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“本当の願い”とその答え

(アンジェラ視点)


『見つけた……』

『……っ』


 彼の口から漏れ出た安堵の言葉は、私の胸にジンと響いて。


(っ、ヴィクトル!)


 来てくれたという喜びが胸いっぱいに広がり、それが涙となって零れ落ちる。

 そんな私の手を取り、幼い“私”は私の手を引き、ヴィクトルの元に連れて行ってくれる。

 ヴィクトルもまた、幼い“彼”に背中をぐいぐいと押され、私に近付いてくる。

 そして。


『『……』』


 時間が止まったかのように錯覚するほど、暫く見つめ合ってしまってからハッとして振り返ると、幼い“私”と“彼”は笑っていた。

 私はそんな二人に向かって声をかける。


『ありがとう。 ヴィクトルを連れてきてくれて』


 彼女達は頷き手を振ると、互いの手を繋ぎ走り出し、やがて光に包まれて消えていった。

 そして。


『アンジェラ』

『っ!』


 我に帰り、私は思わず息を止め振り返ることを躊躇してしまう。


(ここは、私の夢の中の世界。 では、ここにいるヴィクトルは……?)


『夢じゃない』

『!』


 ふわりと後ろから抱きしめられる。

 確かな温もりを感じ、彼を愛おしいという気持ちが溢れ出して、振り返ると勢いよく抱きついて声を上げて泣いてしまう。

 それに対し、彼も私の背中をさすってくれながら、強く抱きしめて口にした。


『迎えに来た。 遅くなってしまってごめん』


 そんなことはない、と言おうとしたけれど、言葉にならず私はただただ首を横に振るばかりで。


(あぁ、私不安だったんだ)


 ヴィクトルなら必ず迎えに来てくれると信じていたけれど、それでも心配だったんだ。

 私のそんな心情を察したのか、彼は視線を合わせると、柔らかい口調で言った。


『ベルンハルト、クロード、アラン、ルイにエリナ嬢の協力と、それから、デュラン侯のお陰だ。

 情けない話だが、俺一人だけではきっと君を迎えに来れなかった』

『っ、ううん、情けなくなんかない。 

 けれど……、そうね、皆に帰って謝って、感謝を伝えなければね』

『あぁ』


 私達はそう言って微笑み合い、私はヴィクトルから離れると、さて、と手を叩いてから言った。


『ヴィクトルが夢の中まで迎えに来てくれるとは思わなかったから、今度は一緒に目を覚ます方法を探さなければね』

『それならもう見つけられた。

 君の、“本当の願い”を叶えてあげれば良いんだ』

『え……、っ!』


 そう口にしたヴィクトルの手元が光る。

 そして、その光の中から現れたのは。


『……!!!』


 彼の手の中に収まっていたのは、一輪の淡い黄色のバラだった。

 そのバラを見て、私はまさかという思いで彼を見上げる。

 彼は困ったように笑って言った。


『俺は馬鹿だな。 自分で言っておいて、君との約束を忘れていたなんて。

 5歳で婚約を取り付けた時、何故婚約をしたかと尋ねた君に、俺が話したことを覚えているか?』

『婚約した時……』


 その言葉で思い出す。


(そうだわ、私8歳の時に自分から婚約を申し込んだと思っていたけれど、それよりも前……、確かにヴィクトル様から婚約を申し込まれたんだわ)


