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残された時間の中で

 ―――真っ暗な暗闇の中で、誰かの泣く声がする。


(また、この夢……)


 今度こそ誰が泣いているか、正体を突き止めたい。


 そう思い、啜り泣く声の方へ歩き出す。


 少し歩いたところで、しゃがみ込み、肩を震わせ泣いているその声の主を見つけた。


 それは、小さな女の子のようで。


(……あれ?)


 そんな少女に対し既視感を覚え、思わず立ち止まってしまう。


 ハッと息を呑み、固まってしまう私に気付いたように、檸檬色の髪を持つ少女は、ゆっくりとこちらを見上げて……―――






「っ!!」


 ハッと目が覚める。

 全身が重だるく、背中は汗ばみ、胸元の“バラの印”が小さく痛む。

 それと共に、鼓動も速くなっているのが分かり、私は“バラの印”を押さえ、震える声で小さく呟く。


「……っ、泣いていたのは……」


 ―――私?






「……ラ、アンジェラ」

「!」


 名前を呼ばれ、遠のいていた意識がベッド脇の椅子に座っている彼によって引き戻される。

 私は慌てて口を開いた。


「ごめんなさい、ヴィクトル。 頭があまりよく働いていないみたいで」

「……眠れて、いないんだろう?」


 ヴィクトル様の言葉に、思わず言葉に詰まり俯いてしまう。


 12月の本格的な寒さが続き、1月の凍てつくような寒さ……そして、私の余命が10日に差し迫った今日も、ヴィクトル様は私の様子を見に来て、ずっと手を握ってくれていた。

 そんな彼の温かな体温を手の平から感じ、キュッとそっとその手を握ると、彼は何も言わず握り返してくれる。

 それが本当に幸せで嬉しくて、同時に恥ずかしくて、こそばゆくて。

 そんな穏やかに流れる時間の幸せを噛み締めながら、彼の言葉に対して微笑みを浮かべて言う。


「そうね、貴方の言う通りきちんと眠れているわけではないけれど……、貴方が毎日来てこうして手を握ってくれると、温かな気持ちに包まれて、不思議と力が湧いてくる気がするのよ」

「……」


 ヴィクトル様は僅かに表情を曇らせ、黙ってしまう。

 私はそんな彼に向かって口を開いた。


「そんな顔をしないで。 貴方には、いつだって笑っていてほしいの。

 私のためを思うなら、笑って?」


(最推し(ヴィクトル様)の笑顔を見ることが、何より元気の源になるのだから)


 私はそう心の中でオタク心を呟き、お手本を見せるように笑みを浮かべてみせると、ようやく彼は困ったように笑ってくれた。


(……うん、それで良いの)


 私のためを思って、最推しが心を痛めてくれているのは、嬉しいかと言われると辛さの方が勝る。

 いつだって最推し……ヴィクトル様には、笑っていてほしい。

 幸せになってほしい。

 誰よりも、そう願っている。


(何せ私は、前世から推しているんだもの)


 そう結論付け、笑みを浮かべる私に対し、ヴィクトル様は「そうだ」と口を開いて言った。


「君に、これを」

「?」


 ヴィクトル様は、一冊の古びてボロボロになってしまっている紺色の革表紙の本を私に差し出した。


「これは?」

「クロードから預かった。 薔薇姫伝説について調べていたら、それに関連すると思われる本を見つけたと言っていた。 それが、この本らしい」

「関連する本……?」

「あぁ。 その本の題名は、『騎士伝説』と言うそうだ」

「……!?」


 私はその言葉に驚き、その本の表紙を慎重に開くと……、確かにそこには、『騎士伝説』と書かれていて。

 私は、まさかと呟き震える声で口にする。


「……これはもしかしなくても、『薔薇姫伝説』の対になる本、ということ……?」


 ヴィクトル様は静かに頷き、口を開いた。


「あぁ。 クロードがその本を見つけたらしい。

 王宮図書室の倉庫に埋もれるように置いてあったそうだ。

 不思議なことに、学者の間では誰にも認知されていないものらしく、本来ならば学者の調査対象として提出するべきらしいのだが……、今回は君に、内緒で渡したいと俺に託してきた」

「!? そ、そんな貴重な物を、私に!?」

「あぁ。 クロードによると、その本は一冊限りの物らしい。

 そうなると、その本は他でもない騎士本人が書いたという可能性が高い、と」

「……!!」


(騎士様本人の手で書いたもの!?)


 この世で一冊だけの本を、私が受け取っても良いものなのだろうか?

 思わず手元の本とヴィクトル様とを交互に見て戸惑ってしまう私に対し、ヴィクトル様はそんな私の心情を察してポンポンと頭を撫でてくれながら言った。


「大丈夫。 クロードは先にその本を読んで、君に是非読んでほしいと渡してきたんだ。

 ……クロードも、君のことを心から案じている証拠だ」

「!! ……クロード」


 その本の表紙をそっと閉じ、表紙を撫でてヴィクトル様に向かって言った。


「クロードに、ありがとうと……、大切に読ませてもらうわと伝えてくれるかしら?

