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この気持ちは*エリナ視点

「見て、あの方が噂のアンジェラ様よ」


 会場の一角、お話ししていた女性の声に振り返った先を見て、そこで初めて私は、“アンジェラ・ルブラン”様を目の当たりにした。

 シャンデリアの光に照らされて光り輝く淡い黄色の髪、真っ直ぐと前だけを見つめる緑色の瞳。 凛とした佇まいに、爪先まで美しく洗練された所作は、まるで物語に出てくるお姫様……、“薔薇姫様”のような方だと、そのお姿は私の脳裏に鮮烈に焼き付いた。





 私の名前は、エリナ・ホワイト。

 ホワイト伯爵家の長女であり、生涯をホワイト伯爵領で暮らすことを約束されている身の上。

 両親は私にとことん甘く、また邸の侍従達も優しくて、私は何の悩みもない平穏で幸せな日々を送っていた。

 それがきっと、今思えば良くなかったのだと思う。

 そんな両親や侍従達と同様、私に付いて下さった教師は優しく、決して怒ることのない先生だった。

 いつ何時も褒められ、私自身もそれが当たり前となっていて、自分でも全く気が付いていなかったのだ。

 私が習ってきた行儀作法だけでは、不十分だったことに。


 そんな私がデビュタントを迎え、一ヶ月ほどが過ぎようとしていた夜会でのこと。

 私は恐れ多くもアンジェラ様に自ら声をかけたのだ。

 当時の私は恥ずかしいことに、初対面の相手に身分が下の者から声をかけるということはマナー違反だと知らなかった。

 そのため、ただアンジェラ様とお近付きになりたい一心で声をかけてしまったのだ。

 その時のこともよく覚えている。 

 私から自己紹介した後に一言、アンジェラ様は凛とした眼差しでこう返してきた。


『貴女、()()()()淑女教育は受けてきたのかしら?』


 その言葉に、私の周りにいた方々は憤慨し、私は驚いて言葉を出せずにいたのに対し、アンジェラ様はそれ以上何も言わず踵を返して行ってしまう。

 その様子を見て、周りは“やはり彼女は悪女だ”と噂をして、私を庇護してくれるけれど、それは違うのではないかと疑問を覚えた。


(……アンジェラ様は、教えて下さったのだと思うわ)


 私の受けてきた淑女教育では不十分だったのだと。

 そう告げてくれたように思えてならず、私は帰宅するとすぐにアンジェラ様宛に不躾ながらもお手紙を送ったところ、すぐに返事が届き、なんとアンジェラ様が習っていたという教師の方を紹介して下さったのだ。

 それを見て、私は思ったのだ。


(アンジェラ様が、悪女だなんてことはない)


 本当に意地悪をするつもりなら、お手紙に返事をしてくれた上、教師を紹介してくれることなどあるはずがない。

 そう考えながら、脳裏に焼き付いているあの凛とした佇まいを思い出す。


(……私も、アンジェラ様のようになりたい)


