共に生きるために*両視点
ヴィクトル視点→アンジェラ視点→ヴィクトル視点となります。
(ヴィクトル視点)
ルブラン侯に許可をもらったことで、俺はそのままルブラン邸に滞在することが決まった。
そのために、まずは俺の父親にも許可を得なければならないのだが、そちらにはきちんと説明をするから心配いらないとルブラン侯が言ってくれた。
そして、ルブラン侯が認めてくれた俺が滞在する旨の手紙をデュラン公爵邸に届けるため、信頼の置けるベルンハルトに加え、ルイとエリナ嬢が向かってくれることになった。
クロードは城へ戻り、本当は持ち出し禁止の書物である『薔薇姫伝説』を自らの手で持ってきてくれると言う。
アランもクロードに付いて城へと戻った。
俺は、一人アンジェラの元に残り、眠っている彼女に語りかける。
「皆が君が目を覚ますように、動いてくれている。
さすがはアンジェラだな」
そう微笑み、眠っている彼女の頭を撫でる。
俺は彼女の手を握り、言葉を続けた。
「皆の力を借りながら必ず俺が“呪い”を解いて、君を救い出す。
だから、生きる希望を捨てず、待っていてくれ……っ」
(アンジェラ視点)
―――真っ暗な暗闇の中で、誰かの泣く声がする。
その正体が誰なのかを分かっている私は、泣いている少女……幼い頃の自分を探す。
そして、泣き声のする方へ歩みを進め……。
(やっぱりいた)
以前見た夢と同じように、幼い“私”はしゃがみ込み泣いていた。
彼女は私に気付き顔を上げ、驚いたように目を見開く。
そんな彼女に向かって微笑みを浮かべると、目線を合わせるため彼女の目の前でしゃがみ、尋ねた。
『どうしたの?』
その言葉に、止まっていた涙が再び彼女の頬を伝い落ちる。
彼女はしゃくり上げながら、口を開いた。
『っ、一人ぼっちに、なっちゃった……っ』
『!』
(やっぱり……)
この暗闇は、幼い頃お母様を亡くしたばかりの“私”の心の中だ。
希望を見失っていた時の、私の。
(そんな“私”にかけるべき言葉は)
私は意を決すると、彼女にまた一歩近付き……、その身体を抱きしめ、言葉を紡いだ。
『大丈夫。 貴女は一人じゃない』
『え……』
驚いたように声を発する彼女の背中をポンポンと優しく叩くと、口にした。
『貴女には、お父様や大切な幼馴染、そして、これから過ごす中でお友達も出来るの』
ベルンハルト、アラン、クロードに、エリナ様とルイ、そして……。
「それに、貴女の側にはいつだって、“彼”……ヴィクトルがいてくれるわ』
『! ヴィクトルが?』
『えぇ』
私は身体を離し、彼女の両手を握ると、笑みを浮かべて言った。
『ヴィクトルは今、必死になって探してくれているはずよ。
私も彼が来るまでここにいるから、一緒に待ちましょう?』
『っ、うん!』
幼い“私”はそう言って、笑みを浮かべて頷く。
その顔にはもう、涙は残っていなかった。
(……良かった)
私はホッと息を吐き、彼女の隣に座ると、祈るように目を閉じて心の中で呼びかける。
(ヴィクトル、私は大丈夫。
貴方が必ず助けてくれると信じて、ここで待っている。
だから、どうか)
私を、迎えに来て―――
(ヴィクトル視点)
「!」
俺はハッと目を見開き、眠っている彼女の顔を凝視する。
「ヴィクトル、『薔薇姫伝説』、持ってきたよ!」
部屋に入ってきて、そう俺に話しかけたクロードの声も耳に届かない。
そんな俺に近寄ってきたクロードが怒ったように言う。
「ねえちょっと、聞いているの?」
「……っ、生きている」
「え? わっ!?」
俺はクロードの両肩を掴むと、震える声で口にした。
