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薔薇姫と騎士 中*魔女視点

 彼が率いた軍隊は、瞬く間に戦地を駆け抜け、次々と勝利へと導いた。

 その吉報は、城に残った私の耳に随時届いたものの、私の願いはただ一つ。


(お願い、無事で帰ってきて)


 私のために戦わなくて良い。

 武勲を立てなくて良い。

 ただ、側にいてほしかった。

 それだけを願っていたのに……。




「騎士様が、お亡くなりになりました」

「え……」


 突然告げられた侍女の言葉に、身体から血の気が引く。

 私は、震える身体を抱きしめるようにして、口を開いた。


「な、何を言っているの? 冗談、でしょ?

 だって、あの人は、私と約束を」

「……残念ながら本当のことです、姫様。

 隊が国へ帰還する途中、追手に襲われ全滅したとのことです……っ」


 そう口にした侍女の言葉も震えていた。

 それが冗談だと鼻で笑い飛ばせない現実を突きつけられ、私は口にした。


「……うそよ、そんなの嘘……っ!!」


 だって、約束したじゃない。

 16歳の誕生日までに、生きて必ず帰ってくるって。

 そうしたら、バラを差し出して求婚して、私はそれを承諾するって。


『大丈夫だ。 必ず戻ってくる』


「あ…………」


 視界が、真っ黒に染まる。

 これから歩く未来のどこにも、貴方はいない。


「……いや……」

「ひ、姫様?」

「そんなのは嫌よ…………っ!!!」


 他にも、約束したわ。

 私を一生守るって。

 ずっと一緒にいるって。

 その約束を振り切って……、私のファーストキスまで奪っていったくせに、それを最初で最後にするなんて。


(……なんて、ずるいひと)


 そんな彼を引き留めきれず、戦場へ向かわせて、命を落とさせてしまった私は、もっと哀れで、残酷だ。


(誰かが言った。 私は薔薇姫だと。

 でも、私は美しいバラなんかではない。

 ……あぁ、そうね。 私はバラの棘なのよ)


 大事な人でさえも守れやしない。

 誰かに守られてばかりの、愚かな姫。

 こんな無力な私が、幸せになれるはずがなかったの。


(もし……、もしも次に生まれるとしたら、誰かのためになりたい)


 人に頼らず、自分の力で何でも出来るようになりたい。

 そして……、許されるのなら、彼ともう一度会いたい。

 その時は、一緒に居られなくても良い。 側に居られなくても良い。

 ただ話をして、謝ることが出来ればそれで良いから。


(それ以上は何も望まない、だから)


 もう一度、彼に会わせて……―――






 そして気が付けば、死後400年が経った世界で、私は魔女として生まれ変わっていた。

 400年という長い年月の間に、ヴァラン国や隣国の名前は跡形もなく消え、現在はフィリエ王国としてこの地は栄えていた。

 そして私達が望んだ平和な世界は、この国にはあったのだ。


(歴史は流れる。 私が眠っていた400年という年月の間で、何もかも変わってしまったのね)


 そんな中で、私は王立図書館の奥底に眠る本を見つけたのだ。

『薔薇姫伝説』を。

 その手記は、筆跡から私付きの侍女によって描かれたものだと分かった。

 そして……、最期は私がよく知る最悪の結末(バッドエンド)だったのだ。


「っ、こんな記録を残しておいたって、何の意味もないわ……っ」


 私が生きた証なんて、必要ない。

 存在して良いとしたら、幸せな結末(ハッピーエンド)でないと何の意味もない。


(……私が、思い描く結末は)


 そうして私自ら編纂したのが、『薔薇姫物語』。

 この物語は、まさしく私の理想そのもの。

 現実と理想を織り交ぜたその物語を、魔法を使ってそっと図書館に置いた。

 するとその物語は、誰かの手に取られ、みるみるうちに民衆の間に広がっていった。

 それは、私の思いも寄らなかったことで。

 そして、私は思った。

 物語の中の“薔薇姫”は人気者だと。

 そして嘗て“薔薇姫”と呼ばれた私は、偽物なんだと。




 そうして続く私の魔女としての生活は、最初は楽しかった。

 病気で苦しむことも死ぬことも、老いることもなく、魔法を使えば何でも可能。

 料理も家事も、姫という身分ではすることのなかったことを、全て自分でやることに生き甲斐を感じた。

 制限するものがないことに、自由を感じた。

 ……だけど、いつも心は寂しいままだった。


(ここには、誰もいない)


