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見つからない“呪い”を解く術*後半ヴィクトル視点

「駄目だ、全然見つからない……」


 クロードの元を訪れた日から、更に一週間が経った。

 私は一日の大半を部屋で過ごすようになっていた。

 理由は……。


(っ、“呪い”が着実に進行している……)


 ふとした瞬間に、眠りにつくことは当たり前のように起きる上、いつも決まって“夢”を見るようになり、眠りの質も低下して疲労だけが溜まる一方なのだ。


(それでも、起きている間はせめて“呪い”を解くヒントを見つけなければいけない)


 そうでなければ、彼……、ヴィクトル様が頑張ってくれている意味がなくなってしまう。


(彼一人に、“呪い”を解く術を探し出してもらうわけにはいかない)


 ただでさえ、多忙な中合間を縫って私の“呪い”を解くために奔走してくれている彼に、これ以上負担をかけたくないのだ。

 だから、私達はそれぞれ役割分担を行った。

 私は『薔薇姫物語』を、ヴィクトル様は『薔薇姫伝説』を読み込むこと。


(本当だったら、『薔薇姫伝説』も私が読むべきなんだけれど……)


 『薔薇姫伝説』の本は、保存状態が悪く、歴史的価値が高いために城から持ち出すわけにはいかない。

 それに、私のこの体力では、城へ赴くのも限界があると考えたのだ。


(だから、私はせめてこの『薔薇姫物語』をきちんと読み込んで、何としても答えを見つけ出さなければ)


 私の、“本当の願い”を。

 そう考えながら、ページを捲る音だけが静かな部屋の中で響く。


(ここが丁度、『薔薇姫伝説』と『薔薇姫物語』のエンドを分ける大事なシーンよね)


 薔薇姫に、騎士が戦場へ赴くことを伝えるシーン―――




「俺も、戦場へ向かいます」

「どうして……?」


 薔薇姫は力なく立ち上がり、騎士に近寄って口を開きました。


「あなたは私をずっと守ってくれると約束したじゃない!

 私を守る立場のあなたなら、戦いに行く必要はないはず。

 それなのに、どうして」

「これも、あなたを守るためです」

「待って!」


 騎士は薔薇姫の止める声に振り返ることなく行ってしまうのでした。

 その時、薔薇姫は思ったのです。


(行かないで)


 私を守らなくて良い、私のためを思ってくれるのならば、ただ側にいてくれればそれでよかったのに、と―――






「……薔薇姫の気持ちは、私にもよく分かる」


 私を守らなくて良い。

 彼を危険な目に遭わせたくない。

 ただずっと、側にいてほしいと願ってしまう。


(だから薔薇姫は、戦地へ赴こうとする騎士を止めようとした)


 だけど、そんな薔薇姫の静止の声を振り切ってまで戦地へ赴いた騎士にも、赴かなければならない理由があったのだと、今なら分かる。


(薔薇姫が王族なのに対し、騎士は姫付きの護衛に過ぎなかった。

 相思相愛でも、許されざる身分違いの恋なのには変わりない。

 だから騎士は、戦場に立ち、武勲を立てようと考えた)


 薔薇姫もそれをよく分かっていた。

 けれど、それでも一緒にいることを彼女は心から望んでいた。


(だから、『薔薇姫伝説』の中では、騎士の訃報を聞いた時、騎士と一緒にいる未来が絶たれたことに絶望して、そのショックで亡くなってしまったんだわ……)


 そう考えると、この『薔薇姫物語』の著者は、やはりクロードの言う通り、薔薇姫本人ではないかと思う。


(でなければ、こんなに薔薇姫の気持ちを表現することが出来ないのではないかしら……)


 私は、『薔薇姫物語』最後のページを開く。

 そこに描かれている薔薇姫と騎士が一本の薔薇を手に微笑み合っている挿絵(ハッピーエンド)から、目が離せなくなってしまうのだった。







(ヴィクトル視点)


「……っ、くそっ」


『薔薇姫伝説』を前に、俺は拳を握り膝の上に振り下ろした。


(どこにも、“呪い”に纏わるヒントがない……っ)


 時は一刻を争うことなのに、彼女を……、アンジェラを助けられない自分の不甲斐なさに、焦りや苛立ちが募る。


(本当に、“おまじない”なんていうものを薔薇姫と騎士は実行したのか?

