いつまでも…*クロード視点
『僕、アンジェラをおよめさんにしたい』
そう兄上に告げた僕に対し、兄上は瞳を細め、僕の頭を撫でながら言った。
『ダメだよ。 彼女にはもう、彼女だけの“騎士様”がいるんだから』
彼女との出会いは、はっきり言って覚えていない。
気が付けば、当たり前のように一緒にいたからだ。
それは、第一王子である兄上、まだ護衛ではなかったものの侯爵令息であるアラン・フィネル、兄上の親友であるヴィクトル・デュラン、そして彼女……、アンジェラ・ルブランが全員同じ歳であり、幼馴染だったから。
そして、その輪の中に僕も入るようになったのは、生まれた時かららしい。
僕は皆より二歳年下だったけど、そんな僕を皆は可愛がってくれ、鬱陶しがることなくその仲間に入れてくれていた。
だから、僕は皆がいれば寂しくなった。
……たとえ同年代の友達が出来ずとも、僕の世界は幼馴染がいてくれればそれで幸せだったのだ。
昔から本が好きだった僕は、幼馴染といる以外の時間を読書に費やした。
だけど、両親はそれを良しとしなかった。
今思えば、この国の王子として必要な教育は、学力のみならず体力、武力、知略……、学ぶべきことは沢山あった。
だけど、僕は異質であり、思えば自分でも可愛げのない生徒だった。
王立教師の授業なんかより、先人達の書いた本の方がよっぽど面白く、役に立つことばかりで、まともに教師の授業なんか受けた試しはなかった。
その上、友達を作ろうとはせず、暇さえあれば時に寝食を忘れてしまうほど書物に没頭する。
そんな姿を心配していた両親の心配は的中する。
それは、僕がある夢を抱いたからだ。
『僕は、学者になりたい』
そう口にしたのは、僕が5歳、兄上が7歳の時だった。
僕はその時、自分が第二王子であるということを自覚していなかった。
本来、王家に生まれたからには、兄弟で協力して国を背負う立場にならなければならない……、それこそ、側近や宰相など、第一王子である兄上を支え、国政を行う手段はいくらでもあったはずなのに、僕はそれよりももっと広い、まだ見ぬ未知の世界を発見することを夢見たのだ。
(この世には、まだまだ僕だけではない、皆も知らない発見がある)
学者になってそれらを発見し、証明すれば、必ず両親や兄上、この国のためにもなる。
そう考えての結論だった。
しかし、両親はそれを断固として許可しなかった。
それは、いつでも僕の味方でいてくれた兄上でさえも、僕にその夢を諦めるよう説得を試みたほどなのだ。
歴代の王族の中から学者になったという例はなかったため、当然のことといえば当然である。
だけど、まだ幼かった僕は、その夢が潰えることを恐れ、是が非でも認めてもらおうとした結果、ある行動に出た。
それが、“籠城作戦”である。
自室に鍵をかけ、飲まず食わずで誰も部屋に通さないようにしたのだ。
僕が本気であることを証明するために。
僕としては好都合だった。
読みたい本は自室に沢山置いてあったから、それらを読む時間を誰にも邪魔されずに済むからだ。
それに、僕は自分で言うのもなんだが、集中力が人並み外れており、本を取り上げられない限り誰の声も耳に届かなくなる。
だから、僕の“籠城”作戦は、僕にとっては一石二鳥だったのだ。
そうして始めた“籠城”作戦は、三日程で呆気なく終わりを迎えた。
それは、鍵をかけていたはずの部屋が突如開けられたからだ。
後から知ったことだが、部屋の鍵は外からも開けられるよう、国王である父上が厳重に保管しているそうで、開けようと思えばどの部屋もいつでも開けられるようになっていたのだ。
だけど、それを知らなかった僕は驚き、さらにその扉の外にいた人物に驚きを隠せなかった。
『……アンジェラ』
そこには、両親ではなく、僕の幼馴染である彼女一人の姿があって。
そんな彼女の姿を見て瞬時に理解した。
(彼女の言うことなら、僕が聞くと思って頼んだのか)
そう思い、僕は床に座り込んだまま彼女を見据えて口を開いた。
『僕は誰に何を言われようと、この夢を変えるつもりはないから』
『……』
そう口にした僕に対し、彼女は何も言わずふらりと僕の元へやってきて、目線を合わせるようにしゃがみ込んだかと思うと……。
―――パチンッ
『っ!?』
乾いた音が、静かな部屋の中で響いた。
僕はハッと自分の頬を押さえ、目の前にいる彼女を見れば、彼女は手を上げたままその目を涙で潤ませていて。
どうやら彼女が僕の頬を叩き、そして僕のせいで泣いているのだと理解した時には、今度は彼女の腕の中にいた。
『え……』
母上とはまた違う、彼女の暖かな温もりに目を瞬かせれば、彼女はそのまま口を開いた。
『どうしてこんなことをしたの!?