 いつも一緒に居てくれた侍女達も、両親も、そして……。


「……“彼”はどこにいるのだろう」


 私がこうして魔女として生まれ変われたのだとしたら、彼もまたどこかにいるんじゃないか。

 そう思って、極力関わらないようにしていた人との接触を始めた。

 最初は王家。 護衛騎士をしていた彼が、また騎士としているのではないか。

 そんな淡い期待は結局外れ。 彼の名前自体誰も知ることはなかった。


(別人として、生きているのかしら)


 名前も外見も違うのだとしたら、人に通じないのも分かる。

 でも、もし魂が同じなのだとしたら、魔女である私ならすぐに分かるはずだ。

 そう思い国中を隈無く探してみたが、彼との同じ魂の持ち主は現れなかった。


(そうよね。 生まれ変わった私が、イレギュラーなだけだもの)


 そう思っていた矢先、私の魔法が今度は王城内にある王宮図書館のとある本に反応した。

 私は早速忍び込み、その本を見つけて……、言葉を失った。

 それが、『騎士伝説』……、『薔薇姫伝説』のその後を描いたようなその本の筆跡は、間違いなく私が愛した彼の字そのものだった。


「……っ、貴方、筆を取るのは嫌いだって言ってたじゃない……っ」


 その本の内容は、私がいなくなった世界で彼が生きた証だった。

 そして綴られていたのは、私への強すぎる想いと深い後悔の念。

 何より、彼が本当は生きていたということに、私は驚きを隠せなかった。

 ……でも。


「っ、良かった……っ」


 彼が、無事に生きていて。

 それだけで、心が救われたように思えた。

 そして、最後に締め括られた文章は、(薔薇姫)へのメッセージだった。





 俺は、君を追って天国には行かない。

 その代わり、生まれ変わって君に会いに行く。

 その時にもう一度、俺にチャンスを下さい。

 君の隣で今度こそ、死が二人を分つまで、永遠を共に生きることを。






「っ、なんで……」


 どうしてこんな私を、貴方は選んでくれるの。

 貴方のお荷物にしかならなかった薔薇姫なんかより、もっと他に素敵な女性は沢山いるでしょう?


「趣味が悪いわよ、絶対……」


 そう呟いた私の目から、涙が静かにこぼれ落ちた―――






「……『騎士物語』、私が持っていても良いわよね」


 無事にアンジェラちゃんの呪いも解けたことだし、何より彼自ら執筆した世界でたった一つのこの本を手放すわけにはいかなかった。


(この本は研究対象にはさせないわ。 

 事実を知っているのは、私だけで十分だもの)


 そう結論付け、最後に私が過ごしたこの森を見て周ろうと思いつき、小屋の外を出る。


 王家の禁止区域のこの森は、静かで落ち着く。


「どうしてこんなに素敵な場所を禁止区域に指定するのかしらね」


 確かに木が鬱蒼としているけれど、少し手入れをしてあげればきっとこの森は皆が好きになる。

 現に私も、この森はとてもお気に入りだもの。


(まあ、それも私だけの秘密基地ということで良いわよね)


 私が魔女として生まれ変わって、もうすぐ百年。

 この長い年月を、私は一人で過ごしてきた。

 ……そろそろ彼が現れても良いのではないかしらと思うけれど、現れないということは潮時なのかもしれない。


(これも、神様から彼のことは諦めよというお告げなんだわ)


「……天国には行かない、生まれ変わるって言っておいて、待たせすぎなのよ」


 本当に貴方は、ずるいひと。

 私は目を閉じ、そっとその彼の名を呟く。

 これで最後だと、自分に言い聞かせるように。












「アラン」



(……なんて、ね)


 さあ、そろそろ出発の時間ね、と小屋へ戻るため踵を返そうとしたその時。




「お呼びでしょうか?」





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