初イベントに、いざ出陣!
「本当に良かったのかい?」
そう何度も尋ねてくる私と同じ髪色を持つ方に向かって、私は笑みを浮かべた。
「お父様、大丈夫よ。 それについてはきちんと説明をして、ご許可を頂いたのだから」
「でもまさか、いつもヴィクトル君にゾッコンだったアンジェラが、お父様にエスコートしてもらいたいと言うとは思わなくて……」
そう困惑気味のお父様に向かって、私も思わず小さく肩を竦めた。
(その反応が正解よね。 現に、アンジェラはヴィクトルの婚約者として常に周りに目を光らせていたんだもの、まさか彼のエスコートを断るとは誰も思わないわよね……)
通常、夜会には婚約者がいる方は婚約者にエスコートしてもらうのが暗黙の了解となっている。
ゲーム中のアンジェラも、一度もエスコートを父親に頼むことなんてしていない。
だけど、アンジェラとして生きている私には、お父様にエスコートを頼む正当な理由があった。
それをお父様に説明するべく口を開く。
「ヴィクトル様とはもちろん、一緒に夜会へ行きたいわ。
だけど、今日は特別な日でしょう?」
私の言葉に、お父様は視線を私から外し、壁を見上げた。
私もその視線の先を見やると、そこには私と同じ緑色の瞳を持つ、美しい女性の肖像画が飾られていた。
「お母様……」
お母様は、明るく優しい方だった。
でもどこか儚げで、美人なことから社交界では有名だったらしい。
そんなお母様だったが、昔から心臓に病を患っていたらしく、私が8歳の時にその持病が悪化してしまったことによって亡くなってしまった。
(私は、お母様に持病があるということを、お母様が亡くなってから知った。
今思えば、お母様が儚く見えたのは、その病を患っていたからなんだわ)
今では薄れていくばかりのお母様の記憶に思いを馳せていると、お父様は言った。
「アンジェラはもう、一人前の女性として生涯を共にする相手を見つけて、親離れしたと思っていたから、お父様にエスコートを頼んでくれて素直に嬉しいよ。
……だが、ヴィクトル君の気持ちを思うと、少し可哀想にも思えるのだが……」
お父様の思ってもみない言葉に驚いたものの、私は笑って言った。
「むしろ、ヴィクトル様の荷が減るから良いのではないかしら。
……私は、彼に随分と固執して困らせてしまったから」
(私が少し離れることで、ヴィクトル様が真に愛する方……エリナ様との仲を縮めることが出来るのだとしたら。
私は一ファンとして嬉しく思うわ。
私に出来るのは、彼の幸せだけを願うことだもの)
それが前世分の記憶を持ち合わせた、“私”の願いだから。
そんな私に、お父様は少し間を置いた後言った。
「アンジェラが望んだことを、私は父親として応援するよ。
……私の願いは、アンジェラの幸せなのだから。
それはリアーヌ……お母様も同じだよ」
「! お父様……」
その言葉は、私が欲しかった言葉で。
「ありがとうございます」
私はそう言って頭を下げれば、お父様は「父親として当然のことだよ」と微笑みを浮かべてくれた。
(私、気付かなかった)
アンジェラである私は、周りからただ甘やかされていたのではなく、こんなにも愛情を受けていたなんて。
(……やっぱり、生きることを諦めたくない)
たとえ“呪い”がこの身体を蝕んでも。
まだ半年という時間は残されているのだから。
(最期まで、この“呪い”に抗ってみせる)
そのためにも、今自分に出来ることを一つ一つ、こなしていかなければ。
私は顔を上げると、お父様に向かって口を開いた。
「あの、お父様。
一つ、お願いしたいことがあるのだけど……」
そして迎えた、夜会当日。
「お父様、このドレス本当に私に似合っている?」
そう何度も尋ねる私に向かって、お父様は笑みを浮かべて答える。
「あぁ、良く似合っているとも。
……こうしてみると、本当にリアーヌと親子だなと思うよ。
リアーヌもきっと、喜んでいるはずだ」
「だと良いのだけど……」
私は自身が着ている夜空色のドレスを見下ろし、高鳴る胸の鼓動を抑えた。
(今日はお母様の命日だからと、お父様に頼んでお母様の形見のドレスを直して着させてもらったけれど……、こんなに大人っぽいとは思わなかったわ)
確かに、上品で落ち着いたこの雰囲気は、お母様に良く似合っただろう。
だけど、私は今までこういったドレスを着たことはなかった。 身の回りを派手な物で固めていたのは、今思えば社交界の華と呼ばれたお母様と比べられることを心のどこかで恐れていたのかもしれない。
(なんて、前世を思い出す前のアンジェラも“私”であって、今でも何でそんな行動をしたのか、自分でも理解不能なこともあるのだけどね……)
でも、やっぱり緊張するわ。
(今は違うことを考えよう。 ……そう、私の推し活よ!