 きちんと淑女教育を改めて学べば、アンジェラ様のように、胸を張れる自分になれるかもしれない。

 そう思った私は、今自分が何をすべきかを考え、筆を取ったのだった。






「……ナ? エリナ?」

「っ、な、何?」


 ハッとして顔を上げれば、幼馴染……、いえ、婚約者である彼は、明らかに不貞腐れたように口を尖らせて言う。


「まーたエリナの悪い癖が出てる。 俺がいるのに考え事してるなんて、どれだけ俺を嫉妬させれば気が済むの?」

「!!」


 彼の言葉に、一気に顔に熱が集中するのが分かって。

 そんな私の反応を見た彼は、くすくすと笑って言った。


「ま、エリナの考えていることなんて手に取るように分かるけど。

 どうせまた、“アンジェラ様”のことを考えていたんだろう?」

「! ……そう」


 私は噴水の前に置いてあるベンチに座ると、彼もまたその隣に座る。

 そんな私達の頭上で光り輝いている星々を見上げ、口を開いた。


「……アンジェラ様は、本当に凄いわ。

 私の未熟さをはっきりと指摘して下さったことも、ご自身の身に被っていた“呪い”に打ち勝ったその強さも。

 何より、いつだって凛としているそのお姿に、私は憧れているの」


 そう、私は憧れていたのだ。

 アンジェラ様のようになりたい。

 そうすれば今度こそ、胸を張っていられる自分になれるのではないかと。

 そんな私の言葉に、彼は黒髪をさらりと揺らし首を傾げて言った。


「そういえば、何故そこまでエリナは、アンジェラ様に憧れているの?」

「そ、それは……」


 ルイの問いかけに、私は恥ずかしくなって俯いたけど、意を決して口を開いた。


「私も、アンジェラ様のように素敵な女性でいられたら、ルイの隣にいるのに相応しくなれるのではないかって」

「……は!?」


 私の言葉に、彼……ルイは目を丸くしたかと思うと、みるみるうちに顔を赤くして慌て出した。


「いや、何で!? エリナは十分素敵な女性だったと思うよ!?」

「ありがとう。 ……でも、私が嫌だったの」

「……え」


 ルイの言葉に、私はギュッと拳を握り言った。


「私は、ルイのように心から許せるお友達がいなかったから」


 出会ったばかりの頃のルイは、人付き合いがあまり上手な方ではなくて、私以外に友達はいらないと言っていたけれど、そんなルイが成長して、先にデビュタントを迎えた時あたりから、ルイの周りには沢山の方々……特に女性が集まるようになった。

 それは、本来なら喜ばしいことなのだろうけど、私はそうは思えなかった。


「ルイは、人付き合いも上手だし、話も上手。

 なら、私は? 私は特に、何の取り柄もない。

 話が上手なわけでも、アンジェラ様のように気品に溢れていることもない。

 頑張って色々な方々とお話をしてみたけれど、その結果、裏では“何の取り柄もないつまらない方”とか“男たらし”と言われた」

「は!? 何、それ。 初耳なんだけど?

