#11 独り立ち
この街に来てから、十日が経った。
アンドレオーニさんは、今日は仕事で出かけている。宇宙港のそばには艦隊司令部というのがあって、地上にいる時はそこで働いている。
ということで、今日は私一人、留守番だ。
が、家にじっとしていられるほど、私はおとなしくなどない。
この部屋の扉に、私の手のひらを当てると開けられるようにしてもらった。いちいち鍵を持ち歩かなくても、手を当てるだけで開く。なんて便利な扉だろう。おかげで私は、いつでも出入りできるようになった。
また、電子マネーとスマホというものをもらった。このスマホというやつは、私を導いてくれるとても優秀な魔道具だ。市場で買い物をしたい、帰り道を教えてほしい、など、これを使えばこの街で迷うことがない。
アンドレオーニさんは週に二日のお休みがあるものの、五日は司令部に出かけている。つまり、私はアンドレオーニさんが出かけている間、留守番をすることになる。
晴れの日は、基本的に私は外に出る。この街のことを少しでも知っておきたい、そう思ってのことだが、元々私は好奇心は旺盛な方なので、こうした不思議な街には興味津々だ。
それほど広い街ではない。ちょっと歩けばすぐに壁に突き当たる。でも、この狭い街の中にはいろいろなものが作られている。
公園という、わざわざ草や木が植えられている場所が最近できた。森に行けばあるものをわざわざ持ち込むなんてと思ったけれど、この街には草木や土が見当たらない。アスファルトという真っ黒な地面で覆われていて、なんとも殺伐としている。だから憩いの場として、緑が欲しくなるみたいだ。
その憩いの場には、出店が何軒もある。アイスやクレープといった、甘い食べ物がよく売られているのだが、休日ともなると店の前には大勢の人でごった返す。私もそこでチュロスやクレープなるものを食べたが、あれは忘れられない味だ。
その公園の出口付近には今、小さな建物が作られている。アンドレオーニさんによれば「コンビニ」というお店ができるそうだ。なんでも、一つの店舗で必要なものが揃えられる、そんな便利なお店らしい。今から完成が楽しみだ。
少し歩くと、とてつもなく大きな箱形の建物が建てられている。ショッピングモールと言うそうだが、つまりは「市場」だ。
宇宙港のすぐそばにも市場があるが、あれは仮のものだそうで、ショッピングモールが開店したらそちらに移ると言っていた。ただしその移転先の規模は、とてつもなく大きい。
外から見ても、宮殿と中庭がすっぽりと収まるほどの巨大な建物だ。あれほど大きな場所には一体、どんな店が並ぶのだろうか。あと半月ほどで開店するとアンドレオーニさんは言っていたが、とても楽しみである。
他にも高いビルが次々に建てられている。あんなに高い建物を次々に建てても、入る人がいるのかと疑問だったが、その多くは交易商人が働く場所だということだった。
宇宙というところからは、実にさまざまな品が入ってきている。私もお世話になっている袋詰めの食べ物や透明なペットボトルという容器に入った冷たい飲み物、これらは今のところ、宇宙から運び込まれている。私も使っているこのスマホや電子レンジ、冷蔵庫といった魔道具も、今は宇宙からどんどんと運び込まれているが、やがてこれらはこの星の上でも作られるようになるらしい。
ところで私は今、ここにくる時に来ていた魔術士の服を着ている。とんがった帽子に、ゴワゴワとした硬い茶色の服。ズーデルアルデ王国の人が見れば魔術士だと分かる服ではあるが、この街の人たちから見れば、ただの王国側の人間だと思うだけだ。
そしてこの街でこの服を着て歩いているのは、私しかいない。
それはそれで、私には何かと都合がいい。
「お、エルマちゃん、今日も元気そうだね! どこかへ、お出かけかい?」
このとおり、この服を着て歩くと、この街の人にも私だとすぐに分かってもらえる。
「はい、ちょっと市場へ行くんです」
「そうかい。ほれ、一本やるよ」
公園を抜けて市場へ向かうと、出店の人が時々、私に声をかけてくれる。ついでに、売り物をくれることもある。今、ちょうどチュロスを売っているお店の前を通ったら、そこの店の親父が一本くれた。
うん、なんだかとても得した気分だ。この街の人たちは、私にとても優しくしてくれる。もちろん、アンドレオーニさんも優しいけれど、それとは違う優しさを私は街の人たちからは感じる。
ちっぽけな私は、ズーデルアルデ王国でもケムニッツェ王国でも蔑まれいた。それが、どういうわけかこの街でこの服を着て歩くとチヤホヤされる。それが私にはたまらない。