 当時、まだ5歳だった私は、婚約という言葉の意味が分からず、ヴィクトルに何故私達は婚約者になったのかを尋ねたのだ。

 その時、彼は……。


『ごめんなさい、確かに質問したのは覚えているのだけど、それに対して貴方が何と答えてくれたかは忘れてしまって……』

『いや、良いんだ。 まだ5歳という幼さで、恋も何か分かっていなかった時に、俺が我儘を言って取り付けたんだ。

 だが、今ならはっきりと言える』

『!』


 そう言って、彼は私の瞳から視線を逸らさずに言葉を紡ぐ。


『アンジェラ。 君のことが、好きだ』

『……!!』


 思わず息を呑む私に対し、彼は言葉を続ける。


『俺は君を婚約者にした時から、いや、それよりずっと前から、君のことが好きだった。

 ベルンハルトやアラン、クロード……、誰にも渡したくない、俺が一番近くで君の側で、誰よりもずっと一緒にいたいと望んでいたんだ』

『……っ』


 思いがけない告白に、私は動揺し固まってしまう。

 そんな私に訴えるように、彼は『だから』とどこか震える声で言った。


『それは今でも変わらない。 いや、より一層この想いは増すばかりだ。

 今だって、どうしようもないくらい君が好きで……っ』

『わ、わわわ分かった! ヴィクトル、ちょっと落ち着いて!? ね!?』


 いつもと様子の違うヴィクトルに対し、私が慌てて口を開けば、彼は『いや、そうじゃないんだ』と口元を押さえ、深呼吸をする。

 その様子に、私は彼が緊張するほど大事なことを伝えようとしてくれているのだと察して、言葉を変えて彼に向かって言った。


『ヴィクトル』

『!』


 そう声をかけると、微笑み言った。


『大丈夫。 いくらでも待つから。

 だから……、貴方の今思っていることを聞かせて』

『!! はは、アンジェラには敵わないな』


 ヴィクトルはそう言ってようやく心から笑ってくれて。

 そして、ふっと短く息を吐くと、私を真っ直ぐと見て言った。


『アンジェラ。 君を愛している。

 だから……、どうか、俺と結婚してほしい』

『…………!?!?!?』


 そう言って、彼にバラを差し出され……、私はハッと息を呑み口元を押さえた。

 そして、呼吸も忘れてバラとヴィクトルとを交互に見つめてしまう私に対し、ヴィクトルは慌てたように言った。


『こ、こんな俺じゃ駄目だろうか』

『ち、ちが、違うの……っ』

『……!!』


 私は口元を押さえたまま、ポロポロと涙を溢しながら、何とか口を開いた。


『わ、私は、悪役令嬢で……っ』

『?』


 私の言葉に彼はポカンと口を開けるが、パニック状態になっている私は構わず言葉を続ける。


『呪われているし、貴方と結ばれることは絶対にないと、そう思っていたの』

『……!』


(私が望んだ、“本当の願い”。

 それはまさしく、ヴィクトルとずっと一緒にいたい、つまり“プロポーズしてほしい”ということだったの)


 そうすれば、正真正銘彼とずっと一緒にいることが出来る。

『薔薇姫物語』の最後の場面(シーン)……、騎士様が薔薇姫にバラを差し出して求婚し、永遠を誓う二人の絵に、ずっと憧れを抱いていたのだ。


 だけど、お母様を亡くし、傷心している中でこの“呪い”を被ったことで、自分の気持ちと素直に向き合えばよかったのに、自分のことを顧みず、手段を選ばず彼に振り向いてもらおうとした。

 その結果、自分勝手な振る舞いで周りを傷付け、ヴィクトルをも傷付けた。

 そんな私に、彼と永遠を共にしたいだなんて望む資格はない。

 そう思い、自分の気持ちに蓋をし、見て見ないふりをしてその気持ちを忘れ去ろうとしていた。


『私は、諦めていた。 貴方と一緒にいられる未来は、自分には来ないって。

 だから、“本当の願い”から顔を背け、封印していたの』

『……アンジェラ』


 ヴィクトルが私の名を呼ぶ。

 それに対し、私は『でも』と口にした。


『貴方がその願いを見つけ、拾ってくれた。

 そして、同じことを願ってくれた。

 それが本当に、言葉に出来ないくらい嬉しくて……っ』

『! それは、つまり』


 私は涙を拭って、自分に出来る最高の笑みを浮かべて言葉を発した。


『ヴィクトル、私も貴方のことが大好き。

 だから……、私を貴方のお嫁さんにしてください』

『……!』


 その空色の瞳を見つめ、私はもう一度念を押すように、彼にこの想いが伝わりますようにと願いを込めながら紡いだ言葉は。


『愛しているわ』

『!!!』


 そう言って彼の持っていたバラに触れた瞬間。

 パァッと辺り一面が光に包まれ、真っ暗だった世界がみるみるうちに明るく色付いていく。

 そして、現れた光景は。


『『…………わぁっ』』


 思わず二人で感嘆の声を上げる。

 それは、私達の足元いっぱいに色とりどりのバラが咲き誇り、澄み渡る青空が一面に広がっていたからだ。


『きれい』


 思わずそう呟いた私に対し、ヴィクトルは感極まったように私を見やると……。


『きゃっ!?』


 私の腰を持ち上げ回り始める。


『ちょ、ヴィクトルっ』

『っ、ははは!』


 重いでしょ、とかそんなことを言うのは無粋だと思い、口を噤む。

 それは、彼の瞳が潤んでおり、心から嬉しそうに笑っていたからだ。

 そんな姿を見て、私も嬉しくて涙をこぼしながら一緒になって笑った。

 そして、そっと私を下ろしてくれた彼と静かに視線が交じり合って……、どちらからともなく顔を寄せ、唇を重ねたのだった。





『さて、良い加減帰らなければ怒られてしまうな』

『そうね。 帰りましょうか、皆のところへ』

『あぁ』


 そう言ってもう一度微笑み合うと、私達は手を繋ぎ、バラが咲く花畑の中を歩き出した。


 その繋いだ手とは反対の私の手には、一輪のバラが淡く光り輝いていたのだった。













―――『アンジェラ、ぼくがおおきくなったら、そのときにはもういちど、きみにすきっていってぷろぽーずする。

だからこんどは、きみのきもちをきかせてくれる?』

『うん! やくそくね』―――


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