#12 襲撃
「あ、あわわわ……」
突然現れたゴーレム。それが出てきたのは、あのコンビニの予定地だ。その上に建つ建物をかき分けて、白い岩石とその周りの土を取り込んで、やや茶色がかった姿で現れた。
辺りにはほとんど人気がない。時折、車が走ってくる程度だ。が、その道路の上を茶色のゴーレムが歩き始める。黒いアスファルトの表面にヒビが走った。
周りの車が、ゴーレムの姿を捉えて一斉に止まる。そのままものすごい勢いで後ろに走り始め、その場を去っていくのが見える。
変だな、あのコンビニ、杭打ちなんてずっと前に終わってて、上に店舗の建物を載せていたくらいだ。それを突き破って、あのゴーレムが現れた。これは、想定外の出来事だ。
これが作業現場だったら、人が大勢いる。だれかが司令部に連絡して、重機隊を呼び寄せてくれる。だけど今、ここには私しかいない。だからあのゴーレムは、私の方へと向かってくる。
だめだ、逃げなきゃ。そう思ったものの、恐怖のあまり力が出ない。ズシン、ズシンと足音を立てて迫るゴーレム。このままでは、踏み潰されてしまう。
そうだ。私はその時、考えた。あれに魔力を込めて、それを投げつければいい。咄嗟に思いついたのは、さっきのハムを使うことだ。
私は蘇生魔術士だ。だから、「屍」であるこの燻製肉の塊に、私の魔力を送ることはできる。
ただ、この前食堂でステーキやハンバーグに魔力を送った時は、その場でくねくねと動くだけでまるで役に立たなかった。だから、このハムもそうだろう。だけど、魔力を込めたハムを投げつければ、うまくいけばゴーレムを仕留められるかもしれない。少なくとも、脚に当たればそれだけで動きを封じられる。
近づくゴーレム、慌てて私は袋に手を突っ込み、あの太くて丸い塊を取り出した。私は詠唱する。
「グェフ マファン アンダズェ モンフェス!」
目一杯の魔力を、この手のひらに乗るハムに伝達する。一定の魔力が込められたら、それを投げつけよう。私はそう考えていた。
もっとも、肉と呼べるものは今、このハムしかない。これを外したら、後が無いな。そんなことを考えながらも、私は魔力を込め続けた。
すると、全く予想外のことが起きる。
この燻製肉の塊は、私の手のひらの上でふわっと浮き上がる。かと思うと、どす黒い瘴気のようなものがその肉の周りを巡り始める。
その黒い瘴気は渦を巻いてどんどんと大きくなり、やがてそれはゴーレムほどの大きさな塊へと変貌する。
なんだ? 魔術をかけた本人が言うのもなんだが、一体、何が起きている?
市場で買ってきたハムは、その黒い瘴気の中心に浮かんでいる。やがてその黒い瘴気の塊は形を変えて、人型の魔物のような姿に変わる。
目の前で起きていることに、頭が追いつかない。だが、もしかするとこれは勝機ではないか?
そう感じた私は、さらに詠唱する。
「ヴォーシュト!」
瘴気をまとって立ち上がったその「ハム」に向かって、私は前進を命じる。禍々しいまでの魔力をまとったその化け物は、ゴーレムを捉え対峙する。
「オオオォォォーッ!!」
その瘴気の魔物が叫ぶ。その雄叫びは、ゴーレムを慄かせて一瞬、足止めする。その光景に私は目を、いや、耳を疑う。
おかしい……そんな馬鹿な。この非常識な事態に、私の頭はますます混乱する。
今まで幾体もの屍を蘇生させてきた。が、魔力を送り込んで生まれた屍兵が、叫び声を上げることはない。死んでいるんだから当然だ、声なんて出せるはずがない。
にもかかわらず目の前のあれは、図太い叫び声を上げた。
悪い夢でも見ているんじゃないのか? アスファルトの上で立ちすくむ私は、目の前で起きている出来事がとても信じられない。
そんな私に構うことなく、私が生み出したはずのその化け物はゴーレムに向かって歩き出す。
先に手を出したのは、ゴーレムの方だった。
やや茶色がかった岩の腕を、その瘴気の塊の腕らしき部分に振り下ろす。
まるで黒い煙を大きな扇子で仰いだときのように、パァッと腕が消し飛ぶ。見た目は強そうだが、意外と脆かったのか。確かにあれは煙のようなものだから、あおげば当然、ああなろうだろう。
と思っていたら、黒い瘴気が急速に集まり、吹き飛んだはずの腕は復活を果たす。さっきよりも少し太くなったその腕が、今度はゴーレムに向けられる。
屍兵は少しひじを引いたかと思うと、踏み込みと共にその腕を一気に伸ばす。ちょうどゴーレムの腕の付け根の辺りにその先端が刺さる。するとゴーレムのその腕は、根元から吹き飛んだ。
ズシンと音を立てて落ちるゴーレムの腕。魔力に触れたそのゴーレムの腕は、あっという間に砂塵と化す。だが、片腕を失っただけのゴーレムはまだ、目前に立っている。
しかし、「ハム」の方もまだ健在だ。反対の腕を振り下ろして、もう一方のゴーレムの腕を払い落とす。アスファルトの上に叩き落とされた腕は、その場で茶色の土山に変わり果てる。
なんだか分からないけど、私は今、自身の生み出したハムの屍兵を応援するしかない。頑張れ、あと一歩だ。もう少しであのゴーレムを倒せる。そんな私の思いに応えたのか、その場で身をかがめて、突進の構えを見せるハムの屍兵。
ところが両腕を失ったゴーレムも、まだ闘志を失っていない。あちらも足を踏ん張り身構え、ハムの突進に備える。そのまま両者は対峙したまま、しばらく動かなくなる。が、やがてゴーレムが動いた。
上からのしかかろうとするそのゴーレムの動きを、ハムの屍兵は見逃さなかった。その懐に飛び込むと、腰の辺りをつかみかかるようにして抱きつく。その腰の辺りから、バキバキとひび割れが起こる。
やがて、ゴーレムの全身は砂塵へと変わっていく。一方のハムの屍兵も、ゴーレムの砂塵に吸われるように消えていく。まさに、共倒れだ。やがて両者は、私の目の前から消えていく。
辺りは、静けさを取り戻す。何事もなかったかのように、静まり返ってしまった。私の手元には買い物袋が、そして目の前には巨大な砂の山。その山の上にはポツンと、私が買ったハムが置かれている。
夢、いや、夢ではない。現に今、大量の砂の山が残されている。ゴーレムがいた証拠だ。
なればこそ、信じられない。どうしてあのハムは、あれほどの力を宿したのか? 私自身にも、いや王国の蘇生魔術士でも見たことがない現象だ。
と、私がへたり込んでいると、その場所に空から灰色の物体が降りてくる。
誰かが通報したのだろう。ようやく人型重機が現れた。だけどその場にはもう、ゴーレムの姿はない。
『あれ、エルマさん、エルマさんじゃないですか!?』
その人型重機は叫ぶ。この声は、カルデローニさんだと分かる。が、私は混乱した頭の整理がつかず、即答ができなかった。
ゴーレムは、倒した。それは私の魔術によって成し遂げられた。
が、成し遂げた本人が、それを理解していない。




