだなぁ。察するにこの子は、この人の息子なんだろう。察するに「パパ」とは父親という意味であり、その父親を慕って走り寄って来た、そういうことになる。
えっ、ちょっと待って。こんな不愛想な男に、子供がいる? ということは、この人を慕う伴侶がいるってこと? 抱き上げられたその子供と、その父親と思われる男は、傍から見ればまさしく理想的な親子の顔である。なんということか、一番嫌いな王国貴族と同じ風格を持ったこの男が、愛情豊かな親の顔をしているだと?
「あ、ごめんなさいカスト。ちょっとダリオ! だめじゃない邪魔しちゃ! パパは今、お仕事中なのよ!」
「えーっ、だってぇ」
「だって、じゃありません! こっち来なさい!」
半ばベソをかきながら、母親の元に戻るダリオという男の子。その母親のところに、あの不愛想男が近づいていく。
「ダリオ、この仕事が終わったらすぐに帰るよ。あとでママと一緒に、公園に行こう」
「えーっ、今がいい!」
「そうは行かない。パパはこれから、この人たちとひと仕事しなくてはいけないんだ」
恨めしそうな顔で、私の方を見るその男の子。いやあ、恨まれてもねぇ。私だってできることなら、関わりたくない人だし。
「あなた、ごめんなさいね。ちょっと目を離した隙に……」
「仕方がないさ。この歳で、こんな辺境惑星に来ることになったんだ。不憫な思いをさせて、済まないと思ってる」
などと会話するこの二人だが、さっきまでのあの不愛想な雰囲気はどこへやら、いい感じの夫婦の顔をしている。
私とアンドレオーニさんが唖然として見ている中、この仲睦まじい夫婦はしばらく見つめ合った後、別れる。手を振る男の子、それに応えて振り返す軍人の男。やがて妻と子供の姿は消える。
「時間を取らせてしまったようだな。では、これより射撃場に向かう」
態度がころっと貴族同然に戻ってしまった。これはついさっきまで、息子を抱き上げていたあの父親なのだろうか。一瞬で変わったこの男の態度に、私の頭はついていけない。
で、この不愛想な男と共に、エレベーターに乗り込む。一番下の階層まで下りて、そこで目の前に滑り込んできた車へと乗り込んだ。街の真ん中を、颯爽と走り抜ける。
どこへ向かうのか。そして私は今から、何をされるのだろうか? 煌びやかな店を横目に、私はこの不安しかない車内で耐えるしかない。そして街を抜けて、岩壁のところまでやってくる。
ところが、その岩壁の一角に大きな穴が開いているところがある。車はその穴を走り抜ける。やがてその先に、広い場所が現れる。
とても広い場所。だけどそこにはビルも人々もない。あるのは茶色の土と、その向こうに立てられた柱のようなものだけだ。
「着いた。ここが、射撃訓練場だ」
テトラツィーノさんが短く私に告げると、車を降りる。アンドレオーニさんに続いて私も降りると、その車はばたんと扉を閉じて、勝手に走り始める。そしてそのまま、先ほどの穴を通り抜けて去っていった。
「さて、ここでエルマ殿の魔力を測定する。しばし待て」
と言って、テトラツィーノさんは端にある建物へと向かう。しばらく、このがらんとした場所にアンドレオーニさんと二人、取り残される。
「あの、アンドレオーニさん」
「なに……」
「このただっ広い場所はなんなのですか?」
「ああ、ここは、射撃訓練場って、言うの」
「しゃ、射撃、訓練場?」
「そう。重機や、陸戦隊員、ここで撃ちまくる。そういう場所」
なんだか分かったような分からないような……つまり、魔導や魔術を思う存分、使える場所ということか。
「お待たせした。ではまず、これを使う」
そんな会話の後に、テトラツィーノさんが戻ってくる。持ってきたのは、透明な石だった。それを見た私には、それが何かがすぐに分かった。
「これは、魔力石……」
「そうだ。魔力を測る際に用いる石、それを取り寄せておいた」
その石は「魔力石」と呼ばれる、教会に必ず一つは置かれているものの、とても貴重な石。ゴーレムが出るとされる山から削り出した白い岩石を、三日三晩焼いて冷ますとこの通り、透明な石に変わる。ズーデルアルデ王国内では、十歳になるとこれで魔力を測られることになっていて、魔力石に触れた者の持つ魔力に応じて、青く光るのだ。その青さと光の強さで、魔力の質と量が読み取れる。
青く光っても、その光が弱ければ魔力は少ない。逆に強い光を放ったとしても、その人の魔力が多いものの、質が良くない。
つまり青さは「魔術」を使うことができるかどうかの素質を表わし、光の強さは「魔力」の量を表わす。ただし、これで魔術の素質を見出せても、どのような属性を持つかはまた別の問題である。
魔術特性があるとみなされた者は一人一人、さまざまな詠唱をさせて、何が発動するかを探るしかない。それでどんな魔術が使えるのかが分かる。
こうして私は十年ほど前に蘇生魔術士であることが見出され、今に至る。
だから、今さらこの石に触れたところで、結果は知れている。が、この男は私にこう言い出す。
「エルマ殿には、まずこの石に触れてもらう」
だから私は、こう尋ねる。
「あの、もうその結果は十年前に出ていて……」
「いや、教会で行われたという、魔力の判定をするのではない。測定をするのが目的だ」
とおっしゃるので、私は不本意ながらその石に触れる。
パアッと、青い光が光る。透明な石全体が、透き通った濃い青色で眩く光り始めた。これを見た私は、複雑な思いだ。
教会でこの光を見た時は、心踊る気持ちだった。それがその直後に王都から騎士団がやってきて、私は家族から引き離されて王都へとやってくる。
その後、色々とあって貴族の一員として扱われるものの、酷い言葉を浴びせられる日々が続いて、飛び出した先ではさらに酷い待遇を受けることになり……
走馬灯のように、これまでの苦い思い出が頭をよぎる。すべては、この光が始まりだった。だから、この青い光を見るのは正直嫌だ。でもそんな私とは違い、テトラツィーノさんは歓喜している。
「うむ、さすがだ、素晴らしい数値だな」
傍に置かれた、無骨な仕掛けに付いたモニターを眺めつつ、ぶつぶつと呟きながら微笑んでいる。初めて見せた笑顔が魔力石の光がきっかけとは、この人やっぱり危ない人なのでは?
