#13 尋問
「……で、今の話をまとめると、エルマ君はその買ってきたハムに蘇生魔術を使ったところ、想定外の化け物が発生し、ゴーレムと相打ちした。そういうことなのか?」
そのまま私は、買い物袋ごと司令部というところに連れてこられた。目の前にはカルデローニさんと、数人の男たち。その脇には、アンドレオーニさんもいる。
「は、はい。ですがまさか、あれほどのものが発生するなんて、思ってなくて……」
そう答える私だが、その言葉を疑っている表情だ。が、そこでアンドレオーニさんが口を開く。
「彼女、一度、駆逐艦内の、食堂で、この力、使ったんです」
それを聞いた、カルデローニさんの上の人と思われる男がこう尋ねる。
「そうなのか? で、その時は何が起きたんだ」
「ただ、その場で、肉が、踊るだけ。三三二七号艦の、他の乗員に、目撃者がいるはず、です」
「そういえばカルデローニ少尉、十日前の作戦で貴官たちが倒したというあのゾンビの集団は、蘇生魔術によって動かされていたという報告だったな」
「はい、ズーデルアルデ王国側の話では、あれは蘇生魔術士によるものだ、と」
「その蘇生魔術士というのがつまり、エルマ君だったと言うことか」
私を睨みつけるその上役の男。うう、怖い。とうとう私が蘇生魔術士だってことがバレてしまった。これから私、どうなるんだろう?
「しかし、だ。そのときの映像を見る限りでは、あの黒い煙のようなものは発生していないな」
「そうですね。おっしゃる通りです」
「うーん……」
なにやら考え込んでしまったぞ。この狭い尋問部屋の壁にかけられたモニターというやつに、さっきのゴーレムとハムの戦いの場面、それに以前のオーガやゴブリンの屍兵の映像とが、並んで映し出されている。
「とても同じ事象とは思えないな。違いといえば、その対象が仮設市場で買ったハムか、森で生息していた魔物の死骸を使ったか、と言うことぐらいだな」
「そうですね。ですがダミアーニ中佐、この映像とエルマさんの話から察するに、用いる屍の大きさが大きいほど、込められる魔力が増えるんじゃないでしょうか」
「ならば、どうしてこんな小さなハムに、ゴーレムを倒せるほどの魔力が込められたと言うのだ?」
「それは……なぜでしょうね?」
目の前で議論が続くが、私としてはこの先、自身がどうなるかが知りたい。魔力封じの首輪をされた上に独房に放り込まれて、また家畜同然の暮らしに戻るのか。それとも、ズーデルアルデ王国に引き渡されて、ゴブリン・コロシアム刑を受けるのか。どちらかを選べと言われたら、まだ独房暮らしの方がいい。
「ともかく、この件は司令部会にて議論した方がよさそうだ。結論が出るまでは一旦、保留とする」
「はっ、承知いたしました」
「そういうことだ。では、今日はここまでとする」
ところがだ、このダミアーニさんという方は、私のその後の処分を決めることなく、その場を去ろうとする。私は尋ねる。
「あ、あの!」
「なんだね、エルマ君」
私をまるで狼のような大きな瞳でじろっと睨みつけてくる。うう、おっかないな。だけどちゃんと聞いておかないと。
「ええと、私は……私はどうなるんでしょうか。魔力封じの首輪付きで、どこかに監禁されちゃうのかなと……」
「魔力封じ? 監禁? なぜそんなことをしなければならんのだ」
「ま、まさかとは思いますが、私を王国に引き渡そうとか……そんなこと、ないですよね?」
そこで私はニコッと微笑むが、このダミアーニさんという人は、その強面を崩そうとしない。相変わらず、私を睨みつけたままだ。
「まあ、なんだ。今回は活躍したわけだから、なんら咎めるべき何かがあるわけではない。それに、エルマ君を王国に引き渡すことは、君自身が困るだけだろう。よって、ここでの生活を続けてもらうこととなる」
それを聞いた瞬間、私は胸に支えていたものがどっと溢れ出るような、そんな安堵感に包まれる。ああ、よかった。ゴブリン・コロシアムの刑は免れたな。しかし、そんな私にお構いなしに、ダミアーニさんは話を続ける。
「当然だが、あの魔術とやらは緊急の場合を除いて、この街の中で用いてはダメだ。それは守ってほしい。さもなければ、我々は君をこの街から追放せざるを得なくなる。その意味は、分かっているな?」
おっかない顔でそう告げるダミアーニさんの言葉に、私は全力でうなずく。つまり、次はないと言うことか。
「ついでに、この場にいる士官にも言っておく。今回のことは、しばらく口外無用だ。下手に話が広がっても、妙な憶測を生んでは混乱を招きかねない。司令部の決定あるまで、皆の胸の内に留めておくよう。以上だ」
そう言い残すと、ダミアーニさんは部屋を出た。
「はぁ……にしても、妙な話になってきた。めんどくさいなぁ」
