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夢にも思わなかった展開ですが!?

「ヴィクトル様。 私との婚約を破棄致しましょう」

「……!」


 ヴィクトル様の空色の瞳が大きく見開かれる。

 その姿は記憶の中にもあまりない表情で。 彼がそこまで衝撃を受けるとは思わず口を開いた。


「元はと言えば、この婚約を申し込んだのは()()()だった。

 それも、私が仲の良い親同士の前で勝手に宣言してしまったこと。

 貴方の意見を聞いたことはなく、全て私の一存だったわ。

 ……だから、今度は貴方の意見を尊重したい」


 私はそう言葉を切ると……、核心をつく言葉を口にした。


「貴方、好きな方がいるでしょう?」

「!!」


 その表情は、全てを物語っていた。


(分かっていたことだわ。 そのお相手が私ではなく、“あの方”であることだって)


 私は微笑み言った。


「今まで沢山迷惑をかけたしまったんだもの、これからは貴方の恋を応援するわ。

 もう貴方に、“他の女性と話すな”なんて言わない。

 これで貴方は、自由になれるわ」

「……」


 私の言葉に、彼は何も言わなかった。

 少し間を置いた後、ようやく彼の口から紡がれた言葉は。


「……君は、何を考えている」

「!」


 その怒りを含んだ口調に、私はビクリと肩を震わせる。

 彼はその怒りを露わにして怒鳴った。


「君の考えていることが分からない!

 散々俺や周りを振り回しておいて、今更俺の元から離れてなかったことにするというのか!?

 君が俺のことを好きだと言っていたのはその程度のものだったのか?」


 思ってもみない言葉に、今度は私が驚く番で。

 私は慌ててその言葉に対して返事をする。


「そ、そんなことはないわ! 今でも貴方のことは、その、す、好きよ。

 けれど、“恋”というよりは、貴方の幸せを心から願う気持ちの方が強くて……、私といると、間違いなく貴方は不幸になってしまうから」


 そう言っている間に、不意にあのスチルと彼の顔が重なる。

 アンジェラが亡くなった時に見せた、あの表情と……。


「……そんなこと、誰が決めた?」

「え……」


 ヴィクトル様の言葉に思わず顔を上げると、彼は真っ直ぐと私を見て言った。


「確かに、今まで君がしてきた行動の数々は誉められたものではない。

 だからといって、責任を取って俺の元を去るというのも、まるで自分だけ全てを忘れ去ろうとしているようで反省が見られない」

「で、では、私はどうすれば良いの?」

「俺の側にいろ」

「……!?」


 私が目を丸くしたことにハッとしたのか、彼は慌てたように付け足した。


「そして、俺や周りにも反省している態度を見せて、君の言葉が本心であることを証明すれば良い。

 ……俺も、そんな君を見て、君といることで本当に不幸になるかどうか判断するから」

「……えーっと、それはつまり、私は貴方の……、ヴィクトル様の婚約者でいて良い、ということ?」

「あぁ」


 その言葉に、私は思わず俯く。

 その態度を不思議に思ったのか、彼は私に向かって呼びかけた。


「アンジェラ?」

「っ、はい!?」


 美声に名前を呼ばれて顔を上げて……、後悔した。


「どうしてそんなことで照れているんだ」

「ま、まさかヴィクトル様の婚約者のままでいられるとは思わなくて……」

「待て、本当に大丈夫なのか? それに、ヴィクトル“様”だなんて……、まるで別人じゃないか」


(それは今までが馴れ馴れしくしすぎただけなんですー!)


 ゲームの中盤で前世の記憶を取り戻した悪役令嬢である(アンジェラ)、婚約者が最推し(ヴィクトル様)という心臓を試される展開から、推し活しながらの婚約者生活再開(リスタート)です……!







(……はぁあああ! 可愛いっ! まさに特等席、いえ神席よぉおおお!)


「アンジェラ様?」


 白くふわりとウェーブした髪に、桃色の大きな瞳が戸惑ったように揺れる。

 鈴の音を転がすようなその声は、乙女ゲームの中では当てられなかった声だ。

 私は興奮のあまり叫び出したい衝動を何とか紅茶で流し込み、口を開いた。


「本日はお越し下さってありがとう、エリナ様」

「いえ、そんな! こちらこそ、お招き頂きありがとうございます、アンジェラ様」


(あぁっ、これが生の……、生きているエリナのお声なのね!

 想像で脳内再生していたよりも何倍……、いえ、何万倍も尊いわっ!!)