うーん、このチュロス、とても甘くて美味しい。しかも歯ごたえがいい。アンドレオーニさんの稼ぎだけで暮らさなきゃいけないから、あまり余計なものを買うことができない。だからこそ、物をいただけるのはありがたい。私はこの甘味を噛み締めながら、市場へと向かう。
ええと、そういえばアンドレオーニさんから頼まれていたものがあるな。どれどれ……私は、スマホを覗き込む。そこにはアンドレオーニさんから買ってくるように頼まれた品が書かれている。
といっても、私はここの文字がまだ読めない。話す言葉は同じなのに、文字は全然違う。そういえば、この宇宙には「統一語」という、どの星でも話されている言語があって、それがたまたまズーデルアルデ語と同じだったため、話し言葉には困らない。が、「統一文字」というものはズーデルアルデ文字とは違うものなので、読み取ることができない。
少しは読めるようになってきたものの、まだスラスラとは読めない。そこで私はそのメモを開いたまま、あるところを指で突く。
『今日の買い物。じゃがいも、三個。にんじん、三本。カレーのルー、二箱……』
すると、そこに書かれた文字を読み上げてくれるのだ。これのおかげで、私はここの文字が読めなくてもさほど困らない。看板などで読めない文字が書かれていても、このスマホのカメラをかざせば、こいつが代わりに書かれた文字を読み上げてくれる。なんて便利な魔道具だろうか。
公園を抜けて、宇宙港のそばまでやってきた。その前にある市場に入る。カートが置かれているので、そこに私は電子マネーを挿し、ガラガラと押し始める。
ええと、まずは「じゃがいも」だな。確か入口のすぐ正面に、野菜を売っているところがあったはずだ。私は野菜のうりばへと進む。ゴツゴツとした薄茶色のその野菜を見つけて、カゴに入れる。
うーん、このじゃがいもという野菜、武骨な形をしているが、とても美味しい。そもそもイモというものの存在を、私はこの街で初めて知った。ティルブダムの市場でも野菜が売られているけれど、あるのはにんじん、玉ねぎ、ニンニク、豆、そしてカブだ。あとは大麦、小麦、ライ麦があるくらいで、平民の口にはこの辺りが口にできるかどうかというものだった。
これが貴族になれば、牛肉、豚肉やラム肉が食べられる。遠く東方の大陸からは香辛料が運ばれてくるが、あまりに高価なので、上級貴族でもない限りは滅多に口にすることができない。
はずなのだが、ここではその香辛料が当たり前のように使われている。肉料理に香辛料を使うのは当然で、それ以外にも、例えば今日の買い物の品の一つであるカレーも、香辛料がふんだんに使われた食べ物だ。
香辛料なんて、遠く東方から商人が砂漠を乗り越えつつ何日もかけて運ぶものだから高価、というのがズーデルアルデ王国では常識なのだが、思えばあれほど大きな船を空に飛ばせるほどの魔導技術があるここの人たちにとっては、多くのものをより遠く、より早く、より安く運ぶことができる。香辛料が安いのも納得だ。
ということで、私はせっせと頼まれた品をカゴに納めていくのだが、街の人たちと違って、このカゴには愛想というものがない。
やれやれ、可愛い魔術士が買い物をしてやってるというのに、このカゴときたら商品を入れるたびに無愛想にピッと音を立てるだけだ。私を見て、少しはまけてやろうとか、労いの言葉をかけてやろうとは思わないのか?
少しイラッとした私は、カゴについているカメラを覗き込む。そのカメラに向かって私は、満面の笑みを浮かべてみせる。
『登録されていない商品が、検出されました。カゴに入れる前に、係員にご提示くださいますようお願いいたします』
ところが、私の笑みに対する答えはこれだ。まったく、馬鹿にされた気分だな。笑顔はみるみるうちに不機嫌な顔へと変わっていく。といっても所詮、相手はただの魔道具だ。文句を言ったところで仕方がない。私はぶつぶつと文句を言いながらも、買い物を続ける。
たくさん買い込んだ。袋いっぱいの品を抱えて帰路に着く。市場を出て公園を抜ける。重い荷物なので、私はそこにあったベンチに座って休憩をとる。
袋の中を覗き込む。そういえば今日、初めて見る品があるな。私はそれを取り出してみた。
丸く太い、燻製肉の塊。これは「ハム」と言うそうだが、つまりはソーセージの太いものだろうか。
ソーセージといえば、昨夜、アンドレオーニさんが私に使った小道具に、それっぽいのがあったな。あれはちょっと……うう、これをみていたら少し変な気分になってきたぞ。しかもこいつは、その道具よりも遥かにご立派様だ。
