5.メイド連合の妙な一枚岩
妙に飾り立てられるのは動きにくいし転びかけたからいつも通りに戻してほしいという星奈の要求は、「あまり目立って人目に付くと困る」というカリムの援護射撃のおかげで少女達にもすんなりと受け入れられたようだった。
……いや、人目に付くと困るってなんだ。どうせすでにじゅうぶん悪目立ちしているとでも皮肉りたいのだろう、本当にどこまでも嫌味な奴。援護射撃というよりかは星奈もろともぶち抜いている気がしてきた。
ついでに星奈に対して失礼だと怒ってもいいはずの少女たちは、
「そ、そうですよね。カリムさん以外の人の目にも留まるわけですし……。」
「はあい、もっと地味にしまーす!」
とあっさりとカリムに同意したあと何やら二人だけでこそこそと盛り上がっているし、これだから見習いの小娘は。もっと星奈のことを敬うべきである。
そんな撃たれ損な出来事があったあと、普通の服装に戻ったことで少女たちの張り切りもおおかた収まったようで、いくらか平穏になったなと思っていたとき。
「セーナ様。街にお出かけしてみたくありませんか?」
ある日珍しくラニアが外の話題を振ってきた。あまり部屋の外に出たくない星奈の気持ちを慮って、ラニアは今までそういうことを極力話題に出さなかったのだ。だいたいはシーリが台無しにしていたけど。
「え、うん。そりゃ、行ってみたいけど……。」
たまに漏れ聞く話からして、外には地元民御用達の大きな市場があって、そこには屋台がひしめいている、つまりはいろんな食べ物が一堂に会しているという、星奈にとって非常に楽しそうな場所であることは間違いなかった。
「……でも許可取ったりするの、面倒そうだし。今度、ジャファさんが来たときに頼んでみるよ。」
ジャファさんとは星奈がこちらの世界に来てしまったときに最初に保護してくれた人で、熊のような見た目にたがわず豪快、かつ細かいことを気にしない優しい人だ。その奥さんとも息がぴったりで、ジャファさんのお屋敷での暮らしは、今思い返すと知らない世界にいきなり放り出された不安をもしのぐ笑いに満ちあふれていた。ここの王宮の連中とは大違いである。正確に言うと許可を取るのが面倒というより、王宮の奴らに何かを頼むということをしたくないのだった。どうせまた文句を言われるのに決まっている……。
「でもそうしたら、何か月も先になっちゃいますよお。」
「うん、まあ、しょうがないよ。」
ジャファさんは星奈のことを気にかけてくれるいい人だけど、その領地は王宮からは遠く離れていた。星奈が王宮に輸送されて以降も何かと用事を作って会いに来てくれるが、最近ではついこの間、例のお祭りの頃に来てくれたばかりだし、次は二か月とか三か月とかあとになるのは間違いなかった。まあ、今となってはシーリとラニアとは打ち解けられたから、ジャファさんの登場を心待ちにするほどでもなくなったのだけど。ジャファさんには悪いが。
そんな星奈の態度を諦めととったのか、メイドの少女二人はお互い顔を見合わせたあと、急に勢い込んで言った。
「もしよかったら、私たちにお任せください!」
「実は、作戦を立てたんですよ!」
「……ほう?」
思わずちょっと興味を示した星奈に、二人は得意げな訳知り顔になる。
「みんなで話してたんですよー。セーナ様とカリムさんが、デートにも出かけられないのはかわいそうだよねって。」
「そうそう。それで、みんなで協力することにしたんです。」
「それって……。」
みんなというのはたぶん同い年のメイド見習い仲間のことだろう。狭い範囲のこととはいえ、例の噂が真実味を持って浸透している現場を見てしまったようで遺憾である。微妙な顔をしている星奈には気づかずに、二人は嬉しそうに次々と計画を口にした。
「まずぅ、セーナ様が今日は気分が乗らないって言って、へそを曲げてお部屋に籠りきりになっちゃうんですよ。」
「大丈夫です。最初の頃はよくやってたし、誰も不自然に思いません。」
「……。」
そこはかとなくもなくわりと直球に失礼なことを言われている気もしたが、反論できるほど間違ってもいないし、何より年下の少女のおそらく悪意はないだろう無邪気な言動に目くじらを立てるわけにもいかない。というプライドのおかげで星奈は沈黙を守った。
「それで、実はこっそりお出かけする服に着替えるんですね。」
「今流行りの服は、先輩が貸してくれるっていうんで、ちょっと待っててくださいねー。」
「えっ。先輩?!」
思っていたより話が大きくなっている気がして思わず口をはさむと、それを単なる驚きだと思ったのか、二人は「メイドはみんなセーナ様を応援していますよ!」というようなことを自信満々に言った。だからそれをやめろって言ってんのに。
「それで、上からメイド服でごまかしてこっそり外に出て、」
「カリムさんとデートだあ!」
思い通りの結論に至ってきゃあと嬉しそうに盛り上がる二人。それがやりたかっただけだというのがよくわかる。しかし星奈は年上らしく、もう少し現実的だ。
「あのー。でも、外に出るには門番とかいるんでしょう?それに、見張りとかも。そういうの、どうごまかすの?私目立つから、すぐ見つかっちゃうと思うんだけど……。」
「あっ……、えっと……。」
賢明なラニアのほうはすぐに自らの計画のずさんさに気づいて顔を曇らせた。全員褐色の肌を持つこの国で、星奈の白い肌は嫌に目立つ。まさに、嫌な方向で目立つ。だからといって目以外すべてを覆うような恰好をすれば、今度は不審者として目立つ。カリムと二人で行かせられそうになっていたことが気に食わないだけでなく、実際に現実問題としても不可能なのだ。
しかし能天気なシーリのほうは何が問題なのかわからないというきょとんとした顔をして、
「平気ですよお。なんたって、カリムさんがいるんですから。なんかうまいこと、どうにかしてくれますってー。」
どこかで聞いたようなセリフを言った。
曖昧すぎだ。