 おっと、私としたことが。

 感動のあまりつい取り乱してしまいましたわ。

 そんな冗談、いえ、そうではないけれどもさておき。


 私は今、“きみバラ”のヒロインであり、私・アンジェラが目の敵にしていた天使・エリナ様を招いてお茶会を開いたところだ。

 そして、そんな私とエリナ様の間には……。


「……」


(うっ! 今日も相変わらず眩しくて目の保養、その瞳で見つめられたら寿命が縮みそうで伸びそうな我が最推しがいる……っ!)


 乙女ゲームには勿論、こんな神展開はない。

 ヒロイン・エリナ様とその攻略対象であるヴィクトル様のツーショットを、神席で合法的に見られる幸せっ……!

 そんなヴィクトル様の視線が先程から突き刺さってきますので、話を進めさせて頂きます、はい。


「エリナ様」

「! は、はい」


 私の言葉に、エリナ様は少し緊張した面持ちで姿勢を正す。


(これはあれよね、私が“侯爵”令嬢で、彼女が“伯爵”令嬢であることを、他ならない私が身を弁えろ、だなんて偉そうに言ってしまった結果よね……)


 過去の自分の行いを心底反省しつつ、私は頭を下げた。


「ごめんなさい」

「……え!? あ、え、な、何がですか?」


 全く心当たりがないというふうに慌て、顔を青褪めさせるエリナ様を見て、私は声のトーンを落として言った。


「今までのこと。 貴女に向かって偉そうに口出ししてしまったことや、ドレスを汚してしまったこと、後は……」


 ヴィクトル様の前で『ヴィクトル様に近寄らないで』発言はさすがに気が引けて、言葉に詰まる私に対し、エリナ様は左右に首を振った。


「いえ、アンジェラ様がお謝りになることではありません。

 現に、アンジェラ様にご助言を頂いたお陰で、私も安心して社交の場に立てているのですから」

「……!」


(な、何て良い子なの……っ!)


 明らかに私のキッツイ言い方が完全に悪だけれど、それを謝罪一つで許してくれる心の清らかさ! マジ天使だと思うと同時に、悪い男に引っかからないか心配だわ!と、完全に保護者目線に立つ私に、彼女はさらに言葉を続ける。


「それに、ドレスを汚してしまったからと言って、すぐにアンジェラ様から見たことのないような素敵なドレスに着替えさせて頂いただけでなく、そのまま頂いてしまって……、おこがましいですが、まるで本物のお姫様になったよう気持ちでした……」

「! あのドレス……、そうだったのか?」


 ヴィクトル様の言葉に、私は思わず苦笑し頷いた。


(実はそうなのよね。 乙女ゲーム中では描かれていなかったけれど、アンジェラは“悪役”になりきれなかった。

 エリナが汚れたドレスを見て無理して笑う痛々しいその姿に罪悪感を感じて、予備で持ってきていたドレスを私には似合わないからあげると突っぱねて渡したのよね)


 ゲーム中では、そのドレスを着たエリナの姿を見た攻略対象が、更に好感度を上げるという展開しか描かれていないけれど。

 アンジェラとして生きている今なら、彼女の行動の裏側が見えて、少し同情してしまうのよね。

 まあ、結局は自分なのだけれど。


「だから、本当だったらお礼を言わなければいけないのは私の方なのです。

 ありがとうございました」

「え"!?」


 まさかこんな展開になるとは思わず、私は素っ頓狂な声をあげてしまう。

 だけど我に帰り、慌てて言った。


「あ、頭をお上げになって! 私のしたことは決して誉められたものではないのよ。

 だから、もし他に私に出来ることがあったら仰って」

「……アンジェラ様に、お願いしてもよろしいのですか?」

「えぇ」


 首を傾げる姿も全てが絵になる彼女に向かって頷くと、エリナ様は「それでは」と少し頬を赤らめて言った。


「私と、お友達になって頂けませんか?」

「っ、喜んで!」

「「え?」」


 私の反応に、エリナ様とヴィクトル様までもが驚きの声を上げる。


(いけない、完全に前世の自分(オタク)が出たっ!)


「い、いえ、こちらこそ宜しくお願い致しますわ」


 その瞬間。 パァッとエリナ様の周りにバラが咲き誇って見えるような笑みを向けられた。


(っ、か、かわ……っ!)


 完全に前世の自分(オタク)が語彙力を消失した瞬間だった。

 そしてまた、真の意味で合法的に推し活する権利を得ることが出来た瞬間でもあったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは語彙力が死ぬやつ…推し×推しで息が止まるぅう!!ってやつですねこわ…生きてる??
[良い点] 第一話は、案内で見るのはあとにしてますが、いまのところ、幸せそうで楽しく読んでます。 [気になる点] 助かって、みんなが幸せになるといいな。
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