薔薇姫と騎士 下*後半魔女視点
(アンジェラ視点)
「その後、体調はどう?」
「お陰様で、この通りもうすっかり元気よ」
クロードの言葉に、私は笑みを浮かべてそう口にすると、彼はホッとしたように「良かった」と笑みを返してくれる。
「今日はどうして私達を呼んでくれたの?
本当は二人きりでお茶会をする予定だったんでしょう?」
ベルンの言葉に私とヴィクトルは顔を見合わせると、微笑み口にした。
「もう過ぎてしまったけれど、私の誕生日祝いを兼ねて、婚約式を開くことにしたの」
「「!」」
私の言葉に、ベルンとクロードは驚いたように目を見開く。
そして、先に口を開いたのはベルンだった。
「そうか、まずは婚約式を行うんだね」
「えぇ。 本当は結婚式をしたかったのだけど、ヴィクトルが正式にルブラン侯爵家の跡取りになるのには、もう少し時間がかかりそうだって」
ヴィクトルは私の婿として、次期ルブラン侯爵になるため、そのための準備に今追われている。
だから、結婚式ではなく、まずは婚約式を執り行うことにしたのだ。
「婚約式は親しい方々のみで行うことにしたの。
だから、貴方方には直接会って伝えたいなと思って」
「そうか、嬉しい。 ありがとう」
ベルンの言葉に私が微笑んでいると、隣にいたクロードが口を開いた。
「ということは、まだ結婚していないということだよね?
ヴィクトル、油断は禁物だよ?」
「安心しろ、君が入る隙はない」
「……また始まった」
バチバチと火花を散らすヴィクトルとクロードを見て、ベルンは肩をすくめると口を開いた。
「分かった。 このことはアランにも私から伝えておくよ。
今日は行くところがあると言って休みを取ったんだ。
アランにしては珍しいよね。 今まで一度も休日を取らずに働いていたのだから」
「! ……そうね」
私はそんなベルンの言葉に、心の中で思った。
(もしかしなくても、アランは今頃……)
(魔女視点)
「お呼びでしょうか?」
「…………っ!?」
その声に、私は振り返ることなくそのまま静止してしまう。
耳に届いた鼓膜を震わすその声は、何百年と私が探し続けていたそのひとのもの。
だけど、振り返る勇気は私にはなくて……。
「!? あ、おい!!!」
私は全速力でその場を駆け出していた。
(っ、どうして、どうして!? 何が起きているの!?
え、そんなまさか……っ!!)
予想だにしていなかったいきなりの展開に、私は目を背けることしか出来なくて。
それは、怖かったからだ。
彼が何を伝えに来たのか、将又彼は私の探していた“アラン”本人なのか。
魔法を使う余裕なんてなくて、ただただ闇雲に走っていた私だったけど……。
「っ、危ない!!」
「!?」
彼の強い口調にハッとしたが、時既に遅し。
気が付けば、目の前には湖があり、私は足を踏み外してしまって。
落ちる、そう思ってギュッと目を瞑った刹那、強く腕を引かれて気が付けば、二人で転んでしまい、私は彼を下敷きにしてしまった。
「っ、ごめんなさ……っ」
その続きを、私は最後まで告げられなかった。
……私を見つめる、橙色の瞳。 燃えるような真っ赤なその髪も、端正な顔立ちも、まさしく私が探していた彼本人だった。
そんな私を見て、彼の表情がみるみるうちに甘やかなものに変わり……。
「姫」
「……っ」
そう心からの笑みを浮かべ、まるで愛しいものを見るかのような眼差しを向けて私の髪に触れるアランの言葉に、私は震える声でようやく口を開いた。
