言葉に乗せて*ルイ視点
大っ変遅くなりました…!申し訳ございません!
ルイ視点、時系列がかなり飛んでいます。
『ルイ、どんなことがあっても挫けてはダメ。
誰が何と言おうと、貴方は他の人にはない魅力的な容姿……武器を持っているのだから』
そう言って、俺より二つ年下のはずの彼女は、まるで姉のように……、いや、天使さながらの慈愛に満ちた笑みを浮かべて、そう俺に向かって告げた。
オドラン伯爵家の次男として生まれた俺は、生まれながらにして何もかもに恵まれていなかった。
……いや、金の面で困ったことはないから、正確には恵まれていたのかもしれないけど。
ともかく俺は、次男であり、何を言おうと生まれることを望まれなかった子供だ。
その理由は二つ。
一つ目は、俺の母親が俺を産んですぐ産後の肥立が悪く亡くなってしまったこと。
もう一つは、顔形は母親にそっくりなのに、恐らく隔世遺伝と思われる、この国では忌み嫌われている黒髪を受け継いでしまったことにある。
その二つのおかげで俺は、唯一の肉親である父親にすらも誰からも愛されることなく、物心がついた頃には既に邸中の厄介者として扱われるようになっていた。
そもそも何故俺が産まれたのかというと、完全に病弱な長男の代わりのスペアでしかない。
その病弱だった長男も、今ではすっかり健康体になり、長男としての役目である伯爵家を継ぐことに心血を注ぐ、まさに俺とは対照的な堅物人間へと成長した。
対する俺は、自分が“スペア”だということを認識していたから、それなりに勉強をして、それなりに生活をして。
日々を無難に過ごしていた。
だが、そんな俺を周りは蔑み笑った。
『黒髪は不幸の象徴だ』
『側にいたら不幸がうつる』
俺はバイ菌かと鼻で笑いたくなるような、そんな根も歯もない噂が飛び交い、挙げ句の果てにはいじめてくるようになった。
最初は受け流していたが、そのいじめてくる奴らの言動が徐々にエスカレートしていき……、俺はついにその喧嘩を買ってしまった。
情けないことに、まだ8歳にも満たなかった俺では数でも体格差が上の奴らにも勝てるはずがなく、ただこてんぱんにやられるだけだった。
その時に思った。
俺は、昔も今も、これから先も、誰も味方をしてくれる人はいないんだと。
そんな絶望に陥り、無力感に苛まれたその時、小さな手が俺に差し伸べられた。
それが、エリナとの出会いだった。
エリナは、誰にでも優しく愛嬌があり人気者で、同じ伯爵家でも俺とは正反対の人だった。
最初、俺は彼女もいじめっ子達と同じだと思い、差し伸べられた手を振り払ったのだが、彼女はそんな俺に怒ることなく、笑みを浮かべるだけだった。
そして、その日から彼女はしつこく俺に付き纏うようになったのだ。
二つも年下の彼女の様子に、周りは彼女を止めようとしたり、遠巻きに俺達を眺めたりしていたが、彼女といる俺もそんな彼女のペースに巻き込まれて、いつしか自然と笑みを浮かべられるようになったことで、悪い噂は消えていった。
なんでも、彼女は俺の話が出る度、この黒髪を綺麗だと褒めてくれていたらしい。
そんな彼女と過ごす時間は、考えられないほど温かく穏やかで。
彼女に恋心を抱くのにも時間はそうかからなかった。
だけど、所詮その恋は叶うはずがない。
人気者である彼女には、俺とは違うもっと似合いの男がいる。
そう思うと、胸が張り裂けそうな思いだったが、それでも俺が彼女のために出来ることはないか探した結果、彼女の言葉を思い出したのだ。
俺の容姿を“魅力的”と表現してくれた彼女の言葉を。
そうして社交界デビューを迎えた俺は、わざと明るく振る舞った。
特に女性に対しては優しく、敢えて気さくに軟派な態度で。
幸い黒髪以外の容姿には自信があった。
肖像画で見た母親譲りの美貌をありがたく思いながら、女性を通して社交界の噂を聞いて回った。
全ては、愛する彼女のために。
だが、彼女がデビュタントを迎え、しばらく経った夜会で、彼女の前にある女性が現れる。
それが、アンジェラ・ルブラン。
デビュタント当時から権力を盾に着て、驕り高ぶっていると噂の女性だった。
男女問わず悪評のある彼女を、俺は嫌っていた。
それもそのはず、夜会でエリナと顔を合わせる度、辛辣な言動を浴びせるのだ。
(エリナの何が悪い)
そう思った俺は、直接文句を言いに行くと、こう返してきたのだ。
『貴方みたいな甘やかす人ばかりいるから、彼女が駄目になるのよ』
そして、決まって身分を弁えろと口にするのだ。
それに腹を立てていた俺だったが、数ヶ月もしたら急に彼女の態度が一転、エリナに謝罪をしたと聞いた時には心底驚いた。
何か企んでいるのではないかと彼女に尋ねたが、俺への態度は相変わらず。
そんな彼女の口から、“呪い”という単語が飛び出たことには、頭がおかしいのではないかと思ったが、後に彼女が『想い人と両想いにならなければ死んでしまう』という“呪い”にかかっていたことを知ったのだ。
