3.原因の一端
人気のないところまで引っ張ってきて問い詰めると、カリムはあっさりと噂のことを「知っている」と言い放った。
「……ちょっっと、待って……。」
頭の痛い結果に思わず額をおさえる。気付いていなかったわけではない。これは説明の手間が省けて良しとしよう。問題はお祭りの後、一体いつ噂に気付いたのか、なんでそのことを星奈に知らせなかったのか。さらにそもそも、
「なんで誤解を解かないわけ。」
星奈がこの世界に来てからまだ半年と経っていない。もちろんこの国の常識にも疎いことを一番良く知っていて、最初は一般的な挨拶すらまともにできなかったことを身に染みてわかっているだろうに、どうしてフォローしないのか。というか、考えてみればこいつは最初から星奈のフォローをしたことなど一度もなかった。
まあ、頼まれれば助けてやってもいいですけど。仕事ですし。
みたいな、すかした態度でいやがるのだ。性格が悪いうえに職務怠慢以外のなにものでもない。ついでに今回は星奈の名誉棄損。
しかし、これまでの恨みつらみを思い出して怒りに支配されている星奈とは対照的に、カリムはいつもの人を小ばかにしたようなひょうひょうとした態度を崩さない。
「誤解って言われてもな。別に誰かに直接聞かれたわけでもないし。いちいちこっちから話題に出すのも、逆に火に油だろ。」
「そこをなんとか、適当にうまい感じにふわっとどうにかするのが男ってもんでしょう。」
「曖昧すぎだ。」
さすがに呆れたように言われて、こっちこそ半眼になる。
「ねー、どうすんの。やだよ、ただでさえあれなのに……。」
責める目をした星奈を睨み返すようにカリムは目を細めた。そして、偉そうに腕を組む。
「そもそもはお前のせいだろ。」
「は?私?」
「祭りで、あんな公衆の面前で花を渡してきたりするから。」
「む……、む……。それ、覚えてないんだけど……。」
お祭りで花を配られて、頭につけるものだと言われてつけたはいいがずり落ちるので邪魔になり、途中でカリムに押し付けた。でもいったいいつのことだったか、どこだったかを全く覚えていない。シーリとラニアが言うには、その花を渡すことによって相手への好意を示すらしい。実際にはすごく適当に渡していた、むしろゴミを押し付けるのに近い状態だった。
ということを正直に告白すると、そんなことだろうと思ったと残念な子を見る目で見られた。むかつく。知らなかったんだから、しょうがないじゃないか。
それに、この状態は星奈のせいだけとは言えない。なんでも、祭りの一週間後の恋人の日(つまり今日だ)に相手から何らかの花が返されれば、気持ちが受け入れられたということになるというのだ。つまり今朝のあの花束のせいで「あの二人出来上がったのね」みたいな雰囲気になってしまったということだ。やっぱり大半がカリムのせいではないか。という指摘をすると、奴は呆れた顔をした。
「もし今日俺が何もしなかったら、お前は俺に振られたって噂になってただけだぞ。」
「はあっ?!ありえん!許さん!人生の汚点!」
「だから穏便に済ませてやろうとしたのに。」
「でも、でも……、」
確かにカリムなんかに振られたとか思われるよりはまだマシかもしれない。マシといっても、本当に、些細な、微粒子レベルの違いだけど。つまり問題点としては、
「でもカリムなんかと付き合ってるとか思われるのも軽く人生の汚点なんですけど。」
じろりと睨むと向こうもあからさまにムッとした顔になった。
「ああそう。汚点が余計なことして申し訳ありませんでしたね水の乙女様。汚点は汚点らしく二度と近寄りませんので。」
「わ!うそ!ごめん!汚点は汚点でもきれいなほうの汚点だから!なんとかして!」
捨て台詞でさっさと立ち去ろうと反転しかけた体をがっちりと掴む。正直カリムしか頼れる人がいないのだ。シーリとラニアに、噂ごときで右往左往していると悟られるわけにはいかないし。
相当機嫌を損ねてしまったのか、カリムは嫌そうに顔だけで振り向いた。
「調子いい……。」
「だってこのままじゃ、あることないこと好き勝手言われるんだよ。カリムだって私と付き合ってるなんて思われるの、嫌でしょう?」
「……。」
今回ばかりは運命共同体なんだぞと精一杯哀れっぽく訴えると、カリムは少し黙った。ちょっとは気持ちが動いたのかと思ったが、
「別に、全然。」
いつも星奈をだまして煙に巻くひょうひょうさでしれっと言い放った。丸太に細やかな神経を期待した私がバカだった。
「私は嫌なの!」
この温度差に地団太を踏む勢いで訴えると、少しは同情したのか、カリムは先ほどの小ばかにするような視線を改めて、いくぶんなだめるような口調になった。
「あのさ。別に噂に殺されるわけじゃないんだし。みんなが飽きるまで、知らん顔して普段通りしてればいいんだよ。それも嫌なの?」
「……みんなが飽きるまでってどれくらい?」
「さあ。半年とか?」
「長い!」
「でもそれが、一番穏便に済むと思うけど。」
そう言ったきり、相手はこちらの反応をうかがうように沈黙した。
カリムと付き合っていると思われるなんて心外だ。しかしカリムごときに振られたと思われるなんてもっと論外。せめて、星奈がどうしようもないカリムを盛大に振ったという噂にならないと許容できない。……ひらめいた。
「わかった!ちょっとの間付き合って、それで私がカリムを振ったってことにしよう!」
素晴らしい思い付きに頭の中の霧がすべて晴れていくようだった。カリムは眉をひそめてなんでそこまで自己中なんだとか文句を垂れているがそれはそっくりそのままお返ししてやる。
これは実際なかなかいい思い付きだった。特に自分から告白した相手を振るとなれば、相当相手に何らかの欠陥があったのだと思わせられる。いや告白なんてしてないけど。あとは一時とはいえカリムなんかと付き合ってると思われてしまうのが欠点か。でもそれはすでにそういう噂が立ってしまっていることだし、状況をうまく利用するのだと思えばなんとか我慢できる範囲内、かもしれない。だと思わないとやってられない。
そもそも、そんな噂が立ったこと自体が問題なのだ。お祭りの日に戻ってカリムに花を押し付けようとした過去の自分を全力で止めたい。……というか、
「そもそもカリムがお祭りの時に止めてくれればよかったんじゃないの。」
花を渡そうとした時点で、これ気軽に渡すもんじゃねーから、みたいな説明をしてくれてもよかったろうに。そうすればさすがに星奈だって無理やりゴミを押し付けようとはしなかっただろうし、今のこの状況自体がまるごと起こりえなかったはずだ。
「説明するの面倒だったし。」
やっぱりか。じっとりと責める目をする星奈の視線をものともせずに、続けてカリムは口の片側だけを歪めて笑った。
「それに、いつ気付いて慌てふためくかと思うと面白そうだったから。」
……こいつやっぱり本当に、壊滅的に性格が悪い。