「っ、どうして、ここに? 貴方は、ア……、アラン、なの?」
その言葉に、彼は頷きはっきりと告げた。
「はい、姫様。 俺はアランです。
アンジェラ嬢に教えてもらい、ここに来ました」
「!! ア、アンジェラちゃんから!?」
「はい。 お名前を伺ってもしかしたら、と」
アランの言葉に、私はパニック状態に陥り、自分を落ち着かせるために自分の頬を押さえ口にした。
「ちょっと待って、どうして? だって私は、国中を探したはずで」
そこまで考えて気が付いた。
そうだ、私が国中を探したのはアンジェラちゃんが生まれるよりずっと前。
そして、目の前にいる彼も多分それは同じだから……。
「まだ生まれていなかった、ということ?」
答えに辿り着いた私の手を取り、彼は言った。
「お迎えが遅くなってしまい申し訳ございません、姫」
「っ!?」
私は思わずその手を振り払ってしまう。
そして、ハッとして彼を見上げれば、彼は寂しそうに笑い、言葉を告げた。
「……俺のこと、嫌いになってしまいましたか」
「っ、違う、そうじゃない、けど……、心が、追いつかなくて……」
ずっと、ずっと探していた彼が、今目の前にいる。
それが信じられなくて、震える私の身体を彼が抱きしめた。
「……!!!」
その体温は、確かにあの時と何ら変わりない彼のものだと心が訴え、心臓が早鐘を打つ。
そんな私に、彼は私を宥めるように口を開いた。
「約束を破ってしまい、申し訳ございません」
「っ、そんなこと」
「それに、迎えに来ると言いながら、アンジェラ嬢から貴女の名前をお聞きするまで忘れていたばかりに、遅くなってしまって」
「!?!? ば……、バッカじゃないの!?」
「!!」
思わず大きな声で怒鳴ってしまう私に対し、彼は慌てるが、私の口は止まらない。
「なんっで貴方はいつもそう馬鹿正直に……! 乙女心を全く理解していないところも変わらないなんて!
あのねえ! 嘘と建前ってもんがあるでしょ!?
そこは嘘でも『私のことをずっと探していました』っていうところよ!?
ありえない! 最低っ!!」
「ひ、姫、落ち着いて下さい」
「私の気も知らず、忘れてました!? ……そうよね、貴方の気持ちなんて所詮その程度ってことよね。 いつだって私ばっかり貴方のことが好きで……っ」
その続きが、私の口から出ることはなかった。
それは、いつかのように彼が突然、私に口付けたからで。
「……っ、…………!?」
しかも、前世と比べて格段に長い。
あまりの長さに、ドンッと彼の胸を拳で叩けば、ようやく彼の唇が離れて。
乱れた呼吸を整えようとした瞬間、彼がポツリと呟いた。
「ローズ」
「…………っ!!!!!」
彼の口から紡がれたのは、前世薔薇姫と呼ばれる所以となった私の名前そのもので。
前世から誰も呼ばれたことのなかった私の名前を、まさか百年間探し続けた彼の口から初めて聞くことになるとは思わず、私の瞳から涙がこぼれ落ちた。
そんな私の目元を拭いながら、彼は優しい声音で言葉を続ける。
「……こんなことを言っても言い訳にしか聞こえないかもしれねぇけど、俺は何度も転生したんだ」
「! 転、生?」
「あぁ。 大体百年ごと、これで5回目の人生を歩んでる。
今回はたまたま王家の護衛騎士にもう一度なったが、それまでは再度平民にもなったし、貴族にもなった。
王族にだけは生まれ変わったことはなかったが……、それでも確かに、魂はローズ、君を探していた」
「それはうそよ。 貴方、モテたでしょ?
