解呪条件会議①*前半ヴィクトル視点
(ヴィクトル視点)
アンジェラがかかっている“薔薇姫の呪い”の存在は、クロードによって幼馴染間……ベルンハルト、アランに共有され、早速俺達四人は、城の応接室に集まっていた。
「“薔薇姫の呪い”か……」
そう呟いたベルンハルトの言葉に頷き、アンジェラから預かった魔法陣の描かれた紙を机の上に置いて言った。
「あぁ。 この紙には、“花弁が16枚となる16歳の誕生日までに、想い人と両想いにならなければ眠りにつくだろう”と書かれている」
「え、両想いが条件ならば、“呪い”が解けていない今、君達は両想いでないということになるけど?」
「それはない」
ベルンハルトの言葉を即座に否定すれば、ベルンハルトは苦笑いし、「そうだよね」と口にする。
対してクロードは、何処か不機嫌な顔をして口を開いた。
「考えられることとしては、両想いが前提であり、解呪条件は別にあるんだと思うよ」
「……ということは、古典的な方法で言うと、“キス”とかそういうことか?」
アランの言葉に、クロードが咽せる。
それを見ていたベルンハルトが隣に座るアランを軽く小突き言った。
「やめてあげて。 クロードが可哀想だ」
「兄上! っ、もう、知ってるよ!
手の速いヴィクトルが、キ……、く、口付けしてないわけないって!!」
キスという単語も言えないクロードに対してさすがに何も言えなくなり、ベルンハルトとアランの生温かい目と共にクロードを見やると、彼は顔を真っ赤にして怒ったように言った。
「あ〜もう! それよりも大事なのは、おまじないを“呪い”に変えた人物が誰なのか、調べて訪ねることでしょ!?」
クロードの言葉に、俺はハッとして「それなら」と口にした。
「アンジェラは何かを知っているようだった。
しかも、今年の星祭りの日にその人に会ったらしい」
「!? それを先に言ってよ!」
「す、すまない」
クロードの剣幕に思わず謝罪の言葉を口にすれば、彼は「全く」と腕組みをしてから言葉を続けた。
「でも、“何かを知っているようだった”ということは、アンジェラはやっぱりその人のことさえも口に出すことは出来ないんだね?」
「! あぁ」
俺が頷くと、クロードは顎に手を当て考え込んだ。
それを見て思う。
(……確かに、頭の切れるクロードに話して結果的に正解だったかもしれない。
俺だけでは今思えば限界があったのだから……)
そう心の底から思っている俺に、クロードは紙を指差して言った。
「後他に、その紙には何が描かれているんだっけ?」
「魔法陣と、俺とアンジェラの名前だ」
「! 魔法陣……?」
今度は黙って話を聞いていたベルンハルトがハッと目を見開いた。
そんなベルンハルトに向かって尋ねる。
「何か知っているのか?」
「いや……、“魔法陣”自体は聞いたことがないけれど、いわゆる“魔法”と呼ばれる術を使える“魔女”がいたというのは、父上から昔聞いたことがある気がする」
「! 魔女……!? それは空想上の世界だけではないのか?」
そう口にした俺に対し、クロードは首を横に振り、「いや、実際にいるらしいよ」と言って言葉を続ける。
「僕も父上から聞いたことがある。
幼い頃だけど……、でも、魔女については謎に包まれていて、何一つ分かっていないんだ。
彼女がどこに住んでいるか、年齢も、名前も全て。
辛うじて性別が分かるくらいだ」
クロードの言葉に、ベルンハルトも続く。
「そう、父上もその件については詳しくは教えてくれなかった。
その理由は、国王である父上は会ったことがないらしく、前国王である亡き祖父から聞いた話だと言っていた」
「前国王陛下……」
俺の呟きに、ベルンハルトは記憶を辿るようにして言う。
「……確か、祖父はその魔女と会ったことがあると言っていた。
なんでも、魔女は“誰かを探している”と言って城を訪れたらしいけれど……、それが誰かは分からない」
「誰かを探していた? ということはつまり、アンジェラ……ではないよな。
前国王陛下が崩御したのは二十年前、つまり俺達がまだ生まれるより前に、少なくともその人と会ったということになるのだから」
俺の言葉に、ベルンハルトは頷き言った。
「その話には続きがあって、探し人がいないと分かった魔女は、何も言わずに忽然と姿を消してしまったらしい。
それからは祖父も、父上も会ったことはないようだ」
「……だが、その線はあり得るかもしれない。
アンジェラに、何か職業が分かるか尋ねた時、“彼女”と口にしていた。
それに、“薔薇姫のおまじない”とやらを幼いアンジェラに差し出して、それが“呪い”になってしまっただなんていうふざけた真似は、不思議な力……それこそ、魔女でなければ出来ない芸当だろう」
俺の言葉に、ベルンハルトは慌てたように窘める。
