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タイムリミット*後半ヴィクトル視点

 私の誕生日、そして、“薔薇姫の呪い”で眠りについてしまう時間(タイムリミット)は、刻々と近付いていた。

 急に眠ってしまう以外に、体調が悪化することはないことから、時が静かに穏やかに流れていくのを感じ、逆に怖くなってしまう。


 そんな私の今の楽しみは、ヴィクトル様と会えること、そして……。


「……『騎士伝説』」


 私はそう呟き、濃紺の皮表紙をなぞり、そっとその表紙をめくる。


 ヴィクトル様から手渡された翌日、早速読もうとしたところ、本のページに挟まっていたメモ用紙に、クロードから一言、メッセージが添えられていた。


 “読めばきっと、幸せな気持ちになれるよ”


 そのクロードの言葉通り、私は『騎士伝説』を夢中になって読み進めてしまった。


『騎士伝説』は、私の予想通り『薔薇姫伝説』と対になっており、その名の通り騎士目線の日記のような語り口で書かれていた。

 その“日記”というのが、まるで誰かに読んでもらうために作ったのではなく、あくまで自分に、そして……、亡き薔薇姫へ贈るかのように描かれている描写もあって。

 というのも、『騎士伝説』は『薔薇姫伝説』ほど内容は多くない。 

 それは、騎士が薔薇姫亡き後に『薔薇姫伝説』を読んで書いたような描写が見受けられるからだ。


 そう、騎士は『薔薇姫伝説』上では亡くなったとされていたが、この『騎士伝説』の著者が本人ならば、それは誤報であり、実際には生きていたということになるのだ。

 そして、冒頭ではこう綴られている―――



 俺は、確かに死にかけた。

 だが、絶対に死ぬもんかと、どんな傷を負っても思い続けた。

 全ては、姫のために。

 姫に勝利を捧げ、永遠に彼女を一番近くで胸を張って守れる男になるために―――



 その騎士の想いの強さは、本物だと思う。

 確かに、薔薇姫に会うことが出来なかったのは悲劇的だったけれど、騎士は日記のどのページを見ても、薔薇姫のことばかり書いている。

 姫に会いたい、彼女は天国で笑って暮らせているだろうか……、そんな内容に、思わず涙してしまったほどに、騎士の切実な想いが、決して綺麗とは言い難い、不器用な字で描かれているところからも伝わってきて。


(きっと騎士は、『薔薇姫伝説』を読んで、彼女の想いを知って……、それから、彼女を最期まで守れなかったことを懺悔するような気持ちで、慣れない筆を取ったんだわ)


 騎士はきっと、筆より剣を持つことの方が多かったはず。

 それでも、後悔の念や愛情、慈愛……、薔薇姫のために、全てをこの本に詰め込んだのだとしたら。

 クロードの言う通り、幸せな気持ちになれる。


(薔薇姫と騎士は、正真正銘相思相愛だったんだわ……)


 薔薇姫も天国でこの本を読んでいたら嬉しいな、そう思いながらページをめくれば、最後のページだった。

 そこに書かれていた言葉に、私は目を見開き、そして……、泣いてしまった―――



 俺は、君を追って天国には行かない。

 その代わり、生まれ変わって君に会いに行く。

 その時にもう一度、俺にチャンスを下さい。

 君の隣で今度こそ、死が二人を分つまで、永遠を共に生きることを―――




「アンジェラ様」

「!」


 不意にノックと共にエメの声が聞こえ、私は慌てて涙を拭う。


(そうだわ、ヴィクトル様がくる時間!)


「お通しして」


 そう口にすると、扉が開かれ、ヴィクトル様が現れて……、彼は挨拶も忘れ、ハッとしたように、慌てて私の元へ駆け寄ってきた。


「どうして泣いているんだ? また辛い夢を見たのか?」


 私は首を横に振り、騎士伝説を指差す。

 すると、ヴィクトル様は眉根を寄せて言った。


「……まさかアンジェラ、この本を全部読んだ、とは言わないよな?」

「……よ、読みました……」


 最推しに嘘はつけず、素直にそう口にすれば、彼は怒ったように言った。


「駄目だと言ったのに」

「だ、だって、あまりにも素敵なお話だったから……」


 私がそうヴィクトル様に必死に訴えると、彼はうっ、と声を喉に詰まらせ、私の頭をいつもより少しだけ乱暴に撫でる。


「全く、君は人の気も知らないで、すぐそうやって可愛く許しを乞うのだから……。

 これでは怒れないじゃないか」

「かっ、可愛くはないと思う、けれど……、反省してます」


(そうよね、他ならないヴィクトル様や幼馴染達にまで心配をかけているんだもの……、自重しなければいけないわよね)