今日の注目ポイントは)
中盤の王家主催の夜会イベントの見どころは、まず全キャラの衣装! これは外せない!!
そして、ヒロインであるエリナ様が誰のエスコートを受けているのか。 ここも大事ね。
それから……。
(何と言ってもダンスパートよね! ヒロインと攻略対象が踊る様といったら素敵で素敵で……。
そして最後は、二人で会場を抜け出して、バラが咲き誇る庭で語り合うのよね!)
この庭というのが、好感度アップに必須な胸キュンイベントとなっている。
攻略対象はそれぞれの言葉で伝えるのだ。
『君のことをもっと知りたい』と。
それに対して、ヒロインが『はい』と答えると、互いに手を握り合って笑う美麗スチルが待っているのだ……!!
(あ〜〜〜幸せっ! 今からそれを、生で拝めるこの世界っ!
素晴らしいわぁああああ!)
「アンジェラ? 大丈夫かい?」
お父様の言葉にハッと我に帰る。
いけないいけない、私の世界に入り過ぎてしまったわ。
私は何事もなかったかのように淑女の仮面を被り、「大丈夫よ」と答えると、お父様は笑って頷き言った。
「さて、行こうか。 私達の小さな淑女」
「お父様。 私はもう立派な淑女です」
「はは、すまないね」
お父様の冗談に、私も笑う。
(お母様。 お父様と私は元気です。
天国で温かく、見守っていて下さい)
私はそう心の中でお祈りすると、名を呼ばれた声に導かれ、会場に足を踏み入れた。
(っ、わぁ……!)
これが世に言う、聖地巡礼!!!
会場内のスチルといえば、エリナが清楚なドレスに身を包み、広い階段を下りるという一枚絵のみだった。
(そ、その一枚絵の裏にはこんな立派な会場があったなんて……っ!)
さすが王城の大広間! 規模が違うわぁ!
と内心発狂していることをおくびにも出さず、私はしずしずとお父様にエスコートされ階段を下りる。
ところが、これがしんどかった。
(うっ、案の定だわ……)
痛いくらいに視線が突き刺さる。
それはそうだ、今日の悪役令嬢はいつもとは違う。
ドレスは目がチカチカするほどの派手なデザインではなく大人しめ、そして極めつけは、隣がヴィクトル様ではなくお父様だということ。
お母様のことをご存知の方なら、今日が命日であるからだと思うでしょうけれど、私と同じ世代の方々が知っているとは思えない。
(十中八九、ヴィクトル様と私が不仲であると噂するでしょうね)
まぁ、言いたい人には言わせておけば良いのよ。
(今のところ、ヴィクトル様は監視のつもりで私を婚約者として側に置いておくようだし……)
ヴィクトル様が私を必要としてくれている限り、私は彼の婚約者として恥じぬよう振る舞わなければ。
私は前だけを向いて、会場の階段を下りたのだった。