 そいつら誰? 始末してくる」

「だ、大丈夫! それに、そう言われて当たり前のことを私はしてしまっていたのだから良いの」


 そんな私の言葉に、ルイは納得していないようだったから、慌てて話を戻す。


「そんなこともあって、私は心を許せる人がルイ以外にいなかった。

 だから、皆が言うようにそんな自分が嫌で、変わりたかった。

 だけど、どうやって変われば良いのか分からくて、諦めていた私の前に、アンジェラ様が現れたの」


 アンジェラ様は、私の世界を変えてくれた方であり、私がなりたいと思う自分へと導いてくれた方であるから。


「だからアンジェラ様は、私にとって救世主のような方であり、尊敬と憧れの女性なの。

 ……それから、私とルイとを繋いでくれた、キューピッドでもあるわ」

「!」


 そう言って視線をルイに向ければ、彼は紫の瞳をこれでもかとばかりに見開き……、私の手をそっと取ると呟くように言った。


「……悔しいな」

「え?」


 彼は私の手に視線を落としたまま、苦笑いを浮かべて言った。


「俺はいつだってエリナのことだけを考えていたのに、その行動は仇となるし、その上格好良いところは全てアンジェラ様に持っていかれるし」

「あ、仇なんてことはないわ!」

「でもエリナの視線を奪っているのは、アンジェラ様だよね?」


 ルイの言葉に何か誤解が生じていると思った私は、繋がれている彼の手を握り返して言った。


「違うの! アンジェラ様に憧れていたのは、先程言ったように貴方の隣に胸を張っていられる自分になりたかったから、なの」

「え……」


 ルイの視線が私に向けられていることに気が付き、その視線から逃れるようにそっと視線を逸らすと、口を開いた。


「……私は光栄なことに、ルイと、それから第一王子殿下からも告白された。

 その時の私は、二人に対する気持ちの名前が分からなくて……、それに、こんな私がどちらかを選ぶだなんて無理だと、そう思っていた」

「……エリナ」

「だから、アンジェラ様のように素敵な女性になったら、私は自分が出した本当の答えを、自信を持って告げられるのではないかって、そう思ったの」

「……だからエリナは、俺が告白した後も『待って』と言ったのか」


 ルイの指摘に黙って頷けば、彼は「そっか」と言って考えた後、口を開いた。


「じゃあ、俺の手を取ることを躊躇っていたのは、第一王子殿下との間で迷っていたからではなく、エリナが自信を持てなかったから、ということ?」

「っ!」


 ルイの指摘に図星を突かれ、頬に熱が集中する。

 ルイの言った通り、私は自信が持てるまで……、それこそ、アンジェラ様が仰ったように淑女教育を受けてきちんと礼儀作法を身に付けてから、改めて二人に自分に気持ちを伝えようと思ったのだ。

 だけど。


「……ルイは、『待てない』って言ったのよね」


 その言葉に、ルイの手が私の頬に触れる。

 驚き反射的に顔を上げれば、すぐ近くに彼の顔があって。

 その瞳から目を逸らせなくなる私をじっと見つめ、彼は言った。


「それはそうだよ。 だって、エリナが同じ気持ちを抱いてくれるまで、俺は何年待ったと思ってる?

 やっとこうして触れられる距離にいても良いんだと……、エリナも俺と同じ気持ちでいてくれてるんだと思ったら、もう待てないよ」

「っ、ルイ……」


 ルイの声音に、甘い色が混じる。

 それは、幼馴染の時には聞くことはなかった声。

 そして、私のことを想ってくれているのが伝わってくる、甘くて切ない柔らかな声。

 その声を聞く度動揺して、固まることしか出来なくなってしまう私に対し、彼はその距離のまま口にした。


「確かに、直向きに頑張るエリナは素敵だと思う。

 けれど、無理はしてほしくない。

 俺の隣にいることに対して、そんなに気負わないでほしい。

 ……俺の隣が、エリナにとって、一番安心出来る居心地の良い場所になってくれたら良いと思うんだ」

「! ルイ」


 ルイはそう言って照れくさそうに笑うと、私の髪を一房手に取り、そっと口付けを落とした。

 その行動を見て、私は口を開く。


「……それは、当分無理よ」

「え!?」


 ルイがこちらを見てショックを受けたような顔になったのに対し、私は頬を抑えて言った。


「“幼馴染”の時と、ルイは違うもの。

 隣にいればいつだって、ドキドキさせられっぱなしだわ……」

「! 〜〜〜」


 私の言葉に、ルイが声にならない声を上げたかと思うと……、ガバッと抱きしめられた。


「ル、ルイ!?」

「っ、エリナが可愛すぎる……っ! もう離せそうにないっ」

「そ、それはちょっと困る、かも」


 そう彼の言葉に困惑しつつも、温かな温もりに包まれて、不意にいつかアンジェラ様が仰った言葉を思い出す。


『貴女は自分の気持ちと素直に向き合って、答えを出してみて』


(アンジェラ様の言う通りだわ。 私は、ルイと一緒にいたいと願った。

 それが“幼馴染”という関係から“婚約者”という関係に変わることが不安だったけれど、ルイはそんな私の不安を取りこぼさず、きちんと気持ちを聞いてくれた。

 そして、自信を持てずにいた私に、“素敵”だと言ってくれた)


 その言葉が、どれだけ嬉しくて救われたか。


(アンジェラ様は、私の憧れ。 そして、ルイは私の)


「ルイ」

「何……、!?」


 私はルイの頬に口付ける。

 ほんの一瞬の出来事に、彼は目を丸くして頬に手をやる。

 そんな彼に、私の溢れる感情が全て伝わるように、そう祈りながら言葉を紡いだ。


「大好きよ」


 昔も、今も、これから先も、ずっと。

 この気持ちが、永遠に変わることはない。



エリナ視点、いかがでしたでしょうか?

アンジェラが推していたヒロインカップル、そして、エリナのアンジェラに対する気持ちを裏話として書かせて頂きました。

次回はルイ視点です!

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