#14 離脱
「明後日、宇宙に、出るわよ」
あのゴーレム騒ぎの二日後、夕食の際に私は、アンドレオーニさんからそう告げられる。
「ああ、それじゃ私、お留守番ですよね」
「違う、あなたも、行くの」
「へ? だって私、駆逐艦に乗ることはないって……」
「事情、変わったの。私と一緒に、宇宙へ、上がるわ」
「ええーっ!?」
どうやらその事情とは、私の「魔術」にあるらしい。
あの時に戦ったハムや、砂となったゴーレムの分析は進んだらしいが、一つだけ分からないことがあるという。それは、私の魔力のことだ。
王国と地球七七二の人たちは共同で、すでに魔術士や魔導士らを集めて魔力を調べているらしい。
魔力というものがどんなものかが分からないと、どうしてそれがゴーレムにとっての毒なのか、いや、そもそもこの星に普遍的に存在する魔力とは何ものなのか、地球七二二の人達は、それを解き明かすことは極めて有意義だと考えている。
「でも、魔力持ちなら私じゃなくても、ズーデルアルデ王国にたくさんいますよ」
「それは、そう……だけど、誰よりも一番手軽に、連れて行ける」
手軽って、私は愛玩動物かな。確かに、アンドレオーニさんの愛玩用に成り下がりつつあるけれど。
「それに……エルマちゃんの、魔力は、エルマちゃん、だけ」
そうだ。魔力を持つ者は確かに他にもたくさんいる。が、それは他人の魔力であり、私が使う蘇生魔術のそれではない。ハムを屍兵に変えた魔力を持っているのは、今のところ私だけだ。
「で、私は何をすればいいんですか?」
「簡単。戦艦、アンドレアってところに、行って、そこで、魔力を使う」
「それだけ、ですか?」
「そう……それだけ」
うう、簡単すぎて、逆に不安になってくるな。それってつまり、その戦艦アンドレアってところに閉じ込められ、帰れなくなる可能性もあるんじゃないだろうか?
「ところで、戦艦アンドレアって、どんなところなんですか?」
「軍艦。それも、とても大きく、全長が、五千メートルあるの……」
と、アンドレオーニさんは言うけれど、それがどれほど大きいのかさっぱり分からない。
「そうね……そこには、射撃訓練場と、街があるの」
「えっ? 街があるんですか?」
「完成された、大きな街。終わったら、そこで、美味しいもの、食べるわよ」
急にやる気になってきた。街があって、美味しいものが食べられる時いては黙ってはいられない。
「行きます! ぜひそこで、美味しいもの食べましょう!」
「よかった……断られたら、首輪つけて、連れてこうかと、思ってた」
ぐふふと不敵な笑みを浮かべるアンドレオーニさん。うわぁ、外でそれやられるのは嫌だなぁ。
こんな具合にこの人、普段からとても変なことを言っている。変を通り越して、異常とさえ言える。
なのにどうして、この人といると胸がドキドキするんだろうか?
「で、明日は、休日。今夜は、寝かさないわ……」
手を握り、その荒い鼻息を私の手の甲に吹きかけてくるような人だけど、なぜかこの人から離れられないなぁと思う。この人と同じ部屋に住むようになって、ほぼ二週間。その間、夜の営みだけは異常極まりないが、一つだけはっきりしていることがある。
「あの、アンドレオーニさん」
「なあに……」
「もし私が、その戦艦アンドレアで囚われの身になってしまったら、どうしますか?」
「決まってる……あらゆる手段、用いて、取り戻すわ」
こんなことを言ってくれる人は生まれてこの方、初めてだ。今までは私の力を欲する人はいても、私自身を欲してくれる人はいなかった。だから私は、この人から離れられないのだと思う。
そこから二日経ったその朝のこと。
「アンドレオーニさん。これも持っていきますか?」
「そうね、持って、いきましょ」
「あの……これも、持っていくんですか……?」
「当然。宇宙にだって、夜は、あるんだから」
さすがに荷物、多過ぎじゃないのかなぁ。そんなことを考えながらも、アンドレオーニさんに言われた通り、荷物を詰め込む。
宇宙港はよく訪れるが、その中に入るのは久しぶりだ。私が初めてここに来た時以来ということになる。ロビーを通り抜け、バスに乗ってこれから乗り込む船を目指す。
灰色の馬鹿でかい城塞のような船の真下にたどり着く。こんなものが、空を飛ぶと言われても以前なら信じなかっただろう。でも私はすでにこれが飛んでいるところを見ている。見てはいるのだが、やっぱり信じられないな。
中に乗り込むと、すぐにエレベーターに乗り込む。なお、この艦の名は「駆逐艦三三二七号艦」というそうだ。その名の通り「三三二七番目の艦」という意味だが、なんだか無味乾燥、短絡的な名前だ。でもそれは、こんな大きなものが三千隻以上もあるということを意味している。
いや、三千隻どころではなかった。この辺りにいる遠征艦隊だけで一万隻もいるそうだ。こんな大きなものが、一万もいるんだって? 想像を絶する規模の艦が、この辺りでうごめいていることを知る。
そんなにたくさん空の上にいて、よく空が覆われて真っ暗にならないものだ。そうアンドレオーニさんに告げると、こう返される。
「宇宙は、大きいから……」
分かったような分からないような、そんな答えだ。
そんな大きな艦に、私は乗り込む。
「機関始動!」
「はっ! 機関始動!」
ウィーンという唸り音が響き渡る。ここはこの艦でもっとも高い場所、艦橋というところだ。目の前にはこの艦の上面が、その脇からは宇宙港や王都の街並みが見える。
