彼女がいれば*ヴィクトル視点
『私、ヴィクトルの婚約者になりたいの』
そうアンジェラが両親の前で宣言したのは、8歳の時だった。
そんな彼女の言葉に、俺は酷く驚いたと同時に、喜びで胸がいっぱいになった。
ついに、彼女も俺と同じ気持ち……、俺のことを、好きになってくれたのかと。
俺が彼女に対して特別な感情を抱いたのは、5歳の時だった。
それまで、ベルンハルトやアラン、まだ幼かったクロードの五人で共に過ごし、そんな“幼馴染”という関係で満足していた俺だったが、ある日突然ベルンハルトが口を開いたのだ。
『へいかから、アンジェラをこんやくしゃにどうかといわれた』
と。
その時、ベルンハルトはふにゃりと照れ臭そうに笑ってみせたが、返って俺は、その言葉にドクンと心臓が嫌な音を立てた。
(……ベルンハルトと、アンジェラが……?)
当時5歳の俺は、婚約者という意味はよく分かっていなかったものの、仲睦まじい両親のようになることを指しているのだとは、何となくではあるが理解していた。
そして、それがアンジェラという一番近くにいる女の子も例外でないということも、何となく分かっていたつもりだった。
だが、いざ彼女に婚約者が出来るかもしれない、それも幼馴染であるベルンハルトだと思うと、本来応援し、祝福しなければいけないはずが、二人が両親のように並んでいる姿を想像すること自体を拒む自分がいた。
その時の俺は、思っていたのだ。
彼女の一番近くにいるのは、今は“僕”なんだと。
だが、彼女に婚約者が出来れば、当然彼女の一番はその婚約者になるわけで。
それを今になって突きつけられた時、目の前が真っ暗になっていくのが分かって。
『ヴィクトル?』
黙り込んでしまった俺を不思議に思ったベルンハルトが、そう名を呼んだのを今でも覚えている。
その時俺は、こう尋ねた。
『……ベルンは、アンジェラのことが、すき、なの?』
そう途切れ途切れに尋ねた言葉に対し、ベルンハルトは首を傾げた後、笑って言った。
『うん、もちろん。 アンジェラのこともヴィクトルのことも、みんなのことが大好きだよ』
その返答に、ベルンハルトはまだ自分の気持ちに気が付いていないのだと分かった。
でも俺は、何となく気が付いていたんだ。
ベルンハルトの中でも間違いなく、アンジェラは“特別な女の子”なんだと。
(だったら、俺は……)
その日、帰ってからすぐに両親の元へと向かった。
そして、告げた言葉は。
『ぼく、アンジェラとけっこんしたい』
その言葉に両親が慌てふためき、俺に説得を試みていたのを覚えている。
実際、この国で両家の婚約が認められるのは8歳から。
だから、両親はせめてそれまでは待つように俺に言ったのだ。
だが、俺は頑なに首を横に振り、譲らなかった。
それでは遅いのだと。
(アンジェラを、誰にも渡したくない一心で)
そして、そんな俺に対して根負けした両親は、ルブラン侯爵家にダメ元で相談したところ、侯爵家はその話を喜んで受け入れてくれたのだ。
但し、両親に言われたことと同じように、8歳にならなければ正式に認められないということで、代わりに“仮”の婚約者としてどうかという話になった。 つまり、両家公認の仲ということになる。
それから、もう一つ彼方側から出された条件があり、それは、アンジェラの意思を尊重したいとのことで、8歳になった彼女が俺を選んだら正式な婚約者にとのことだった。
もちろん、俺はその条件を飲んだ。
俺自身も、彼女と同じ気持ちでなければ意味がないと思ったからだ。 だからといって、彼女を手放せるとは思っていなかったから、俺に出来ることは、彼女の一番近くで、彼女を守り続けること。
そして、彼女に俺を意識してもらい、時が来るまで待つ。 そう心に決めていた。
だが、彼女の母親であるルブラン夫人が亡くなったことで状況は一変、更に今思えば星祭りに彼女に“呪い”がふりかかってしまったことが原因で、彼女の性格が別人のようになってしまったのだ。
最初は、夫人が亡くなってしまったことによる不安から、情緒不安定になってしまったんだろうと思っていたが、彼女の俺に対する“執着”はどんどんエスカレートしていき、周囲への当たりも日増しに強くなっていった。
俺はずっと、そんな彼女を見て何かおかしいと感じてはいたが、結局顔を合わせれば喧嘩をしてしまうばかりで、彼女が何を考えているのか、分からなくなっていくばかりだった。
もう分かり合える日は来ないのかと途方に暮れていたその時、彼女から突然告げられた婚約破棄の申し出。
そしてその日を皮切りに、アンジェラの性格は8歳の時より前の、俺が好きになった時の彼女に戻ったのだ。
それにより、彼女の周囲も一変し、同時に焦りを覚えたのだ。
このままでは、彼女が俺の元を去ってしまうのではないかと。
