カ、カップルみたい!?※カップルです
「アンジェラ、辛くないか?」
ヴィクトル様の心配そうな表情に、笑みを浮かべて言う。
「大丈夫よ、ありがとう」
その言葉に、彼は尚も心配げな表情をして私に膝掛けをかけてくれた。
ヴィクトル様にお話をしてから三日後、何とか起き上がれた私は、彼と共に城へと向かっていた。
理由はもちろん、“薔薇姫の呪い”を解くヒントを探すためだ。
(今日の目的は、クロードに『薔薇姫伝説』を見せてもらって、それと『薔薇姫物語』を照らし合わせてみようということになったのよね)
私が寝込んでいる間に、ヴィクトル様はどうしたら“呪い”を解けるのか、手当たり次第調べてくれたからこその発案だった。
(彼は優しい。 申し訳なるくらいだけれど……、でも、前世から推している彼が今世では好きな人、それも婚約者である私は、本当に幸せ者だわ)
そう噛み締めている私とは裏腹に、彼は弱々しい声音で言った。
「すまない。 アンジェラ」
「! どうして?」
そう尋ねたのに対し、彼は私の手を握り言った。
「……もう少し早く、気が付いてあげられれば良かった。
『薔薇姫物語』や『薔薇姫伝説』を急に調べ出したのも、全て“呪い”のせいだったんだろう? それなのに、俺は、っ!?」
その続きを言うのを阻止するように、私は彼の両頬を押さえる。
驚き見開かれるスカイブルーの瞳に向かって、私は言った。
「ヴィクトル、今後私の“呪い”に関しての後ろ向き発言は禁止!
私は前を向くと決めたんだもの、貴方も同じ気持ちでいてほしい。
必ず、“呪い”を解くんだって」
“呪い”という単語を出さずにそう口にして笑う私に対し、彼は困ったように笑った。
「……君は、強いな」
その言葉に、私は微笑みを浮かべて言う。
「貴方の目にそう映っているのだとしたら、それは貴方のお陰よ。
言ったでしょう? 私は誰にも“呪い”については分かってもらえないのだと思っていた。
それを貴方が気付いてくれたの。
さすが、私の“騎士様”ね」
(そして、私の前世からの最推し!!)
そう心の中で叫び笑みを浮かべると、ヴィクトル様は小さく笑って言った。
「それなら俺は、『薔薇姫伝説』ではなく『薔薇姫物語』のように、必ず“呪い”を解いてハッピーエンドに導く」
「……! えぇ!」
そう言って二人で微笑み合うと、「でも」と私は強い口調で言った。
「ヴィクトル、私より酷い顔をしているわ。
寝ていないのでしょう?」
そう言って彼の目元にできている隈をそっとなぞると、彼は首を横に振り、優しく笑って言った。
「こんなのは、君に比べたら大したことじゃない。
それよりも、君の“呪い”を一刻も早く解かなければ」
「ヴィクトル」
私はそんな彼に向かって、心を鬼にして強い口調で言った。
「その気持ちは嬉しいけれど、私のために無理をしてほしくない。
……私だって、心配しているのよ?
忙しい貴方に、これ以上負担をかけたくないの。
だから、睡眠はきちんと取って、ね?」
私が念を押すようにじっと彼の顔を見つめると、ヴィクトル様は「分かった」と頷く。
私は「それなら」と妥協案を思いつき口を開いた。
「私の肩を貸すから、少しでも眠ったらどうかしら?」
我ながら良い提案!と思った私に対し、ヴィクトル様は少し考えてから言う。
「いや、それだと折角君と一緒にいるのに話せなくなってしまうから嫌だ」
「!?」
な、な……!
(聞きましたか、皆さん! これがクーデレキャラと言われていた彼の本当の姿ですよ!!
さらっと溺愛発言をした挙句この顔で! 子犬みたいな表情で言うのって反則じゃないですかぁあああ!?)
一体私をどうしたいんじゃぁあああい!と叫び倒し石化する私に対し、ヴィクトル様は「あ」と何かを閃いたように言葉を続けた。
「それなら、こうすれば良いのか」
「へ……っ!?!?!?」
突如思考停止していた私の視界から彼が消える。
その代わりに膝に重みを感じ、下を向けば……。
「!?!?!?」
何と、最推しが私を膝の上から見上げている!?
(こっ、これは世に言う、カップルで行うところのあれ……、ひ、膝枕ですかっ!?)
一気に顔に熱が集中する私に対し、彼はふはっと幸せそうに笑って言った。
「君にこうしてもらうのも、そういう表情を見られるのも、全て俺だけの特権だ」
「っ!?!? ヴィ、ヴィクトルのバカっ……!!」
最推しが私を萌え殺しにきてるぅぅぅうううとオタク魂が叫び、アンジェラとしての私がギュン死にしそうになっている私を見て、彼はクスクスと満足げに笑い、そっと瞼を閉じる。
その姿を見て、心から思う。
(やっぱり、好きだなぁ……)
こうして推し活をしながら彼の側にいることが、本当に幸せで、心地が良くて。
(どうしたって、この幸せがいつまでも続いてほしいと願ってしまう)
そのためには、“呪い”を解かなければいけない。
(私の“本当の願い”とは、一体何なんだろう……?)
