最推しがとにかく心臓に悪いっ!(歓喜)
「回りくどいのは好きじゃないから、単刀直入に言わせてもらうよ」
彼はそう言って、私との距離を詰める。
そうして目の前まで来ると、笑みを消して言った。
「貴女は何を考えている?」
ヴィクトル様と同じ言葉を、彼は口にした。
ただ、ヴィクトル様とは違い、その刺すような眼差しは確かな嫌悪が込められていて。
(そう、彼は私のことを嫌っている)
理由は一つ。 アンジェラである私がエリナ様をいじめていたからだ。
私は息を吸うと、口を開く。
「何って?」
「とぼけるな!」
彼は怒鳴り、言葉を続けた。
「エリナが喜んでいた。 “アンジェラ様と友人になれた”と。
散々いじめておいて、今更謝罪一つで許せと?
……エリナは貴女と違って優しくて良い子なんだ。
だから騙されてしまうのだろうが、俺は騙されないぞ……!」
(……彼がここまでエリナ様に心酔している理由が、今ようやく分かった)
私は息を吐き、口にした。
「貴方、エリナ様のことがよほどお好きなのね」
「なっ……!」
(分かりやすすぎる)
彼のルートも攻略済みだから知っている情報があった。
ルイは容姿のことで昔いじめられていた時に、エリナによって助けられたのだ。
彼はエリナをそこで恩人と認定し、彼女を陰ながら見守っているという設定なのだ。
(彼が軟派なのもまた、エリナを守るため。
そんな一途設定も彼のファンの人気の一つ……)
そして、ヒロインをいじめる悪役令嬢は当然彼の敵。
だから何かと、こうしてアンジェラにつっかかってくるのだ。
私は、虚を突かれて狼狽える彼に向かって言葉を続けた。
「それならそれで良いわ。
別に、貴方の許しを得るつもりはないのだし」
(それに私、清く正しい推し活を良いところで邪魔されて腹が立っているのよね……!)
攻略対象だろうが関係ない。
今の私は敵ですので、言いたいことを言わせてもらいます。
「私は本気で反省している。
私だって、貴方と同様に一途にお慕いしている方がいて、取られるのではないかと思って必死になってしまっただけ。
……今はそんな彼が望むのなら、私は全力で応援してあげたいと思っている。
私は、彼が幸せになることだけを望んで、今こうしているのよ」
私は一歩ルイに歩み寄ると言った。
「私のことが嫌いで疑わしいのなら、その目で見定めれば良い。
けれど、私の邪魔はしないで。
……それに、貴方だって本当なら咎められるべきなのよ。
私と貴方とでは身分が違う。 身の程を弁えなさい」
「!」
私は彼を睨むと、彼の横を通り過ぎて立ち去ろうとした……が、その腕を強く掴まれる。
(本っ当、無礼極まりないわねこの男……!)
と文句を言おうと口を開きかけるより先に、ルイは低い声音で言った。
「エリナに何かしようものなら、俺はお前を許さない」
その言葉に、私はカチンときて返した。
「しつこいわね。 何もしないと言っているでしょう。
……それに、貴方に断罪されるくらいなら“呪い”で死んだ方がマシだわ」
「……“呪い”?」
「!」
(しまった、口が滑った……!)
というか何で!? “呪い”関連のワードは口に出せないはずではなかったの!?
私はとりあえずその場から逃げるように後にしようとした、その時。
「そこで何をしている」
「「!」」
パッとルイの手が離れる。
そんなことよりも、私はその方を見て心臓が大きく脈打った。
(っ、ヴィクトル様……!)
さすがは私の推し! 先程は遠くてあまり良く見られなかったけれど、近くで見るとスチル絵で見た時より何十倍何百倍、いや何億倍も麗しい……っ!
そんな麗しの推し様は私とルイとを交互に見て、眉間に皺を寄せたまま歩み寄ってきて言った。
「こんな所で何をしていた、と聞いている」
(……っ!)
