4.いまいち有難迷惑
さっそく次の日、星奈は張り切った様子のシーリとラニアに朝早くから叩き起こされることとなった。
「カリムさんが来る前に完璧に支度を整えますよ!」
「ええ~……。まだ全然時間あるじゃん……。」
「いくらあっても足りないですー!」
いつもより二時間も早くベッドから追い立てられて、寝ぼけまなこのまま朝風呂に入れられる。今までそんなことされたことないのに。ちなみに二人は単なるメイドでしかもまだ見習いで、人を洗ったりするような貴人対応は習得していないので本当に風呂に押し込められただけで、実際に洗ったり流したりは全部星奈が自分で行う。なんだこの貧乏くじは。
「良い返事をもらえたからといって油断してはいけませんよ!気を緩めずにアプローチして、逆にこっちにべた惚れさせなければ!」
「あ~なんか~、試しに付き合ってみてもいいかな~。みたいなふらふらしてる獲物を本気にさせちゃうんですから!」
昨日あのあと噂の勘違い具合を二人には説明しておいたのだが、星奈が否定すればするほど「わかってますって~。」みたいな生暖かいにやにや笑いをされて余計に誤解が深まっているようで、結局説得をあきらめたのだった。少女特有の暴走具合も、そのうち飽きれば収まるだろうと妥協したのだ。奇しくも、カリムの言っていた通りになってしまった。
もはや暴走機関車と化した二人はなぜか狩りをする気満々の気合を入れきって、ものすごい量の荷物の中から色とりどりの衣装を次々と風呂あがりの星奈の目の前に広げてみせた。
「この服なんてどうでしょう?!谷間を強調するのに、下品にならないんです!これに引っかからない男はいません!」
「こっちのはこの、ほら、胸の横にスリットが入ってんですよぉ!さりげなく腕を組むと、当たるようになってて!」
「……あの~……。」
何を当てるんだよ、という疑問の前に、彼女らの熱量について行けずに流れを止めると、二人は明らかに戸惑っている星奈に気づいてはたと動きを止めた。
「あ……。そうですね、セーナ様は、お胸がそんなに……。」
「悩殺系より清楚系で攻めたほうがいいっぽいですねえ。」
うるせえ。そういう意味じゃなかったのだが、盛り上がった二人は今度は妖精のような愛らしさを押し出そうときゃいきゃいと盛り上がってしまった。うるせえ。押し出さなくてもじゅうぶん愛らしいだろうが。と、星奈は心の中だけで思っておく。
さらさらと流れるような薄布の山が、とっかえひっかえ着せ替え人形にされるであろうこの後の運命を物語っていた。
・
ごゆっくりー、という満足げな二人の声に見送られて部屋を出た途端、カリムに顔を覗き込まれた。
「まだ怒ってんの?」
朝っぱらからぐったりさせられて無言で渋い顔なのを見て、昨日のことを怒っているのだと勘違いしたらしい。
「違うよ。シーリとラニアがなんか妙に張りきっててさ……。」
「ああ……。」
いつも適当に動きやすそうな格好しかしたことがなかったのに、急にショールを巻き付けたりアクセサリーやらをじゃらじゃらとつけて髪も妙に盛った姿を見て察したのだろう。今回ばかりは茶化すようなことを何も言わなかった。この、日常には不釣り合いなほど気合の入った格好で王宮の敷地内をうろうろしなければならないと思うと、まだ噂の全盛期なのに自分から目立つようなことをしてどうするんだ、とげんなりしてくる。
星奈の水の乙女としての役割は、王宮内に建設中のいくつかの池を見て回ることにある(みんな池と言っているが、星奈が見たところではものすごく大きな噴水みたいな代物だ)。暑くて乾いた国だからか、ここの人たちは水が大好きらしい。王宮の敷地内に、気軽に休憩できる池を幾つか作ろうと建設を始めた時にちょうど星奈が現れた。そこで、何もすることがなかった星奈に急遽、建池現場の巡礼と見守りみたいな任務が課されたのだ。なんか水関係だし、ご利益あるんじゃね?みたいな、てきとうな理由で。
そもそも水の乙女というのは、古来その名の通り水の守り神みたいな役割だったらしいのだ。水に困っている時に現れて、水脈を探し当ててくれたり、雨を降らせたり。しかし星奈には当然そんな特殊技能はないし、だいいち今現在、この国は特に水に困ってもいない。占星術師とかいう人の予言と、水の乙女は国で保護することになっているというしきたりだけで、星奈はなんとなく王宮に収容されたのだった。だから大部分の人の認識としては、
あの子、なんでいるの?
みたいな、そんなところだと思う。むしろ本人が一番そう思ってる。星奈としては奴らを見返すような何か劇的な働きをしてやりたいのだが、今のところ何も思いつかないし、仕方なくこうして毎日池をめぐっているというわけだった。
白昼の強い日差しの中、のそのそとやる気なさげに作業するオッサンたちをぼうっと眺める。一歩外に出ると酷い暑さだが、直射日光にさらされなければ我慢できないほどではない。日陰ならむしろ涼しいくらいなので、星奈はいつも周囲の木陰や屋根のあるところから池が造られる様子を見守っていた。ついでに、届くかはわからないが神に向かって祈っておいてやる。
「うむ、よし。今日はこれくらいでいいでしょう。」
「あのさ、それ。なに祈ってんの?」
カリムがうさんくさそうに星奈の両手を組んだ姿勢を指さした。
「なにって。あのオッサンたちがちゃんと仕事しますようにって祈ってあげたんだよ。」
「……水全然関係ないな。」
「でも実際、そこが一番の問題だよ。」
というようなことを全ての建池現場でやって回ると、だいたい二、三時間。これが星奈の毎日の仕事である。しかも今日はいつもと違う格好をしていたので、余計に疲れた気がする。頭や首やら、手首やら足首やらにじゃらじゃらといくつもつけられたアクセサリーが、呪いのアイテムのように星奈の気力をじわじわと奪っていっていた。
「あ、そこ、」
「うっわ!」
そのせいで毎回細心の注意を払っていた微妙な段差の存在をすっかり忘れていて、何日かぶりに見事に引っかかってしまった。ふわりとした嫌な浮遊感と同時に、呪いの装備がケタケタと笑うみたいに一斉に耳障りな音を立てる。
「おっと。」
しかし呪いが発動する直前、カリムが腕を支えてくれたおかげで、少したたらを踏んだだけですんだ。呪いの装備たちも残念そうに音をひそめる。
「あ、ありがと……。」
久しぶりかつ何十回目かのやらかしをしてしまった恥ずかしさの下からそれでもお礼を言うと、
「その綺麗な服に何かあったら大変だからな。」
全く当然のことですというようにしれっと言われた。
お前は闇に呑まれろ。