「アンジェラの、手が動いたんだっ! 彼女は、生きている……っ」
繋いでいた彼女の手が僅かに動いたことに気が付き、そう声に出した瞬間、堪えきれなかった涙が目から零れ落ちる。
そんな俺の言葉に、クロードはグッと唇をかみしめて言った。
「っ、まだ助けられていないのに、泣いている場合じゃないでしょ。
……早く、助けてあげなきゃ。 悔しいけど、それが出来るのは君だけなんだからね、しっかりしてよ」
「!」
クロードの言葉に俺は力強く頷き口にした。
「あぁ!」
その日から、俺はルブラン邸に泊まり、解呪方法を見つけるため、『薔薇姫伝説』と『薔薇姫物語』を読み込む日々を送っていた。
寝食を忘れてしまうほど没頭してしまう俺を、見舞いに来る仲間達が心配して声をかけてくれるが、俺はそんなことよりもアンジェラのことで頭がいっぱいだった。
そんな俺の元を訪れてきたのが、ルブラン侯だった。
「ヴィクトル君」
そう声をかけてきたルブラン侯は顔色が悪い。
それは、アンジェラを誰よりも心配しているからだと考えなくても分かり、俺は本をめくる手を止め、向かいの席に座るルブラン侯に目を向け、姿勢を正した。
そんな俺に対し、ルブラン侯は側に控えていた侍女に指示を出すと、侍女は慣れた手付きで『薔薇姫伝説』を丁寧に机に寄せ、手にしていた盆に載った軽食や紅茶を机に並べた。
それを見て驚く俺に、ルブラン侯は微笑み言った。
「今日は碌に何も食べていないと聞いたからね。
夜も遅いから、軽食を用意させてもらった」
「! ……申し訳、ございません。 気を遣わせてしまって」
「それを言うなら礼の方が嬉しいよ、ヴィクトル君」
「あ、ありがとうございます」
そう言い直すと、ルブラン侯は満足そうに頷き、微笑みを湛えたまま言った。
「君はアンジェラの大切な人であり、私にとっても君は息子同然だからね。
アンジェラは、君が自分のせいで体調を崩したなんて知ったら、それこそ悲しみ私を責めるだろう」
「そ、それはないと思います。
アンジェラは、ルブラン侯のことを誰よりも思っているので」
「はは、そうだと嬉しいが、彼女はどちらかというと君に夢中な子だからね」
そんなルブラン侯の言葉にどう返せば良いか迷っていると、ルブラン侯は慌てたように言った。
「あぁ、何も君を困らせるつもりで言ったんじゃないよ。
ただ、君が身体の調子を崩すほど無理をして彼女を助けるのは、違うと言いたいんだ」
「っ、でも、俺でないと」
「分かっているよ。 それは、分かっている。
もちろん、アンジェラには助かって欲しい。
だが、そのために君が犠牲になるのも違うと思うんだ。
……現に、君は今にも倒れてしまいそうだ」
「!」
そう指摘され、思わず隈が出来ているであろう目元を押さえれば、ルブラン侯は「だから」と言葉を続けた。
「まずは食事を摂り、睡眠を取って、しっかりと体調管理をしてもらわないと。
でなければ、助けられるものも助けられなくなる。 そうは思わないかい?」
「……!」
ルブラン侯の言葉に、俺はハッと息を呑む。
そんな俺を見て、ルブラン侯は笑みを浮かべて立ち上がると、部屋を出て行こうとした。
その背中に向かって、俺は口を開く。
「ありがとうございます」
そんな俺の言葉に、ルブラン侯は俺の方を振り返り言った。
「アンジェラのことを、これからもよろしく頼むよ」
「……っ、はい!」
そう言って部屋を出て行ったルブラン侯を見送り、部屋に再び静寂が訪れると、俺は一人並べられた食事に手を付け、その後久しぶりに睡眠を取ったのだった。