いくら本気で学者になりたいからって、やって良いことと悪いことがあるでしょう!?』
『っ……』
その涙交じりの言葉に、僕は自分の愚かさにそこで初めて気が付いた。
周囲をどれだけ心配させたかを。
『っ、ごめんなさ……っ』
『謝るべきなのは私にではなく、貴方の家族にでしょう?』
『……っ』
家族に謝らなければいけない。
そう思っても、まだ自分の中で学者という夢を認めてもらうことを諦められない自分がいて。
謝ってしまえば、僕は夢を諦めなければならなくなると思ったから。
そんな僕の心情を悟った彼女は、身体を離し、僕と目を合わせて言った。
『あのね? 貴方は頭が良いのだから、もっと他に思いつく方法があるでしょう?』
『……たとえば?』
『そうね、これならどう?』
彼女が提案してくれた案に、僕はハッと目を見開きやがて笑みを浮かべた。
『そうする!』
その言葉に、彼女はふわりと笑う。
それはまるで、物語の中の姫のようだと幼いながらに思い、同時に僕は心を奪われたのだ。
そんな彼女は、笑みを湛えたまま僕に手を差し伸べると、口を開いた。
『では、一緒にまずは謝りに行きましょう?
それから、貴方のために温かい料理も用意してもらっているから、きちんと食事も摂らなければね』
『っ、ありがとう、アンジェラ』
『どういたしまして』
そう言って彼女は、繋いだ僕の手を引いて歩きだしたのだった。
「クロード」
「! アンジェラ」
久しぶりの夜会で挨拶回りに追われ、疲労した僕は、休憩室へ向かおうと会場を後にしたところで、アンジェラから声をかけられた。
声をかけられて嬉しくなってしまうのは、我ながら重症……、いや不可抗力だと言い聞かせ、笑みを返して口を開く。
「アンジェラは休憩が終わったところ?」
「えぇ。 これから会場へ戻ろうと思って」
そう口にした彼女に対し、僕は「そっか」と口にし、言葉を続けた。
「ヴィクトルならルブラン侯爵とお話ししていたよ」
「まあ、お父様と? それは行かなければね。
教えてくれてありがとう、クロード」
そう笑みを浮かべる彼女は、僕が好きになった時と何ら変わらない、綺麗で可愛らしい花が咲いたような笑みを浮かべて言った。
僕はそんな彼女に対して頷き、口を開く。
「早くヴィクトルと合流するんだよ?