「ルイ」
名前を呼ばれてハッと顔を上げれば、そこには幼い頃に比べて格段に大人の女性へと成長し、綺麗になった彼女の姿があって。
そして、彼女はじっと俺を見つめて言った。
「緊張しているのでしょう?」
「え……」
そんな彼女の言葉に驚いたのに対し、彼女は笑って言った。
「分かるわ。 だって、今日はアンジェラ様とヴィクトル様の結婚式だものね」
そう、エリナの言う通り、今日はアンジェラ様とヴィクトル様の結婚式が執り行われることになっているため、今は馬車で向かっているところなのだ。
エリナはうっとりと言葉を続ける。
「私も緊張と、それから楽しみでもあって、昨日はあまりよく眠れなかったの。
きっと最高……いえ、間違いなく忘れられない素敵な日になるわぁ」
そう口にしたエリナの瞳が輝いていることに気が付き、俺はポツリと呟いた。
「……俺、嫉妬していたんだ」
「え?」
エリナがこちらを見て首を傾げる。
その瞳をじっと見つめ返すことが出来ず、視線を逸らし自嘲した。
「俺が一番、エリナの近くにいて支えてあげることが出来ると思っていた。
誰よりも、エリナのことが好きだったから。
エリナのことを一番分かっているのは俺だと、そう思っていた」
「……ルイ」
「だけど、それは驕りだったんだ。
だって助けたのは俺ではなく、他でもないアンジェラ様だったんだから」
その言葉に、エリナが息を呑んだのが分かる。
(本当、格好悪いな、俺)
俺の良かれと思って起こした行動は、何一つ上手くいってなどいなかった。
大事な子一人、守ることが出来ないなんて。
「俺は……、っ!?」
紡ごうとした言葉は阻まれる。
それは、エリナの唇が俺の唇を掠めるように一瞬重なったからだ。
「……!? エ、エリナ!?」
エリナからは間違いなく初めての口付けに対し、危うく座席からずり落ちそうになるのを堪えると、エリナは真っ赤な顔をして、でもじっと俺から目を逸らすことなく言った。
「……前に言ったでしょう? 『どんなことがあっても挫けてはダメ』って」
「え……」
「覚えて、いない?」
まさか、その言葉をエリナが覚えているなんて。
俺は彼女の言葉にハッとし、慌てて首を横に振り言った。
「わ、忘れるわけがないだろう!? あの言葉と、エリナがいてくれたお陰で、今の俺がいるんだから!」
「! ……そう。 だから私も、今貴方の目の前にこうしていられているのは、貴方がいつも私を守ってくれていたからよ」
「き、気付いて、いたのか?」
「気付かせて下さったのよ、アンジェラ様が」
「アンジェラ様が……?」
エリナはその言葉に頷くと、言葉を続けた。
「『自分の気持ちに素直に向き合って、答えを出してみて』とご助言を頂いたの。
だから、ルイのことを目で追っていたら、貴方はいつも私の見えるところにいることに気が付いた」
「!」
「……茶会でも、どんなに人が多い夜会でも、星祭りの時だってそう。
私が気が付いていなかっただけで、貴方はいつも私の近くにいてくれた」
「……そ、それをアンジェラ様のお陰で気が付いた、と?」
エリナは小さく首を縦に振ると、「だから」と俺の手をそっと取ると言った。
「アンジェラ様に救われたのは、私も同じ。
そしてそれは、ルイにも言えること。
私を守ってくれてありがとう、ルイ」
「……!」
エリナの言葉に、俺はパッと目を見開き……、その視界がぼやける。
エリナはそれに気が付いたようで、困ったように笑い、俺の目元をハンカチで丁寧に拭ってくれながら言う。
「ルイは私にとっての騎士様よ。 だからいつだって、胸を張っていてほしい。
それでも、もし辛くなったら言って。
その時は、私が支えてあげられるように頑張るわ」
「! ……はは、それならエリナは俺にとっての唯一無二のお姫様だ」
「本当!? 嬉しい」
エリナが心から幸せそうに笑う。
それを見ているだけで、俺の心の中は温かな感情で満たされる。
「ねえ、エリナ」
「なに?」
俺はそんなエリナの身体を抱きしめると、目を閉じて口にした。
「……アンジェラ様にまだ謝罪と、感謝の気持ちをきちんと伝えられていないけど、今日こそは言えると思う?」
「! ……そうね」
エリナの腕が俺の背中に回る。
そして、彼女は温かな声音で言った。
「アンジェラ様は謝罪や感謝の言葉よりもきっと、祝福の言葉の方がお喜びになるのではないかしら」
「……!」
やっぱり、エリナには敵わない。
確かに、アンジェラ様ならきっと。
「俺も、そう思う」
「そうよね!」
俺達はそう言って、互いに顔を見合わせて笑みを溢した。
そうだ、アンジェラ様に会ったら、開口一番に伝えよう。
『おめでとう』
という言葉を。
謝罪と、感謝と、今抱いているこの想いを全てその言葉に乗せて。




