魔女からのヒント*ヴィクトル視点
(ヴィクトル視点)
「……おい、まだ着かないのか?」
俺は痺れを切らして魔女にそう尋ねると、彼女は先を歩きながら口にする。
「え、何? もう疲れたって言うの?」
「そうは言っていない」
「ちなみに、まだ半分も歩いてないわよ〜」
(……は!?)
思わず出そうになった言葉を、また何を言われるか分からないからとぐっと我慢する。
森の中を歩き続けること1時間ほど。
歩けど歩けど木、木、木、たまに小動物が現れることもあるが、そんな感じで何の変わり映えもない。
それに、魔女が魔法を使ったから道が明るいものの、これがもし魔女が迎えに来ていなかったら……、永遠とも錯覚するほどの暗い道を歩き続けなければならなかったわけで。
(どうして、こんな辺鄙で面倒な場所に……)
そうため息を吐きそうになった俺に向かって、彼女は笑顔で言った。
「辺鄙で面倒な場所だからよ」
「どういうことだ?」
俺が尋ねたのに対し、彼女はんー!と手を組み前に腕を伸ばしながら言った。
「私はこの通り、異質な存在でしょう?
この力を悪用しようとする人達は大勢いるだろうし、何せ女の一人暮らしなんだもの、いくら魔法があると言えど危ないでしょう?」
「まあ、確かに……」
先程の力と言い、“おまじない”と言い、特殊な力を使える魔女という存在が本当にいると知ったら、その力を我が物にしようとする輩は沢山いるだろう。
そう思った俺に、魔女は「でしょ?」と言葉を続ける。
「だから、この場所を見つけたの。
王家が立ち入り禁止にしている所だから人は近付かない。
それに……」
彼女はそう言葉を切ると、俺に向かって悪戯っぽく笑って言った。
「秘密基地っぽくて良いじゃない!?」
「は?」
魔女の言葉に目が点になる俺に反し、彼女はツラツラと理由を述べた。
「私、こういう生活に憧れていたのよねぇ!
何にも縛られず、自由に暮らせる! それに、王家が立ち入り禁止に指定している場所なんて見てみたいでしょ?
何て言うか、好奇心が湧くって言うか〜!!」
そう言って目をキラキラさせる魔女に対し、俺は首を傾げて言った。
「……その言い方だとまるで、誰かに縛られていたような口ぶりだな?」
「!」
一瞬魔女は目を丸くし、俺を見る。
ただそれはほんの一瞬の出来事で、笑って誤魔化すように言った。
「まあ、話せば長くなるから、その話はまた気が向いたら話すわよ」
「何だそれは」
勝手に話しておいて自分に都合が悪いところははぐらかすのか、と白い目を向ける俺に対し、魔女は腕を組み言った。
「貴方、結構生意気ね?」
「それは、アンジェラに“薔薇姫の呪い”なんてふざけたものを渡す奴に、敬語を使う理由がないからだ」
その言葉に、魔女は立ち止まる。
俺も歩みを止め、ベルンハルトに忠告されていたのも無視して、怒りを露わにして口にした。
「……何故幼いアンジェラに、“薔薇姫のおまじない”なんてものを渡した」
「逆に尋ねるけれど、何故か分からないかしら?」
「!」
魔女は俺に一歩近付くと、俺の目を見て言った。
「あの時の彼女は、見ていて可哀想なくらい弱りきっていた。
母親という大切な存在を亡くして、不安だった彼女を見て、私は放って置くことが出来なかった」
「っ、もっと他に方法があったはずだ!」
俺の言葉に、彼女は怯むことなく静かに告げた。
「では、そう言う貴方はあの時、彼女の願いを聞いてあげた?」
「……!」
アンジェラの願い。
それは。
『この“おまじない”をすれば、一緒にいられるんだって! 薔薇姫が、騎士様とやっていたものらしいの!』
「……っ」
当時の彼女の言葉を思い出し、ぐっと拳を握り締める俺に対し、魔女は静かに言葉を紡ぐ。
「……彼女は、今度こそ誰も失いたくないと思っていた。 失うのが怖いと。
その強い思いが、私に届いたの。
もしあの時私が手を差し伸べなければ……、彼女はどうなっていたでしょうね」
魔女の言い分は、尤もだった。
俺はあの時、傷心していたアンジェラに何もしてやれなかった。
側にいることさえも叶わなかった。
彼女が心を閉ざしていると分かっていたのに、俺は……。
魔女は息を吐くと、諭すように口を開く。
「あの“おまじない”は、本当に薔薇姫と騎士がやっていたものよ。