「繋留ロック、解除!」
「はっ、繋留ロック解除!」
「抜錨! 三三二七号艦、発進する!」」
「了解、微速上昇、三三二七号艦、発進します!」
艦長というこの艦で一番偉い人が号令をかけると、それに呼応してすぐ前に座る航海長という人が復唱する。ガコンという大きな音が響いたかと思うと、徐々にこの艦は上昇を始める。
「高度千二百、上昇速度八十、機関良好、問題なし」
「ティルブダム港管制から通信。加速し、規定高度四万メートルまで速やかに上昇せよ、以上です」
「了解、上昇速度、四百まで増速する」
雲を抜けて、ものすごい勢いで空の彼方を目指す。窓から見える街はすでに霞みの向こう側でうっすらとしか見えない。遠くの山脈や海が目に入る。それは、ここが相当高いところであることを如実に示していた。
「窓の外、気になる……?」
すぐ横にいたアンドレオーニさんが私に尋ねるので、私はうなずくと、手を引いて窓際まで連れて行ってくれる。その窓から見える光景に、私は圧倒される。
かなり高いところにいるのが分かる。王都ティルブダムを囲む城壁が、まるで軒下に置かれた桶のように小さく見える。私は目を、上に向ける。
おかしい。今はまだ昼間のはずだ。にもかかわらず、空が暗い。いや、暗いわけではないのだが、真っ黒だ。明るいのに暗い。こんな不思議な光景、今まで見たことがない。
「高度三万七千! まもなく、規定高度到達!」
海の向こうを眺めると、地上と黒い空の間に青白い境界線が見える。それがやや弧を描いている。そういえば、この地面は丸い球体の上にあると教えてもらったが、まさにその丸い淵を、私は今、直接見ていることになる。この世界の広さを、私は実感させられた。
「規定高度、四万メートルに到達!」
「機関、および各センサー最終チェック!」
『機関室より艦橋! 問題なし!』
「レーダー作動よし。三百万キロ以内に障害物なし」
「熱探知、エネルギー探知、および光学探知センサー良好」
「よし、ではこれより当艦は大気圏離脱シーケンスに入る。最大戦速!」
「はっ! 最大戦速!」
艦長さんが叫ぶと、床がまるで地揺れのようにガタガタと揺れ始める。ゴォーッというまるで嵐の時の風音のようなけたたましい音が、床の下から鳴り響く。と、それに呼応して、周りの風景が流れ始める。
うわぁ、気持ち悪い。地面が後方へ滑っていくようだ。いや、実際には私が前に進んでいるはずなんだけど、この広い世界がいっぺんに後ろへと過ぎ去っていく。
変だな、馬車が勢いよく走る時などはその反動で後ろに倒れそうになるというのに、そういう衝動を全く感じない。実際、私はいきなり走り出した馬車の中でひっくり返ったことがある。だから、世界が後ろに流れているように見えるんだ。いや、まさか本当に後ろに流れているの?
「エルマちゃん……何か、違和感、感じてるでしょ」
そんな私の気持ちを察して、アンドレオーニさんが尋ねてくる。私がうなずくと、アンドレオーニさんが教えてくれた。
「慣性装置、それが、加速の勢い、消して、くれてるの。それないと、私たち、立ってられない……」
やっぱり何か仕掛けがあるんだ。そうだよねぇ、これだけ勢いよく動いていたら、普通はひっくり返るはずだ。
そんな不思議な仕掛けの話を聞いている間に、外はすっかり暗くなった。上から下まで、闇の中。遠くに星空が見える。
「回頭百八十度、地球へのスイングバイコースに入ります!」
その星空が、ぐるっと回る。かと思ったら、突然目の前に青い球体が現れた。
あれは、私がついさっきまで立っていた地上を、遠くから眺めたものだ。以前、アンドレオーニさんから教えてもらったそれは、今私の目で直に捉えている。
ゆっくりと近づく、その青い球体。やがてそれはものすごい勢いで脇を通り過ぎて、再び真っ暗闇に逆戻りする。
「規定速度、到達! 前進半速、ヨーソロー!」
やがて、ゴーレムが現れる時の地鳴りのようにざわめいていた床は急に静かになる。ブーンという低い音は残るが、さっきまでよりはマシだ。
「大気圏離脱、終わった……ここはもう、宇宙よ」
四方八方、上から下まですべて星の空。この灰色の艦以外には、拠りどころのない空虚な闇ばかり。そのあまりの闇の深さに、私は肝が冷える。
「ああ、やっぱり、怖いのね……」
アンドレオーニさんは、私の手を握りながらそう呟く。怖いというか、底知れぬこの深い闇を前に、とんでもないところに来たという空虚さが心を覆っている。それが恐怖というなら、そうなんだろうけど。
「外を、見てても、つまらないわ……さ、食堂へ、行きましょ」
「あ、はい」
アンドレオーニさんが、私にそう声をかけてくる。二人は、この艦橋の出口へと向かう。
「巡航速力に達しました。外縁部のワームホール帯まで、あと六時間です」
「了解だ。途中、小惑星帯に接近する。警戒せよ」
「はっ!」
艦橋の中は、相変わらず誰かが何かを叫び、艦長がそれに応えるのを繰り返している。ただの真っ暗闇にしか見えないけれど、この先に何かがあるようだ。
さて、空高くにこれほどの空虚な闇が広がっていると知った私は、また一つ、世界の真実を知る。
が、その後、アンドレオーニさんの部屋に行くことになるのだが、そこでは地上と変わらぬ出来事が行われてしまった。人間、高いところに行っても、やることは変わらない。