 シュンと項垂れると、彼は私を慣れた手付きで横抱きにし、ソファからベッドへ下ろし、掛け布団までかけてくれる。

 そして、ポンポンと私の頭を撫でて行った。


「無理をしていないのなら良いが、少しでも疲れを感じたらすぐに休め。 分かったか?」

「えぇ、分かったわ。 無理はしない」


 そう返すと、ヴィクトル様は柔らかく笑って尋ねた。


「それで、君が夢中になって読んでいた『騎士物語』は、どんな話なんだ?」

「あっ、それはね!」


 私はヴィクトル様に尋ねられたのを良いことに、嬉々として語り出す。

 最初は相槌を打ち、耳を傾けて聞いてくれていたヴィクトル様だったけど、途中で「ちょっと待て」と制した。

 そして、口元を押さえる彼に、私はハッとして慌てて言った。


「ごっ、ごめんなさい! 私、つい一人で語ってしまって……」


(これ、完全に前世オタクの血が流れるそのままのテンションで語ってしまったわ、私! やってしまったあああ!!)


 この世界に来て前世オタクのテンションで話さないよう心掛けていた(つもり)なのに……っ!

 絶対に引かれてるうううと青褪めた私の心を察したのか、ヴィクトル様は慌てたように言った。


「いや、君が謝ることじゃない。

 君が楽しそうなのは良いことだ。 だが……、それが俺ではなく、実在した騎士だというのがな……」

「! それってもしかして」


 やきもち?


 私はその言葉の続きを飲んだけれど、彼は前髪を上げて顔を赤らめて言った。


「〜〜〜余裕なさすぎだろ、俺……」


 格好わる、と呟いた彼の言葉を聞いて、私は首をブンブンと横に振った。


「まさか! ヴィクトルに限って格好悪いことなんてないわ!!

 むしろそんな貴方もかわ……、いや、萌えるというか、その……、とにかく!

 貴方が騎士に嫉妬するほど、私のことを好きだって伝わってくるから嬉しい」

「!!」


 その言葉に虚を突かれている彼の頬に顔を寄せると、そっと口付けを落とす。

 その行動に、バッと効果音でもつきそうな勢いで彼は頬を押さえたのを見て、笑って言った。


「それに、私の騎士はヴィクトル、貴方だけでしょう?」

「! ……っ、あぁ」


 彼の言葉に、私は笑みを浮かべたままその大きな手に自分の手を重ねる。

 それを彼に繋ぎ直され、私達は互いに顔を見合わせ笑ったのだった。





 その後、ヴィクトル様とお話していたものの、不意にドッと眠気が押し寄せてきたことに気が付いた彼が、私を寝かしつけてくれる。

 繋がれた手の温もりに安心感を覚えながらうとうとしている私の耳に、ヴィクトル様の声が届く。


「誕生日は、何が欲しい? 君が望むなら、何でも良い」

「何でも……?」

「あぁ」


 彼の言葉は、私の“呪い”を必ず解いて、誕生日を一緒に過ごそうとしてくれている強い意志が伝わってきて。

 それを嬉しく思いながら、私は目を瞑り考える。


(何でも……、最推しからそう言われると、本当に迷っちゃうなあ)


 何だろう、私が望むもの、私が望むことは……。


 その時、不意に思い浮かんできた光景に、私は思わず息を呑む。


(っ、もしかして、私の……、私が、ずっと望んでいた、“本当の願い”って……っ)


 その答えに辿り着いた時、胸元の“バラの印”が、まるで正解だとでも言うように暴れ出す。


(っ、待って! それなら、ヴィクトル様に伝えないと……っ)


 でも、この“願い”を本当に伝えて良いの?

 彼はそれを聞いて、どう思うだろうか。

 困らせてしまうだろうか、それとも……。


 そう自問自答した瞬間、私の意識はあっという間に暗闇に飲み込まれてしまったのだった……―――




(ヴィクトル視点)


「……アンジェラ?」


 誕生日に何が欲しいかを尋ねたが、アンジェラからの返答がないことに気が付き、呟く。


「眠ってしまったのか」


 疲れた顔をしていたから無理もない、と結論付け、アンジェラの頬にかかった髪を払おうと、そっとその頬に触れ……、俺は息を呑んだ。

 そして……、震える声で、呟いた。


「……冷、たい……?」


 全身が、まるで冷水をかけられたかのように一気に身体から血の気が引く。

 そして俺は……、そんな彼女を揺り動かした。


「アンジェラ、アンジェラっ?」


 頼む、目を開けてくれ。

 一瞬でも良いから。

 そう願えども、彼女はピクリとも動かなくて。

 そして、揺り動かしたことで見えた胸元の“バラの印”は……、以前まで15枚だったはずの花弁の空いていたところに、淡く“最後の花弁”が色付いていた。


(っ、嘘だ、まだ、時間では……っ)


「っ、アンジェラ―――――――ッ」


 静かな部屋で、俺の悲鳴混じりの叫び声が響いた―――








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