「何、言ってるの。エルマちゃん、死にかけた……めんどくさい、なんて、言い過ぎでは?」
「いや、アンドレオーニ少尉、エルマさんのことじゃないよ。あのゴーレムのことだ」
「ゴーレムの、こと?」
「そうだ。これまでゴーレムは、杭打ちによって受けた刺激で発生すると思われていた。が、今回は何日も前に基礎が出来上がり、その上に建物がある状態で発生した。それは今までの仮説が、成り立たなくなったってことだよ」
「あ……確かに……」
「つまりだ、この街のいつどこでゴーレムが発生してもおかしくないと、そう言うことになる。だからめんどくさいと言っているんだ」
この部屋には私とアンドレオーニさん、そしてカルデローニさんだけが残る。二人は深刻そうな話をしているが、私は目の前に置かれたハムを見ていた。
覆っていた透明な皮は破けて、網目の糸もその大部分がちぎれて、中がはみ出している。禍々しい魔力にさらされたためか、少し干からびている。さらにゴーレムが粉砕した際に生じた砂を被っており、とても食べられるような代物ではない。
「そういえば、このハム、どうするの?」
「ああ、これは研究部に回そうと思っている」
「えっ……研究部?」
「詳しい成分の分析に、魔力の名残がないかなどの調査、そしてこのハムメーカーへの問い合わせなど、調べることはたくさんある」
「てことは、エルマちゃんの、魔術、あれが大きく、現れた原因、ハムにあると?」
「魔物の死骸を使っても、あれほどの力が得られない。だけど、ハムからはあれほどの力が得られた。ということは、エルマさんの魔力と相性のいい成分が含まれているということになる。これは、調査に値する何かはありそうだよ」
「単に、追い詰められて、発揮した、火事場のクソ力って、可能性は?」
「それもある。だからいずれエルマさんには、再現実験をお願いすることになるかもしれない」
そう言い残すと、カルデローニさんはその砂まみれのハムを持つと、私とアンドレオーニさんに向かって敬礼し、部屋を出ていった。
私が司令部の建物を出た時には、もう日が傾きかけていた。ゴーレム騒ぎがあったとは信じられないほど、穏やかな夕日が見える。その夕日に照らされながら、私はアンドレオーニさんと手をつないで帰路に着く。
「ハム、ダメになっちゃいました」
そう話す私に、微笑むアンドレオーニさん。
「大丈夫、それより、エルマちゃんが、無事だったこと、そっちの方が、大事」
優しくそう声をかけてくれるアンドレオーニさん。やっぱり私、この人からは離れられないなぁ。少し、いやかなり変な人だけど、身も心も任せられる、そんな人になりつつある。
「それに、さっき、ハム、買って、おいたの」
「えっ、どこで買ったんですか?」
「市場。尋問の前に、ちょっと、抜け出して……」
といって、私にさっきと同じ銘柄のハムが出てきた。それも一つではなく、三個もある。当たり前だけど、砂まみれではない普通のハムだ。そんなハムを入れた袋を私に見せる。
「思ったけど、これから外、歩く時、これを、持ち歩いた方が、いいかも」
「えっ、どうしてですか?」
「不意に、ゴーレムが、出てくる、かもしれない」
そうか、そうだよね。これさえあれば、ゴーレムに襲われた時にも、一人で戦える。
「てことで、はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
「これで、帰り道に、襲われても、大丈夫」
ああ、そうか。また道の途中で襲われることだってあるのか。油断ならないな。私はこの極太のハムを握りしめる。
「でも、このハム、使えそう……」
と、アンドレオーニさんが不穏なことを呟く。
「あの、使えるってなんですか?」
「決まってる、ベッドの上……この間の、アレの代わり、すごく、ご立派様だから……」
前髪の奥に見える目が、ギラギラと光っている。とてもいけないことを口走っているのがよく分かる。あの目は、ゴーレム以上に危険だ。
「あ、あわわ……あの、アンドレオーニさん、そういうのは帰ってから……」
「それに、さっき、首輪がどうとか、言ってた、わね?」
「いやあ、あれは……」
「魔力封じの、首輪……ぐふふふ、そんな願望、エルマちゃんの中に、あったなんて」
「いや、ないです! それ願望じゃないですって!」
帰りの道中で、私はつい大声をあげてしまう。周りの視線が、一気に集まる。しかしアンドレオーニさんの妄想は止まらない。
で、無事に部屋にはたどり着いた。三個のハムと、昼間の買い物の品と共に。
問題は、その三つのハムだ。
一つは、護身用として持ち歩くことになった。もう一つは、食べるためだ。
そして最後の一つだが。
口の端にのせるのもはばかられる……そんな用途のためだった。