さらにこの燻製肉、網の目のように細い糸でぐるぐると縛られている。この縛り方、二日前にアンドレオーニさんが私に……ダメだな、これを眺めていると、ますますおかしな気分になりそうだ。
にしても最近、アンドレオーニさんはちょっと過激になってきていないだろうか? 私がおとなしくしているのをいいことに、 道具やら技やらに凝り始めた気がする。いやあ、でも、私もまんざらでは……いかんいかん。
これは袋の奥にしまっておこう。今の私には刺激が大きすぎる。それにしてもアンドレオーニさんはなぜ、こんなものを買ってくるように言ったのだろう? もちろん、食べるためだとは思うのだが、まさか夜の道具として……いや、さすがに、ね。
なんだか、顔が熱くなってきた気がするな。あのハムという肉が、変な気分にさせるからだ。私は袋を持ち上げ、再び歩き出す。
公園を抜け、ちょうどコンビニというお店ができるという出口に近づく。このコンビニ以外にも、この辺りにはいろんな建物が建てられようとしている。その建物のそばからは、作業員がぞろぞろと出てくるのが見える。
そういえばあの日以来、ゴーレムには出くわしていないな。四日ほど前にこの先の建設現場で出たらしいけど、すぐに重機隊が駆けつけて粉砕したと聞いた。
ゴーレムが出るのは大抵、杭打ちをしているところだという。これはこの間のゴーレム騒ぎの時に、カルデローニさんから聞いた話だ。おそらく杭の先にゴーレムの元となる岩があって、それを刺激することによってゴーレムが発生するのではないか、と考えているらしい。
この公園の出口付近も、つい最近までは杭打ちが行われていた。だけどもう杭打ちは終わり、あとは建物を上に立てるだけ。だからここは、ゴーレムが出てくることはないだろうとアンドレオーニさんも言っていた。
にしても、おっかないなぁ。私も過去に二、三度、ゴーレム退治に駆り出されたことがある。ズーデルアルデ王国領内のある村の周辺に、ゴーレムがたくさん出てきたのだ。そこで騎士団と共にその村に出向き、ゴーレム退治をやった。
私たちの知るゴーレムの倒し方は、強大な魔力をゴーレムに送り込むこと。どうやら私たちの持つ魔力は、ゴーレムにとっては「毒」のようで、ゴーレムの関節や頭部にその毒である魔力を送り込むと、たちまち砂塵と化す。
そこでたくさんの魔導士が長い槍を持ち、それを一斉にゴーレムの手足の節々に突き刺して魔力を送り込んだり、あらかじめ描かれた魔法陣の真ん中にゴーレムを誘い込み、一気に魔力を吹きかける。ゴーレムの倒し方としては、そんなやり方が知られている。
だが、もっとも効果的な方法は、蘇生魔術を使うことだ。
オーガやゴブリン、オーク、スライムあたりの屍を集めて、それを「蘇生」する。立ち上がった魔物の屍兵を、現れたゴーレムにけしかける。
蘇生魔術では、大量の魔力をその屍に送り込む。だから、ゴーレムの関節部がその屍兵に触られた途端、その魔力がゴーレムに流れ込むから、たちまちにしてゴーレムの身体は崩壊する。
オーガのような大型の魔物の屍だと、数体のゴーレムを相手にすることができる。が、小さなスライムでも効果的だ。木の上にスライムで作った屍兵を忍ばせておいて、ゴーレムがその下を歩いた時に襲わせる。スライムのどろどろとした身体はゴーレムの関節に流れ込むから、いとも簡単に魔力を送り込むことができる。
ある時は私一人で、二十体以上のゴーレムを倒した。といっても、事前にオーガやゴブリン、スライムの屍を集めなくてはならず、その集め役を担った騎士団が、私に散々文句を言っていたことを思い出す。
でも、ここならそんな苦労をしなくても、重機隊がゴーレムを退治してくれるから安心だ。そういえば重機隊の人たちは、王都近くの森に時々現れる大型の魔物も退治することがあるらしい。騎士団が身を挺して戦っていたオークやオーガのような大型の魔物を、人型重機が易々と倒してくれるんだそうな。
まあ、ここは高い壁で囲まれているから、なおのことそんな魔物は入ってこないよね。街の全域で杭打ちが終われば、ゴーレムも現れることはない。そうなれば、私は安心してここで暮らせる。
なんてことを考えながら、せっせとアンドレオーニさんの部屋へと向かう。
が、災いというものは、いつどこで起こるものなのか分からない。まさに私が油断していた、その時を突かれた。
突然、地鳴りがする。ガラガラという音が、周囲に響く。
この音、この揺れ方、私はそれを身をもってよく知っている。だけど、おかしい。この辺りで杭なんて打ってる場所はないから、ここでは今、発生しないはずでは……
そんな私の目の前に、それは現れる。私は、目を疑った。
それは、少し茶色の岩石からできた、ゴーレムだった。