そう思い、アプローチを幾度となく試みるも、彼女には伝わるどころか空回るばかりで。 気が付いている幼馴染達は、俺に対しいちいち生温かい目で見てくることに若干苛立ちを覚えたが、なりふり構ってはいられず、そのまま猛アプローチを続けた結果、晴れて両想いになったのだ。
そんな彼女の性格が変わった理由が“薔薇姫の呪い”にかけられていたからだということに気が付かなかったこと、そして、その元凶が俺であったことも彼女に対して申し訳なさでいっぱいだった。
どうにか呪いが解けた今でも、ふと思い出しては落ち込む時がある。
そういう時、何故かアンジェラにはバレてしまうのだ。
「ヴィクトル? また考え事してるでしょう?」
手を繋ぎ、庭を歩いている今も、そう言って顔を覗き込まれ、俺は苦笑いで答えた。
「どうして伝わって欲しい時は伝わらなくて、気付いて欲しくない時には気が付いてしまうんだろうか」
「えっ?」
その言葉にアンジェラはキョトンとしたような表情をした後、少し考えてから口を開いた。
「それは私にも分かる気はするけれど……。
でも、貴方のことだったら、言葉も、仕草も、視線も、すべて取り溢さず一番近くで見ていたいと思うわ!」
そうズイッと身を乗り出され、キラキラとした瞳を俺に向けてくる彼女こそ、俺の予想を遥かに(飛び)超えてくるところがあるから、俺はそんな彼女に驚かされっぱなしだ。
(それなら、俺だって)
俺はそっと彼女の腰元に手を回し、グイッと寄せれば、一気に近付いた距離に彼女は目を瞬かせて。
俺はにこりと笑い、口にした。
「それなら俺にも、君の全てを一番近くで見せてくれるということだな?」
「……はい!?」
「でなければ不公平だろう?」
「……っ」
そう悪戯っぽく尋ねれば、彼女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。
(本当に、アンジェラはずるい)
いつだって俺ばかり、彼女に対する想いが募るばかりだ。
そう思いながら彼女の返答を待っていると、そんな俺の視線に気付いた彼女が、赤面したまま呟いた。
「っ、ずるい。 意地悪」
「!? そ、それはこちらのセリフだ……」
「!」
俺はギュッと彼女の華奢な身体を抱きしめる。
そして、呟くように言った。
「あぁ、早く結婚したい」
「!」
「そうすれば、人目を気にすることなく君に触れられるのに」
「!?」
彼女が腕の中で固まってしまうのが分かる。
そして、恐る恐ると言ったように彼女はそのまま口を開いた。
「……人目は気にしてね?」
「バレたか」
「それはバレるわよ」
そんなやりとりをすると、視線が合い、どちらからともなく二人でクスクスと笑ってしまう。
そんな彼女は、急にキョロキョロと周囲を気にしたかと思うと、俺にしか聞こえないくらいの小さな声で言った。
「少しだけなら、大丈夫かも」
「! ……ははっ」
そう口にした彼女に対し、自然と笑みを溢せば、彼女は勇気を振り絞って言ってくれたようで、「ひどい!」と顔を赤面させて怒り、距離を取ろうとしたから慌ててそれを制す。
「ごめん、そうじゃなくて。 ただ、君があまりにも可愛くて、その上嬉しすぎたから、つい」
「〜〜〜か、かわっ!?」
そう心底驚いたように目を丸くする彼女も可愛くて、愛しさが溢れ出し、引き寄せられるようにこめかみに口付けを落とす。
それに対し、反論しようとした彼女だったが、俺の視線に気が付き口を噤む。
そんな彼女に向かって、紡いだ言葉は。
「もう君に、二度と寂しい思いはさせない。
世界中の誰よりも、君を幸せにしてみせると約束する」
「! ヴィクトル……」
彼女は惚けたように俺を見つめた……かと思うと、突然グイッと俺の裾を引っ張り、思わず身を屈めた俺と唇が重なった。
「……!?」
驚き目を丸くする俺に対し、彼女は目を潤ませて笑って言った。
「貴方が側にいてくれるだけで、もう十分幸せだわ」
「っ、アンジェラ……」
彼女がふわりと笑う。
(そうか)
俺も、彼女がこうして側にいてくれることが、それ以外に何もいらないと思うことが、何よりの幸せなのだと。
そう気が付かせてくれたのもまた、目の前にいる愛しい彼女なのだ。
「……アンジェラ」
そう愛しい彼女の名前を紡ぎ、そっと目元を拭えば、彼女もまた大好きな声で俺の名を呼んでくれる。
「ヴィクトル」
そうして一生を誓うように、俺達は青空の下、薔薇が咲く庭園の中で、密かに甘やかな口付けを交わしたのだった。
ヴィクトル視点、いかがでしたでしょうか?
一人語りからの糖度高めでお送りしましたが、作者の中で薔薇姫と騎士の方が何をしても甘やかになりがちなのは、不可抗力だと言い聞かせております(笑)
ヴィクトル、頑張れ!!
次回、王族兄弟(ベルンハルト、クロード)視点をお送りしますので、楽しみにお待ち頂けたら嬉しいです♪




