元悪役令嬢の運命
「っ……」
ぼやけた視界の先、目を開ければ明るい光が飛び込んできた。
(っ、もう朝?)
その眩しさに、思わずもう一度瞼を閉じてしまったその時。
「アンジェラ様……!!」
「……!」
今度こそ、ハッと瞳を見開く。
その耳と視界に飛び込んできた人物を見て、私は驚き口を開く。
「エリナ、様?」
「っ、はい!」
エリナ様は返事をすると、そのままボロボロと泣き出してしまった。
状況が飲み込めずにいる私に、エリナ様の後ろからルイが顔を出し、彼女にハンカチを差し出しながら口を開いた。
「“呪い”を解く期限が今日までだとお聞きして、居ても立っても居られずこうして伺ったのですが」
「アンジェラ様だけではなく、ヴィクトル様もお倒れになっていて、今」
「っ、そうだわ! ヴィクトル!!!」
私はそう言ってベッドから飛び降り、彼の元へ向かおうとする……が、ずっと眠ってしまっていたからか、思うように身体が動かずふらついてしまう。
「「アンジェラ様!」」
両側からルイとエリナに支えられ、私は「ごめんなさい」と謝りつつ、言葉を続ける。
「ヴィクトルが、夢の中まで迎えに来てくれたの……っ、だから、今すぐ彼に会わなきゃ……っ!」
「わ、分かりました! ですがその恰好ではお風邪を引かれてしまいますので、これを!」
そう言って、エリナ様は慌てて近くにあったブランケットを羽織らせてくれる。
それに「ありがとう」と感謝を述べつつ、動かない足を扉に向けた。
(っ、ヴィクトル……!!)
そう心の中で何度も名前を呼びながら、懸命に足を動かし、何とか部屋の扉の前まで移動したその時。
部屋の外からこちらへ向かってくる足音が聞こえてきて、勢いよく扉が開け放たれる。
そして、そこにいた人物の空色の瞳と目が合って……。
「「!!!」」
私と彼は、互いに見つめ合う。
その間に、私が一人で立てると判断したエリナ様とルイが、そっと後ろへ下がった。
しばらく見つめ合ってしまっていたけれど、私はハッとして震える声で名を呼んだ。
「っ、ヴィクトル」
「アンジェラ」
私はブランケットをずらし、胸元を指差していった。
「“バラの印”……、消え、てる?」
「!!」
“バラの印”があるかどうかで、呪いが解けているかが分かる。
それを判断できるのは、鏡に映った私自身を見ることとヴィクトルだけのため、私はそう震える声で彼に向かって尋ねる。
自分で鏡を見る勇気は無かったからだ。
そう確認のためおずおずと口を開いた私に対し、彼の瞳が見開かれ……、その瞳が潤んだと思ったら、彼は柔らかな表情を浮かべて言った。
「あぁ。 消えている」
「っ……、ヴィクトル!!!」
私の目からも涙が零れ落ち、彼の元へ寄ろうとしたものの、足が動かずバランスを崩した私の身体を彼が抱き止めてくれる。
私は、ポロポロと涙を流しながら質問を投げかける。
「今度こそ、夢じゃないのよね?」
「あぁ。 今度こそ夢じゃない」
「夢の中まで、迎えに来てくれたよね?」
「あぁ、迎えに行った。 そして、君にプロポーズした」
「……!!!」
私はハッと息を呑み、ヴィクトルを見上げる。
すると彼は、甘く柔らかな笑みを湛えて口にした。
「君は、承諾してくれた。
……それはつまり、俺と結婚して、これからもずっと一緒にいてくれるということだろう?」
「本当に、良いの?」
「当たり前だろう? 俺と君は、愛し合っているのだから」
「……っ、無理、供給過多、耐えられそうにない……っ」
前世オタク言葉を咄嗟に口にし、両手で顔を覆ってしまう私に対し、彼はふはっと笑って言った。
「耐えてくれないと困るな」
「て、手加減してくれたらありがたい、です」
「それも無理だな。 君を愛する気持ちは、増す一方なのだから」
「〜〜〜!?」
やっぱり無理ぃぃぃと悲鳴を上げる私に対し、彼はクスクスと笑うと、ふわっと私を横抱きにした。