「これを見たまえ」
興奮気味のテトラツィーノさんが指差すモニターを覗き込む。そこには、点がポツポツと打たれている。なにこれ? 意味不明すぎて、どう反応していいのか悩む。
「このグラフを見たまえ。縦軸が青色の度合い、横軸が光量だ。エルマ殿の測定値はこれで、ズーデルアルデ王国内で何人かの魔術士、魔導士に測定させてもらったが、その誰よりも青色が強く、明るいことが分かった。まさか、これほどの実力とは思わなかったな。いともたやすくゴーレムを倒せるわけだ」
うーん、これは褒めてくれてるのかなぁ。良い獲物だと言われているだけのようにも思えるが、せっかく見せてもらったこれが何を意味するのかが私には理解できていないから、何を喜んでいるのかすら不明だ。
「ああ、さすが、エルマちゃん。伊達に胸、小さく、ないわね」
畳み掛けるように、アンドレオーニさんがこう付け加えるが、この言葉からはむしろ悪意すら感じる。
「しかしだ。この魔力の出どころについては、やはり分からないままだな。わざわざセンサー類が充実しているこの射撃訓練場に来てもらったのに、何も検知できなかった。我々の持つ原理原則とは異なる別の法則に、この魔力というものは支配されているということか」
「は、はぁ……」
「しかし、逆に言えばこの事実は、余剰次元の存在証明を示すという私の仮説を裏付ける事実とも言えるな。となれば、超高精度のねじれ秤を使い、魔力の干渉波測定を行い……」
ああ、ますます訳の分からないことを喋り始めたぞ。しかも、何が面白いのか笑みを浮かべいる。思った以上にかなり危ない人だ。にもかかわらず、どうしてこんな人に、あれほどの奥さんや子供がいるのか不思議でならない。貴族によくある、政略結婚でもしたのだろうか?
「さて、今日の調査はこれで終わりだ」
実に、あっけなく調査とやらが終わる。いや、むしろここからが私にとっての危機でもある。
魔力量を知られたからには、私を利用しようと考えるに違いない。今まで、これで何度か自由を奪われてきた。このまま私をどこかに閉じ込めようと企むに違いない。すぐにでも、この場を去らねば。
「で、では、私はこれで……」
「いや、ちょっと待ちたまえ」
立ち去ろうとする私を、テトラツィーノさんが引き留める。まさか、危惧していたことが現実となってしまうのか?
「うわぁぁっ! あ、あの、首輪はいいですが、料理にはピザとハンバーグを、週に一度くらい出してください!」
「? エルマ殿は、何を言っているんだ。これを渡すのを忘れていただけだ」
と言って、テトラツィーノさんは薄い板を私に手渡してくれる。それを見た私は、ハッとする。
「こ、これはまさか……電子マネー?」
「そうだ。調査に協力してくれたお礼だ。ざっと一千ユニバーサルドル入っている。街での買い物や食事に使ってくれ」
と言って私はその電子マネーを受け取る。ちょっと待って、一千ユニバーサルドルって、どれくらいの価値なのか? 確か市場でピザを買ったら、一枚で二十ユニバーサルドルだった。つまり……ピザ五十枚分のお金を頂いたことになる。
「タクシーはすでに呼んである。このまま、街に向かってくれ」
私はすっかり浮かれている。ピザ五十枚分かぁ。これだけあれば、色々なものを食べられるよなぁ。といいつつ、頭の中はもうピザでいっぱいだ。
「ぐふふ、それだけあれば、エルマちゃんと、いろんなところに、行ける……」
だが、この金を虎視眈々と狙っている御仁がいる。アンドレオーニさんだ。そうはさせない、これは私の魔力によって、私が頂いたものだ。アンドレオーニさんと言えども、好きにはさせない。
という私自身の意思は、残念ながら貫き通せなかった。