 それと、必ず“呪い(これ)”を解いて、直接この本を返しに行くって」

「! ……あぁ、分かった。 必ず伝える」


 ヴィクトル様はそう言うと、私を見て言った。


「一応忠告しておくが、この本はクロードが君が眠れない時のためにと言って預けたものだ。

 くれぐれも、睡眠時間を削って読むようなことはしないでくれ。

 もしそうしていた場合は、問答無用で没収するからな」

「っ、そ、それはダメ!!」


 私は思わずギュッと本を抱えると、彼は苦笑いを浮かべて言った。


「そんな可愛い顔で言っても、ダメなものはダメだからな? 

 ……ほら、約束」

「……!!!」


 彼が、小指を差し出してくる。

 その手と表情を見て、私のオタク心が一気に目覚めた。


(やっ、約束!?!? そ、それに可愛いって何!?

 それを言うなら貴方の方でしょぉーーー!!)


 突然の“約束”という言葉からの差し出された小指、そして幼くも見える柔らかな笑みを讃えた最推しのその破壊さに、思わず意識を飛ばしそうになってしまう私に対し、彼は「アンジェラ!?」と慌てたように私の背中を支えてくれる。


「だ、大丈夫かっ!?」

「だ、だだだ大丈夫、ですっ!」


 そう言って、彼が咄嗟に引っ込めようとした小指を思わず手ごと掴むと、ヴィクトル様は一瞬虚を突かれたように固まり……、そして吹き出した。


「っ、何故そんな必死なんだ……っ」


 遅ればせながら、自分のことながら突飛な行動を取ってしまったことに気が付いて、私は慌てて手を離すと、彼はクスリと笑い言った。


「指切りは、こうだろう?」

「!」


 そう言って私の手をそっと取り、小指を絡めて笑う。

 そして、笑みを浮かべたまま言った。


「これで成立だな」

「……っ」


(ゆ、ゆ、指切りってこんなにドキドキするものでしたっけーーー!?!?)


 前世彼氏いない歴=(以下略)だった私には、異性と指切りをする機会もなかったので分かりませんが、これだけは言えます。


(最推しが何をしても心臓に悪いっ!!)


 そう結論付けて動悸を抑えようと必死になっている私に対し、ヴィクトル様は「さてと」と立ち上がり言った。


「そろそろ帰るか。 アンジェラもそろそろ休息を取った方が……、アンジェラ?」

「っ!」


 私の手は、話していたヴィクトル様の裾を咄嗟に掴んでいた。


「あ、あれ、ごめんなさい。 か、帰らなければいけないわよね」


 そう思うのに手が震えている上に、彼の裾から手を離すことが出来ない。

 自分でも、それは何故だか分かっている。

 そんな私の心情を察した彼は、もう一度椅子に座り、私と視線を合わせると私の頬に触れて言った。


「……アンジェラ。 何か不安に思うことが、あるんだろう?」

「っ」

「もしあるのなら、俺に話してほしい。 俺が全部、受け止めるから」

「……っ」


 その優しい言葉に、堰き止めていたはずの思いが決壊して、それが私の瞳から思いと共に溢れ出して。

 止まることを知らない涙を、彼は優しく拭ってくれる。

 そんな彼に甘えるように、私は口を開いた。


「っ、私、夢を、見ていて……っ」

「うん」

「一人で、幼い誰かが……、多分、私が、泣いているの。

 それを聞いていると、とても辛くて悲しくて……、真っ暗な中、もしこのまま目覚めなくなってしまったら、どうしようって……、目を瞑る度、皆に会えなくなってしまったらどうしようって思いながら寝るのが、怖くて、たまらないの……っ」

「! ……っ」


 ヴィクトル様は、私の言葉を全て聞き終えると、顔を歪め、私をその腕の中に閉じ込めた。

 そんな彼の腕の中で、より一層泣いてしまう私に対し、彼は私の頭を撫で、言葉を紡いだ。


「一人で寂しい思いをさせてしまって、ごめん」

「っ、貴方が、謝ることじゃないわ」

「アンジェラがそう言ってくれていても、君が傷付いている事実は変わらない。

 ……君に言っていなかったが、俺は、魔女から君の“呪い”を解く方法(ヒント)を聞いた」

「え……っ!?」


 私は思わず顔を上げ、彼を見上げた。

 間近にある彼のアイスブルーの瞳は、真っ直ぐと私を見つめて言葉を続けた。


「魔女から口止めされていて言えなかった。 すまない。

 ……だが、これだけは誓う」

「え……」


 驚く私に対し、彼は私の両手を握り言った。


「君の“呪い”を必ず解く。 だから、もう少しだけ待っていてくれ」

「! ……もちろん」


 私はその言葉に“バラの印”が温かくなるのを感じ、自然と笑みを浮かべる。

 それに対し、彼は私の額に額を付けると、「約束だ」と口にしたのだった。





 そうしてまた眠りについたアンジェラを前に、ヴィクトルはそっとその髪に優しく触れ呟いた。


「……必ず、助ける」


 “呪い”からも、(アンジェラ)を苦しめるもの全てからも。


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