 そんなもの、どこにも記述がない)


 俺は、ポケットから“薔薇姫の呪い”の紙を取り出し、それを見つめる。

 そこには魔法陣と、俺とアンジェラの名前が書き込まれている。

 そして、幼い頃のアンジェラがこの紙を見せた時に口にした言葉を思い出す。


「『ずっと一緒にいられるおまじない』か……」


 当時の彼女は、不安だったんだ。

 母親を突然亡くししてしまったショックで、自分の周りから大切な人がいなくなってしまうことを、誰よりも恐れていた。


「だから、“おまじない”に頼ったのだとしたら……」


 俺が“繰り返し言い続けたずっと一緒にいる”という言葉だけでは、その不安を完全には拭い去ってあげられなかったのだ。


「っ、馬鹿だ、俺は……」


 そう呟いたその時。


「何、これ?」

「!」


 不意に、ヒョイッと持っていた紙を取り上げられる。

 その人物は言わずもがな、『薔薇姫伝説』の持ち主であるクロードで。

 クロードはそれを見て首を傾げた。


「何も書いていないのに、何でこんなものを持っているの? しかも、結構古びているし」

「!」


 その言葉に、俺はハッとする。


(そうか、やはり俺とアンジェラ以外には、“薔薇姫の呪い”は見えない)


 彼女はそうやって、誰にも伝えることが出来ず、一人でずっと抱え込んでいたんだ……。


 そう思うと胸が締め付けられる。

 そんな俺に対し、クロードは尋ねた。


「で、どうしてこんなものを?」

「返せ」

「……」


 クロードは、俺の言葉に怪訝な顔をする。

 そして、その紙を手に口を開いた。


「返してほしければ、教えてほしいことがある」

「……何?」


 クロードの言葉に怒りをぶつけてみるが、クロードはそれに臆することなく真っ直ぐと俺を見て尋ねた。


「君とアンジェラ、僕に何か隠していることはない?」

「!」


 その言葉に、思わず目を見張る。

 それにクロードは気が付いたらしく、彼は「やっぱり」と腕を組み言った。


「おかしいと思っていたんだ。

 急にアンジェラが、図書館で『薔薇姫物語』を調べ始めたことも、原作である『薔薇姫伝説』を見せてほしいと言ってきたことも。

 最初はアンジェラが『薔薇姫物語』を好きだからだと思っていたけれど、その割に必死すぎると思ったんだ。

 それに、最近になって急に君も、こうして手伝うようになっているし」

「……!」


 全てバレている。


(さすがはクロード、というところか)


 そんな俺に対し、彼は俺との距離を一歩詰めると言葉を続けた。


「で、教えてくれるよね?

 君がそんな顔をしてまで必死に『薔薇姫伝説』を調べている理由。

 ……アンジェラが体調を崩していることと、何か関係があるんだろう?」

「……」


 俺が黙り込んだのを見て、クロードは苛立ちを隠すことなく、その紙を机の上に置き、俺の目の前までやってきて……、俺の胸倉を掴み、地を這うような声音で口にした。


「何故何も言わない?」

「アンジェラから、口止めされているからだ」


 その言葉に、クロードは目を丸くし……、力無く口にした。


「どうして……」


 そう言葉を切ると、今度は胸倉を掴んだ手に力を込めて言った。


「どうして君とアンジェラは、そうやっていつも、誰にも頼ろうとしないんだ……っ」

「……クロード」

「っ、僕は! 僕達は、幼馴染じゃないのか!?」


 そう言ったクロードの瞳には、涙が滲み、俺の胸倉を掴んだ手は小刻みに震えていて。

 俺は、クロードの心情を察して何も言えなくなってしまうのだった。

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