女性が放っておくわけがないじゃない」
その言葉に、彼は目を見開き顎に手を当て言った。
「……確かに、告白はされたような気もする。
だが、良い雰囲気になったことは断じてない。
だって、心はいつだって、忘れていても君を探していた。
だから、アンジェラ嬢から名前を聞いて、全てを思い出したんだ。
俺が何のためにここにいるのか。
そして、俺が現主君であるベルンハルト以外に忠誠を誓ったのは……、俺の全てである生涯を捧げ、永遠を共にしようとしたのはローズ、ただ一人だけだと」
「……っ!?」
そう言って彼は、腰の剣帯に刺さっていた何かを取り出す。
それは紛れもない、一輪の真っ赤な大輪のバラだった。
それを見た瞬間、今度こそ涙が止まらなくなってしまう。
そんな私に、彼は困ったように笑うと跪き、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「ローズ、今度こそ“あの日”の約束を果たそう。
俺はまだまだ、君の隣に胸を張って立てる自信はない。
だが、この気持ちだけは誰にも負けない自信がある。
何せ、君を探しに何度も転生し続けたんだから」
「……!」
そんな私に、アランは橙色の瞳を柔らかく細めて言った。
「愛している、ローズ。 遅くなってしまったが、今度こそずっと隣に居てくれるか?」
そんな彼の言葉に、私が出した答えは。
「……っ、私、もう姫ではないわ。 貴方は、貴族なんでしょう?」
「それがどうした。 というより、姫は姫だ。 君が俺だけの姫だということに変わりはねぇ」
「!?」
そうアランが私の手を取り口付けを落とす。
それは、騎士として忠誠を誓っていた時にアランが行っていたことで。
そして、そのアランの口から飛び出たキザな台詞に、赤面し狼狽える。
「ち、違うでしょう!? それよりも私、おばあちゃんよ!? 百年間魔女として生きているの!」
「それを言ったら俺だって、何度も転生しているから世間一般では、“じじぃ”と言われると思うが?」
「だ、だからって私なの!? ま、前から思っていたけれど、貴方趣味が悪いわよ!!」
そう慌てて口にした私の言葉に、アランは目を丸くし……、ふっと笑って口にした。
「俺は、最高の趣味をしていると思うがな? “薔薇姫”ともてはやされた君の手をこうして取ることが出来ている時点で、騎士にとってはこれ以上ない誉れだ。
何より、君に愛されている俺は、特別以外の何者でもないだろ?」
「…………っ」
今度こそ言葉を失い、黙り込んでしまう私に対し、彼は縋るような目で私を見つめて言った。
「……あの時、君の手を離したこと、後悔している。
もう二度と君の手を離さないと誓う。
だから……、どうか、このバラを受け取ってほしい」
アランの言葉から伝わってくる私への想いに、心が震える。
私は流れる涙をそのままに、彼の顔を見上げ、バラに手を伸ばし、触れた瞬間。
「「!!!」」
バラを中心に、私とアランの周りが金色の光に包まれる。
それは、私の魔法の光と同じで……、その光が消えた後、アランが呆然としたように呟いた。
「今のは、何だったんだ……?」
「……魔法が、解けたみたい。 私と貴方の魔法……、多分、両想いになったからだと思う」
「! それは、つまり……ローズは魔女でなくなり、俺はもう転生しないってことか?」
アランの言葉に、私は恐る恐る頷く。
そんな私に対し、彼は私の肩をガシッと掴むと口を開いた。
「ってことは、俺とローズは正真正銘結ばれるってことだよな!?
よっしゃーーー!!!」
「ちょ、ちょっと待ってアラン!」
「な、何だ?」
きょとんとしているアランに向かって、私は口を開く。
「わ、私魔女じゃなくなったのよ……?」
「それがどうした」
「ア、アランはそれでも良いの!?」
アランは目を見開き……、あははと声を上げて笑い出した。
思わずムッとしてしまう私に対し、彼は告げる。
「人だろうが魔女だろうがローズ、君が側にいてくれればそれで良い。
むしろ、魔女でいる方が何かと物騒じゃないか?
それに、一人の女性に戻れたってことは、それこそ俺が守り通せば良い話だ。 だから」
「きゃっ!?」
彼はそう口にすると、私をお姫様抱っこする。
そして、にっこりと笑って言った。
「何が何でも、君は俺が守る」
「〜〜〜!?」
「というわけで、帰ろう」
「!?!?」
予想外、それも展開の早さに頭がついて行かない。
……けれど。
(人生は、思い描く『物語』のようには上手くいかない。
けれど、彼と……、アランと一緒にいることこそが、私の“本当の願い”なのだとしたら)
今度こそ私は、予測不可能な幸せな結末を、彼の手を取り歩んでいく……―――




