予期せぬ推し活の中断
「また性懲りも無くイチャついているんですか」
そうルイが声をかけてきたのに対し、ヴィクトル様は黒い笑みを浮かべて言う。
「男の嫉妬ほど醜いものはないぞ、ルイ」
「所構わずイチャつくなんて、いくら両思いでも俺には出来ませんね」
「あ?」
そんないつも通り(?)の二人を見て、オロオロしているエリナ様に、私は声をかける。
「エリナ様、ごきげんよう」
「えっ、あ……」
エリナ様は私が二人を止めないことに驚いたのだろう。
私は笑って言った。
「気にしなくて良いわ。 大丈夫、その内収まるから」
「そ……、そうですね! 改めましてごきげんよう、アンジェラ様」
気を取り直したようにふわりと笑みを浮かべるエリナ様の姿に、私は心の中で発狂する。
(あ〜〜〜今日もすんごく可愛いっ!)
今日のエリナ様のドレスは、彼女の瞳と同じ桃色の地に、バラをモチーフにした飾りが付いている。
(以前彼女が私のことを“薔薇姫みたい”と仰っていたけれど、悪役令嬢の私より断然エリナ様の方がお姫様っぽいわ!)
私はそう思い、笑みを浮かべて言う。
「そのドレス、素敵ね。 良く似合っているわ」
「あ……、ありがとう、ございます」
そう言って嬉しそうに頬を染める彼女の姿に、本当に可愛いで語彙が埋め尽くされていると、エリナ様は「実は」と私に近寄り、声を顰めて言った。
「このドレス、ルイに選んで頂いたんです」
「まあ! そうなの!?」
驚く私に、エリナ様は小さく頷く。
そんな姿を見て、自然と笑みが溢れる。
(そっか、やっぱりエリナ様は……)
そう確信した私の耳に、主催者であるベルンが何かを呼びかけている。
周りが騒がしくて上手く聞き取れなかった私に対し、ヴィクトル様は聞き取ったようで口を開いた。
「これから茶会を始めるようだ。 行こう、アンジェラ」
「えぇ。 ……っ!?」
そう頷き、差し伸べられた手を取ろうとして……、不意に頭がズキンと割れるように痛くなる。
それと共に、“バラの印”にも痛みが走った。
そのあまりの痛さに、一瞬呼吸が出来なくなる。
そんな私の異変に気が付き、ヴィクトル様は私を支えて焦ったように言った。
「大丈夫か!? アンジェラ!」
「っ……」
痛みはなくなったものの、鼓動が速さを増す。
それと共に、嫌な胸騒ぎが頭を過った。
ヴィクトルの声を聞いたのだろう、周囲が何事かと騒ぎが大きくなっていくのが分かり、私は「大丈夫」と言おうとしたが、言葉が出てこなくて。
(っ、何で、こんな時に……っ)
「アンジェラ!? 大丈夫!?」
騒ぎを聞きつけたであろうクロードが、私の元へやってくる。
(まずい、騒ぎを大きくするわけにはいかない)
私はそう思い、零れ落ちる汗を感じながらも何とか力を振り絞ろうと足に力を入れる。
「だ、大丈夫よ、平気」
「大丈夫じゃないだろう……!」
ヴィクトル様の瞳が不安げに揺れる。
(あぁ、そんな顔をさせるなんて、ファン失格ね)
そんなことを考えるけれど、どんどん身体は重くなるばかりで。
そんな私を、ヴィクトル様の力強い腕が私の身体を支え、ふわりと持ち上げられる。
そこでハッとした。
(っ、違う、私なんかのことより、エリナ様!
分からないけど、この胸騒ぎは私ではなくエリナ様の方よ……っ!)
私は何とか声に出そうと、薄れゆく意識の中でありったけの力を振り絞って言った。
「っ、ヴィクトル、様、私、より、エリナ様……っ」
その言葉に、ヴィクトル様は足を止め、こちらを見て眉間に皺を寄せる。
「エリナ嬢? 彼女なら大丈夫だ。 それよりもまずは自分のことを」
「っ、違う、何か、嫌な、予感がするの……っ、お願い、エリナ様から、目を」
離さないで。
その続きを声にすることは出来なかった。
私の視界に広がるヴィクトル様の顔が今にも泣き出しそうに歪み、必死に私の名を呼ぶ。
(ヴィクトル様、そんな顔をさせてしまって、ごめんなさい)
そう心の中で謝罪の言葉を述べたのを最後に、意識が闇に飲み込まれたのだった。
―――真っ暗な世界の中で、私は一人佇む。
(また、この夢……)
それに加え、今は夢の中にいるはずなのに、胸元の“バラの印”が焼けるように熱い。
(っ、苦しい……)
辛い、寂しい、悲しい。
そんな黒い感情が、私の心を支配する。
心細くて、しんどくて。
訳も分からず目からは涙が零れ落ちる。
(助けて……)
ヴィクトル様。
声にならない声でそう口にした私の耳に、私の名を呼ぶ大好きな声が聞こえた気がした……―――
「……ラ、アンジェラ!」
「……っ」
私の名を呼ぶ声に導かれて目を開ければ、視界に映ったのは意識を失う前と同じ表情を浮かべるヴィクトル様で。
私はそんな彼に向かって手を伸ばすと、彼がその手を握ってくれる。
「……ごめんなさい、心配をかけて」
そんな私に向かって、彼は首を横に振り弱々しく口を開く。
「いや……、君が無事なら、良かった」
その声に微笑み、私はハッと瞳を見開いた。
「そうだわ、エリナ様! ガーデンパーティーはどうなっているの!?」
「エリナ嬢なら、ルイが付いているから心配はいらない。 ガーデンパーティーはまだ続いている」
「私、どれくらい眠っていたかしら?」
「丁度一時間だ。 ガーデンパーティーが終わるまでここに居て良いとベルンハルトから許可を得ているから、ゆっくり休め。
俺も側にいるから」
ヴィクトル様の優しい声音にキュンとしながらも、私は上半身を起こして言った。
「……いえ、やっぱり戻るわ」
「どうしてだ!」
「!」
ヴィクトル様の強い口調に、私は思わずビクリと肩を揺らしてしまう。
彼はハッとしたように目を見開いたけれど、私の背中を支えて諭すように口にした。
「どうして君は、人のことばかりなんだ。
頼むから、自分を大切にしてくれ」
「……っ」
その声音に、彼が心から私を心配してくれているのが伝わって来て。
そんなヴィクトル様から目を離せずにいる私の手を取ると、彼は私の瞳をじっと見つめ言葉を続けた。
「心配なんだ、君のことが。
……目を離したら、君が、俺の目の前からいなくなってしまう気がして」
「……!」
その言葉に、今度こそ心臓が止まってしまうかと思うほど、強い衝撃を覚える。
それは、まるで。
(っ、ヴィクトル様、もしかして……)
私が目を見開き、震える声で尋ねようとしたその時。
ドタドタと廊下の方から足音が聞こえ、騒がしくなる。
ヴィクトル様は私から手を離し、庇うように立ち上がったその時、ノックなしに扉が開く。
そこにいたのは、金色の髪を乱し息を切らしたクロードの姿で。
そんな彼のただごとでない様子に、部屋の中に緊張が走る。
ヴィクトル様はそんな彼に向かって尋ねた。
「クロード、何があった」
「っ、エリナ嬢が……っ、エリナ嬢が毒を盛られて倒れたっ!」
「「……!?」」
(っ、エリナ様……!!!)
「アンジェラ!?」
私は気が付けば、ベッドから飛び出し、走り出していたのだった。