それを実行するかどうかは、貴方次第だった。
……私は、貴方達二人はきちんと互いに向き合うべきだと思ったから、正しい手順を踏まなければ“おまじない”から“呪い”に変わってしまうあの紙を渡した。
それがなければ、貴方達はとっくにすれ違い別れていたでしょうね」
「だが、彼女は結果的に傷付いたんだぞ。
誰にも言えず、長い時間、一人で……っ」
俺は俯き、唇を噛み締めた。
魔女は「だからこそ」と俺の目を真っ直ぐに見て言った。
「こうして私が、貴方の目の前に現れたのよ。
このままでは、“呪い”を解けないだろうと思ったから。
……私は、貴方達なら自力で“呪い”を解くことが出来ると信じているわ」
「どうやって!」
俺の問いかけに、魔女はにっこりと笑って言う。
「それは、自分で考えなくてはダメよ」
「は……!?」
俺が思わず詰め寄ろうとしたところで、魔女は「と、言いたいところだけど」と手を叩いて言った。
「貴方のその彼女を想う気持ちは本物だと証明してもらえたから、特別にヒントを教えてあげるわ」
そこで魔女は言葉を切ると、俺の心臓に向けて人差し指を指す。
そして、口にした。
「彼女の“本当の願い”を見つけて、叶えてあげることよ」
「……アンジェラの、“本当の願い”?」
魔女は俺の言葉に頷いて言った。
「誰にも尋ねず、自分の胸に手を当ててよーく考えてみなさい。
ちなみに彼女自身は、その答えを見失ってしまっているから、貴方がそんな彼女の心を汲み取ってあげられるかどうかにかかっているわ。
……そしてそれは、貴方自身にしか叶えてあげられないことよ」
「っ、俺自身にしか、叶えられないこと……」
俺は胸に手を当て考えるが、彼女の“本当の願い”が分からない。
(ずっと一緒にいたいとか、俺の幸せを願っているとかはよく口にしていたが……、アンジェラ自身も見失っている“本当の願い”とは、また別にあるというのか?)
そう考え込む俺に対し、魔女は「あぁ、もう!」と苛立ったように言った。
「どうして男はそう鈍感なの!
言われなければ女の気持ちが分からないなんて!」
「いや、普通そういうものだろう……」
思わず考えを中断し、冷静に突っ込んでしまう俺に対し、魔女は「ほんっと面倒臭い!」と怒ったように口にし、はーっと呆れたようにため息を吐くと言った。
「良い? 女は好きな男の言葉に、一喜一憂しやすいタイプなの。
それに加えて、言葉だけではなく行動でも証明してほしいと思う生き物なの」
「はあ……」
「……貴方、真面目に聞いている?
これはアンジェラちゃんにも言えることなのよ?」
「そうなのか……?」
それはアンジェラに聞かなければ分からないのでは、と思う俺に対し、彼女はイラッとしたように言った。
「そうだと言ったらそうなの! アンジェラちゃんの気持ちは私には分かる。
……私と彼女は、似ているから」
そう口にした魔女の亜麻色の瞳が一瞬翳ったようにも見えたが、それよりも引っかかることがあって首を傾げた。
「……アンジェラと君が似ている?」
(こんなお転婆な魔女と?)
そんな俺の言葉にカチンと来たらしい。
魔女はイラッとしたように口にした。
「とにかく! 伝えるべきことは伝えたけれど、それでもピンと来てない鈍感男に最後のヒントをあげるわ」
「鈍感男……」
思わず反芻してしまう俺を無視するように、彼女は言った。
「最後のヒントは、『薔薇姫物語』をよーく読み込むこと!
……さて、ここまで私に言わせた騎士さんは、貴方の薔薇姫を助けてあげられるかしらね?」
「!」
そう彼女が口にした瞬間、ふわりと金色の風が巻き起こる。
俺の足元から光を放つその魔法は、時間だと言うように眩く照らし出す。
それがアンジェラが言っていた“一瞬で送り届けてもらっていた”という魔法だと気が付いた俺は、魔女に向かって自分に誓うように口を開いた。
「俺は、彼女を“本物の薔薇姫”にはさせない」
「! ……ふふっ、お手並み拝見ね」
そう魔女は口にし、パチンと指を鳴らすと……、俺は一瞬で明るく陽が照らし出す場所……眼前に鬱蒼とした森が広がる入り口まで戻っていたのだった。
一人森の中に残った魔女は、人知れず呟く。
「……今度こそ、あの悲劇を繰り返してはダメよ」