そう自問自答しながら、彼の銀色のさらりとした髪をそっと撫でてみたのだった。
「“呪い”に関する重要な手がかりはなし、か……」
『薔薇姫物語』を手に、ヴィクトル様はそう言って本を閉じ、天を仰ぐ。
私も疲労を感じ、ソファの背もたれに寄りかかって口にした。
「『薔薇姫伝説』と『薔薇姫物語』は、確かに書き方が全く違うけれど、それが“呪い”に関係しているかまでは分からないわ……」
比べてみて分かったことは、『薔薇姫伝説』は第三者が記したような会話が主体なのに対して、『薔薇姫物語』は薔薇姫の心情描写が多く見受けられる。
(つまり、『薔薇姫物語』の方が、より姫の立ち位置に近い描写が多いのよね)
以前は、『薔薇姫伝説』の方が会話文が仔細に描かれているが故に、薔薇姫について詳細に知ることが出来ると思っていた。
けれど、こうして比べてみると、『薔薇姫物語』の方が薔薇姫の感情描写が多く見受けられる。
まるで、薔薇姫本人が書いたような、そんな錯覚に陥ってしまうほどに……。
「どう? 調べ事は順調?」
「!」
その声に驚き顔を上げれば、クロードがティーセットを持って立っていて。
私は慌てて立ち上がり彼の元に寄る。
「ク、クロード、ごめんなさい、気を遣わせてしまって……」
「あぁ、良いから良いから、座っていて。
まだ本調子じゃないんでしょう?」
クロードの言葉に、私が怯んでいる間に彼は『薔薇姫伝説』を片付け、ティーセットを机の上に並べて言う。
「疲れただろうから、休憩にと思って持ってきたんだ」
「ありがとう、クロード」
彼は笑うと、私とヴィクトル様の向かいの席に座る。
そして、クッキーを手に取り口を開いた。
「それで、何か発見はあった?」
そう尋ねてくれるクロードにも、“呪い”については一切説明していない。
だから、彼は完全に私を“『薔薇姫物語』に興味がある”と思っている。
そんな彼に向かって言葉を選びながら尋ねた。
「『薔薇姫物語』は、『薔薇姫伝説』より心情描写が多いわよね。
まるで、薔薇姫が本当に語っているような、そんな感覚になるわ」
そう口にした瞬間、クロードの目が光り、生き生きとしたように語り出した。
「さすがアンジェラ! 良い着眼点だね!!
そこが学者の間でも議論されているところなんだ……!」
私の言葉で彼の中の学者魂に火がついてしまったらしい。
(わぁ、完全に前世オタクの私と一緒だあ……)
と圧倒されながら、彼の説明を聞く。
「『薔薇姫物語』は作者不明、著作年も不明だけど、『薔薇姫伝説』より後に作られているということは、保存状況からも見てとれる。
しかし、君の言ったように『薔薇姫物語』は薔薇姫の心情描写が度々載っている。
そのことから、『薔薇姫伝説』を読んだ薔薇姫が、実際に書いたのではないかと言われているんだ」
「でも、それでは時系列が合わないわ。
『薔薇姫伝説』は、薔薇姫の最期まで描かれている。 つまり、後から作られた『薔薇姫物語』の時点では、薔薇姫は既に亡くなっているはずでは?」
私の言葉に、クロードは「そこがポイントだ」と人差し指を立てて楽しそうに笑って言った。
「逆に、こうとも考えられる。
……薔薇姫は、本当は生きていた、とも」
「……!」
クロードの言葉に思わずハッと息を呑んだ私に対し、隣にいたヴィクトル様が口を挟む。
「それはないだろう。 そんなことがあったら、『薔薇姫伝説』自体が事実でない架空の伝説ということになってしまうではないか。
それこそ、『薔薇姫伝説』が史実に基づいたものだという学者達の見解は、全て覆されることになる」
「……チッ」
「!?」
(今、クロード舌打ちしなかった!?)
クロードはヴィクトル様に向かって口を開く。
「そこにロマンがあるというのが分からない?
ありとあらゆる可能性について議論し、結論へ導くのが学者の仕事だ」
「俺は確かな情報が欲しい。 ……それ以外は、今は必要ない」
「……!」
そうクロードに向かって真剣な表情でヴィクトル様に対し、私はハッと息を呑む。
(ヴィクトル様は、私の“呪い”のことを思って言ってくれているんだわ)
その考えに至った私に対し、クロードは怪訝な顔をして何かを呟いた。
「……何で『薔薇姫物語』にそこまで固執するの?」
「? クロード?」
クロードが呟いた言葉が上手く聞き取れず、聞き返す私に対し、彼は笑みを浮かべ「何でもないよ」と口にしたのだった。