聞いたことのないヴィクトル様の厳しい口調に、私は思わず目を瞠る。
その言葉はルイに向けられたもので、彼は嫌味なほど爽やかな笑みを浮かべて口にした。
「別に、何も。 少し話していただけですよ。
ね、アンジェラ様?」
(どの口が言ってるんだか)
私は少し息を吐き、笑って言った。
「そう、ちょっとした世間話よ」
「……世間話にしてはこんな場所で、そんな距離で話すようなことか?」
なおも疑わしげに言及する彼に向かって、ルイが口を開いた。
「そんなに心配なら、アンジェラ様の手綱は離さないよう、お願いしますよ。
それでは、失礼します」
ルイはまたも憎らしいくらい優雅にお辞儀をすると、ヒラヒラと手を振って行ってしまった。
(っ、嫌味なやつ……!)
私は気持ちを落ち着かせるために息を吐き、顔を上げるとヴィクトル様に向かって尋ねた。
「ごめんなさい。 もしかして、探させてしまったかしら?」
「……本当は、あいつと何を話していたんだ」
「ヴィクトル様……?」
いつもとは様子の違うヴィクトル様の顔を覗き込もうとしたその時、彼は顔を上げ、私を見つめて言った。
「俺にはやはり、君が何を考えているのか分からない」
「ヴィクトルさ……っ!?」
突然彼に腕を強く引かれたと思うと、彼は私を壁際に立たせた。
そして彼は、その横の壁に手をつき言った。
「こんなふうに暗がりで迫られたら、どうするつもりだったんだ」
「え? あ、え……?」
「第一、今日の君は……、いつもとは違って余計に目を引く。
亡きルブラン夫人のドレスだと気付く者は少ないのだから、もっと危機感を持て」
「……」
「ただでさえ、君は考えなしで無防備なところがあるのだからもっと自覚を……って、おい、聞いているのか?」
その言葉に、私は辛うじて声を出した。
「か……」
「か?」
「かっこいい……っ!!」
「……は!?」
私はへなへなとその場に座り込み、熱が集中している頬を押さえた。
(え、え、おかしい! こんなスチル……壁ドンスチルなんて、ヴィクトル様ルートにあった!?
え、聞いてない! 聞いてない、嬉しいけれどめっちゃめちゃ心臓に悪いよぉ……っ!!)
硬派で有名なヴィクトル様が、ヒロインでもなく悪役令嬢にまさか、胸キュンど定番であり高難度の壁ドンをさらりとやってのけるとか……!
(こ、これはキュンキュンを通り越してギュンギュンよぉ……!)
そんな私の肩が、不意に暖かい温もりに包まれる。
「え……っ」
目を落とすと、その正体が彼の上着であることに気が付き、慌ててヴィクトル様を見上げる。
「帰るぞ」
「え……っ、わ!?」
彼は私の手を引き、そのまま歩き出した。
そう、手を繋いだまま……。
(お、おおおおお推しと手を繋いでいる、だと……!?
しかも上着から推しの匂いがするんだけど!!??)
え、待って、無理、これ、夢、幻?
いや、控えめに言って天に召される???(錯乱)
「え、わ、私、まだ国王陛下にご挨拶出来ていないわ!」
ヴィクトル様の“帰るぞ”の一連に一生ときめいていたいけどときめいている場合ではない。
この夜会の主催者である国王陛下、並びに妃殿下やベルンハルト殿下にご挨拶をしなければ不敬にあたる。
そう思って口にすると、ヴィクトル様は言った。
「大丈夫だ。 君の父上……ルブラン侯爵にも許可を頂いている。
それに、今日は君の母上であるルブラン夫人の命日なのだから、これくらいで罰は当たらない」
「! ヴィクトル様……」
彼はきっと、私のことを気遣ってくれたのだ。
そう思い、素直にその心を嬉しく感じていると、ヴィクトル様は私に目を向け言う。
「君を送り届けながら、夫人の墓参りをしようと思う。
付き合ってくれるか?」
「っ、はい、もちろんです……」
私は想いが溢れ出しそうになるのをグッと堪え、彼と共に城を後にしたのだった。