「落ち着いて。 君の怒る気持ちも分かるけど、アンジェラの“呪い”を解いてもらうのに、そんな態度をして怒りを買ってしまったらそれこそ不味いよ」
ベルンハルトの言葉はもっともで、俺は気持ちをぶつけるようにギュッと拳を握り言った。
「……とりあえず、アンジェラは何かを知っているようだから、彼女に“おまじない”を渡した人物が魔女で合っているかどうか、尋ねてみよう」
その言葉に、ベルンハルトが賛同する。
「それなら私も行くよ。 お見舞いにも行きたいし」
その言葉に、クロードも口を開いた。
「僕も行……、いや、やっぱり良いや」
「!」
クロードの言葉を意外に感じ、驚く俺に向かって、彼は拗ねたように言った。
「皆で行って、アンジェラが気疲れしたら元も子もないでしょ。
……それに、僕は僕に出来ることをしないと」
「! クロード……」
俺が思わず名を呼べば、彼はベッと舌を出して言った。
「勘違いしないでよね! これは全部、アンジェラのためなんだから」
クロードの言葉に、俺は頷き言った。
「あぁ、そうだな。 俺も、俺に出来ることをしなければ」
クロードの言う通り、解呪条件が“両想い”だということは、それを前提にした“何か”を達成出来なければ、彼女の“呪い”は解けない。
だとしたら、俺がその鍵を握っているということになる。
(……今は、自分に出来ることを着実にやっていこう)
俺の脳裏にアンジェラの笑顔が浮かぶ。
その笑顔を絶やしたくない、願わくば、彼女の隣でその笑顔を守りたいと心から思うのだった。
(アンジェラ視点)
「アンジェラ、気分はどう?」
ベルンハルトの言葉に、私は笑みを浮かべて言った。
「ありがとう。 お陰様で元気よ」
私の言葉に、ヴィクトル様は近くにあったストールを肩にかけてくれながら言う。
「無理していないか?」
「本当に大丈夫! “呪い”について皆で共有してもらったからかしら、何だかあれから調子が良いのよ」
そう言って笑みを浮かべれば、彼はそれが嘘ではないと判断したらしく、ホッとしたように息を吐いた。
よく晴れた昼下がりの今日、ヴィクトル様と共にベルンハルトとアランが私の元を訪れてくれた。
久しぶりに会えて素直に嬉しく思っている私に、アランが「はい」と私に花束を渡して言った。
「これはベルンハルトと俺から、見舞いの品だ」
「! まあ、ありがとう」
ふわりと鼻を掠める甘い花の香りに、心が癒される気がして自然と笑みを溢す。
そんな私を、突然ヴィクトル様はヒョイッと横抱きにした。
「っ、ちょ、ヴィクトル!?」
ベルンとアランに見られてますけど!? と驚き慌てる私に向かって、彼は言う。
「身体に負担をかけるのは良くない」
「さ、さすがに移動出来るからっ!」
「俺が心配なんだ。 ……大人しくしていてくれ」
「っ!?!?」
最推しから弱々しく口にされてしまえば、素直に従うしかない。
決して、決して最推しにお姫様抱っこしてほしいからとかじゃないからね!?
(というか、身体に負担がかからないかわりに心臓に負担がかかりまくってますけど!?!?)
それは良いんでしょうか!? 最推し様!!!
と内心悲鳴を上げる私を見て、ベルンとアランは肩を竦めて言った。
「相変わらずだね、ヴィクトルは。 溺愛を通り越して過保護な気がするけど」
「全くだ。 この場にクロードがいなくてよかったな……」
そう言って苦笑いをする二人に、私は長椅子に下ろしてもらいながら尋ねる。
「そうだわ、今日はクロードがいないのね?」
「あぁ、クロードなら君の“呪い”を解きたいと、ずっと部屋に篭って調べているらしい」
「! そう、だったの……」
『やっぱり好きな子から“ありがとう”って言われるのが一番嬉しい』
(……クロードがまさか、そこまで私を想ってくれているとは思わなかった)
昔から、私に良く懐いてくれている子だとは思っていた。
だけど、ゲーム中のアンジェラとは仲が良かったような描写は見られなかったし、それよりもエリナに興味を示していたから、私のことを慕ってくれているのが不思議なくらいだ。
(……これも、私が転生した影響によるもの、なのかしら)
そう考え、私は向かいに座るベルンとアランに向かって口を開く。
「くれぐれも、クロードによろしく伝えておいて。
気持ちはとても嬉しいけれど、無理はしないでって」
「分かった、伝えておくよ」
「ありがとう」
ベルンの言葉にお礼を言うと、ヴィクトル様が切り出す。
「本題に入るが、アンジェラは“呪い”については説明出来ない上、具合が悪くなってしまう。
そこで、今からアンジェラの話を元に推測したことを話すから、合っていたら何も反応しなくて良い。
代わりに、違っている場合だけ、首を横に振ってほしい」
ヴィクトル様の言葉から、“呪い”について説明することが出来ない私への配慮が伝わってきて。
それに心から感謝しながら頷くと、ヴィクトル様は口を開いたのだった。