本当だったらヴィクトルのところまで僕が連れて行ってあげたいけど、それはそれで面倒なことになりそうだし」
「あ、あはは……」
アンジェラは僕の言葉の意図に気付き、苦笑いをして「お気持ちだけ受け取っておくわ」と口にする。
そして、アンジェラも僕に向かって尋ねた。
「クロードも休憩室に?」
「うん。 久しぶりで疲れてしまったから、休憩したいなと思って」
「そうなのね。 でも、珍しいわね。
今日は特に特別な日でもないのに、クロードが夜会に出るなんて」
「! それは……」
僕はそう指摘され、口籠る。
そんな僕に対し首を傾げる彼女に向かって、意を決して口を開いた。
「アンジェラのことが、心配だったからだよ」
「えっ……?」
その言葉に、彼女は絵に描いたように目を見開く。
そんな彼女に向かってちょっと肩を竦めてみせながら言った。
「“呪い”を解いてからまだあまり時間も経っていないのに、夜会に出るって聞いたから、無理していないか確認しようと思って。
……でも、元気そうだね。 良かった」
「……!」
その言葉に、彼女が息を呑み固まってしまったところで、彼女の後ろから彼女の騎士が来たことに気が付く。
そして、彼女の騎士は声をかけた。
「アンジェラ」
「! ヴィクトル」
彼女はその騎士の姿を目にすると、ふわりと笑みを浮かべた。
その笑みは、僕には決して向けられることはない、特別なもので。
そんな彼は、僕に目を向けると口を開いた。
「アンジェラと一緒にいてくれてありがとう」
そう素直にお礼を述べられたのは意外なもので、僕は驚いた後言葉を返した。
「彼女から目を離さないでくれる? また何処かへ行ってしまったらどうするの?
……その前に、僕が攫ってしまうかもよ?」
「クロード!?」
「安心しろ、そんなことにはならないからな」
そう言ったヴィクトルは、彼女の肩を抱き寄せれば、アンジェラは顔を赤くし俯いてしまう。
僕はため息を吐くと、口を開いた。
「はいはい、そういうのはよそでやって。
……じゃあ、僕はこれで。 あ、もし兄上に会ったら言っておいてくれる?
僕が探してたって。 おかげさまで半泣き状態で一人で挨拶回りしたんだって。
僕は休憩室にいるから、迎えに来るようにも伝えておいて」
「伝言が多いな」
「よろしく。 それじゃあまたね」
僕は手をヒラヒラと振ると、踵を返し歩き始めた。
(『薔薇姫と騎士』、か……)
アンジェラとヴィクトルを見ていると、その物語を思い出す。 ……認めてしまうのは悔しいけれど。
でも、“呪い”からも彼女を救ったのは、紛れもない彼なのだから。
(僕に出来ることは、そんな二人を見守ること)
僕にとってアンジェラは、好きな人でもあり恩人でもある。
それは、彼女が僕を諭し、“提案”してくれたお陰で、学者という夢を諦めずに済んだからだ。
(僕の研究したいことをまとめて、陛下に提出したら良いんじゃないかって……、そう言ってくれたのはアンジェラだった)
僕はその提案をもとに、何百枚、何千枚という原稿を陛下に提出し、熱弁したところ、最後は陛下が折れたことでようやく認めてもらえたのだ。
その上、後から聞いたことだが、彼女もクロードの気持ちは本物だと訴えてくれていたことを兄上から知った。
(アンジェラがいなければ、僕の学者の道は閉ざされていた)
だから、僕は彼女の幸せを誰よりも願っている。
彼女の性格が“呪い”のせいで変わってしまった時も、皆から悪女だと噂されていた時も、これからも、僕は誰が何と言おうと彼女の味方であり続ける。
それはたとえ、国中を敵に回すことになったとしても、この気持ちは変わらない。
(ヴィクトル、アンジェラを幸せにしないと許さないんだから)
彼女を悲しませようものなら許さないから、覚悟してね?
(……まあ、そんなことにはならないだろうけど)
後ろを振り返れば、仲睦まじく肩を並べ二人で歩く後ろ姿があって。
「……末長く、お幸せに」
そう僕は呟き、もう一度前を向いて歩きだしたのだった。
クロード視点、いかがでしたしょうか?
切ないお話が続きますが、きっと兄弟二人にも運命の巡り合わせで幸せが訪れると思っております。
次回、エリナ、ルイ視点(こちらも長くなりましたら話を分けさせて頂きます)を更新させて頂きたいと思います!
よろしくお願いいたします。