それによって顔を覆っていた手を外すと、空色の瞳と視線が交じり合い、彼は微笑みを浮かべて言った。
「アンジェラ。 16歳の誕生日、おめでとう」
「…………!!!」
その言葉は、私が……、アンジェラがずっと、聞きたいと願ったもの。
“16歳の誕生日で亡くなる”と思っていた私にとってそれは、“呪い”を解くことが出来た何よりの証で。
私は込み上げる涙をそのままに、ヴィクトルに向かって今自分に出来る最高の笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、ヴィクトル!」
そう言って抱きつけば、彼は私を支える腕に力を込め、抱きしめ返してくれる。
そんな私達の周りにいた人達は、わっと歓声を上げた。
クロードにベルンハルト、アラン、エリナ様、ルイ、それからエメや侍従達が、涙を浮かべ笑ってくれる。
そして、更に廊下を走ってくる足音が聞こえてきてそちらを見やれば、そこにはお父様の姿があって。
「っ、お父様!」
ヴィクトル様にそっと下ろされ、私の元へ駆け寄ってきたお父様に勢いよく抱きつくと、お父様はそんな私を受け止め、強く抱きしめて口にした。
「良かった……っ、本当によかった、アンジェラ」
「お父様、心配をかけてしまって、ごめんなさい……!」
そんな私に対しお父様は首を横に振り言った。
「こうして無事に目を覚ましてくれて、本当によかった。
それも君のおかげだ、ヴィクトル君」
そう礼を述べられたヴィクトルは、「いや」と言葉を続けた。
「皆のお陰です。 ……ここにいる全員のご協力のお陰で、アンジェラを救うことが出来たのです。
だから……、ありがとうこざいました」
そう言って深くお辞儀をしたヴィクトルの姿に、皆が笑みを浮かべ、拍手をする。
(あぁ、私は幸せ者だわ)
今ここに立っていること。
そして、皆とこうしていられることに、私は心から幸せを噛み締めたのだった。
それから数日後。
私とヴィクトルは、ある場所へと向かっていた。
その場所とは、魔女さんが住むという家である。
「この森の中に住んでいるのね」
「あぁ」
ヴィクトルの言葉に、私は禁止区域のその森を見て、不安な思いを口にする。
「魔女さんは、ヴィクトルにだけ教えてくれたのよね? これって私が聞いても良かったのかしら?」
「大丈夫だろう。 君は被害者なんだし」
「ひ、被害者……、それもそうだけれど、第一王家所轄地である禁止区域に入って良いのかしら?」
せめてベルンに聞いてからの方が、と今更ながら思い戸惑っていると。
「アンジェラちゃん」
「!」
トントンと肩を叩かれ、ハッとして振り返れば、そこにはフードを被った魔女さんの姿があって。
「魔女さん!」
私が声を上げると、魔女さんは私の姿を見て、微笑んで言った。
「……良かった。 “呪い”を無事に解くことが出来て。
身体の調子はどう?」
「はい、もうすっかり元気になりました!」
「ふふ、それは良かった」
その言葉に、魔女さんは笑う。
ただ、それを隣で聞いていたヴィクトルだけは険しい顔をして私の手を引き、魔女さんとの間に割って入るようにして言った。
「随分とアンジェラと親しいが、俺は“呪い”のことを許していないからな」
「ヴィ、ヴィクトル」
「あらあら、全く信用されていないどころか敵認定ね。 ……まあ、それもそうよね。
貴女達からしたら、私は“悪い魔女”でしかないもの」
そう言った彼女は、一瞬悲しそうに眉尻を寄せた……ように見えたけれど、すぐに笑顔に戻り口を開いた。
「色々聞きたい話もあるでしょうし、私の家に行きましょうか」
そう彼女が口にし、手を叩いた瞬間、一瞬で景色が変わる。
「「!?」」
そして私達は、前世で言うログハウスと呼ばれるような、木の温かみを感じる部屋の中にいたのだ。
驚き目を見開いたまま固まってしまう私達に向かって、魔女さんは悪戯っぽく笑って口を開いた。
「ようこそ、魔女の館へ」




