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元悪役令嬢の推し活は大変です!?

(う……)


 ガタゴトと揺れる馬車の中で、私はいつになく緊張していた。

 それは。


「……っ、ヴィクトル、そんなに見つめないで!」


 そう、今日は隣に座っているヴィクトル様からの熱い視線を一身に受けているからだ!!

 最推しをこちらから見つめることはあっても、見つめられることには全く慣れていない私は、その近さに顔を上げられずに抗議すると、彼は私の手を握り私の耳に顔を近付けて言った。


「君が綺麗すぎるのが悪い」

「っ!?!?」


 その言葉の破壊力に、私は思わず耳を押さえ、バッと効果音でもつきそうなほどの速さで顔を上げれば、彼は嬉しそうに破顔した。


「やっとこちらを向いてくれた」

「……っ!!!」


(や、やっぱり最推しは魔性の女ならぬ魔性の(推し)だぁぁぁあああ!!)



 今日は、ベルンハルト主催のガーデンパーティー当日。

 約束通りヴィクトル様から頂いたドレスに身を包んだ私(これまたヴィクトル様とお揃いだった)を彼は迎えに来てくれて、馬車に乗り込んだのだけど……。


「ヴィ、ヴィクトル?」

「何だ?」


 私は未だ目を合わせられず、少し視線を泳がせて口にした。


「あの、今日はどうして隣なの?」


 その言葉に、ヴィクトル様は笑って言った。


「君がいつでも眠れるように」

「!? だ、大丈夫よ! 今日はよく眠れたから!!」


 まさかの私のためだったのね!と驚きと同時に嬉しさやら恥ずかしさやらが込み上げてくる私に対し、彼は心配げに言った。


「“今日は”だろう? ……それに、この前も俺の腕の中で、君が気持ち良さそうに眠っていたから」

「ストップストップ!! 語弊が生じる言い方はしないで!?」


 確かに推しを枕にして熟睡してしまった私も私ですけど!!

 それを紛らわしく、それも無駄な色気を醸し出して言わないで頂けますかっ!?

 そんな私の慌てた様子に、ヴィクトル様はクスクスと笑う。

 それを見て、私は確信した。


「……貴方、わざとね?」

「君が可愛いのが悪い」

「!?」


 綺麗だけでなく可愛いとまで言われ、今度こそ私は顔を上げられず、下を向いて真っ赤になった顔を手で覆い隠せば、彼は笑って私の肩を抱き寄せ、私を彼の肩に寄りかからせてから言った。


「とりあえず、目を瞑るだけ瞑っておくと良い。 着いたら教えるから」

「……ありがとう」

「ん」


 私は彼の温もりを感じながら、そっと瞳を閉じてガーデンパーティーについて考える。


 ガーデンパーティーは、攻略対象者5人分のルートがある。

 そして、それぞれ違うルートが存在し、エリナ(ヒロイン)はそこでも愛を育む、はずなのだけど……。


(……怖いくらい、全く思い出せないのよね)


 何故か、いくら思い起こそうとしても、ガーデンパーティーの記憶だけが綺麗に抜け落ちてしまっているのだ。

 それはまるで、()()()()()()()()()()()()かのように。


(それに、何だか胸騒ぎがする)


 実際、仮病を使ってでも行こうか迷ったほどだった。

 今までは推し活をするため、記憶を取り戻した8月の夜会から順にイベントを思い出しながら楽しんでいたはずなのに、このイベントについては何一つ思い出すことが出来なかったのだ。

 思い返してみると、確かに前世の記憶を取り戻してから一度も、ガーデンパーティーの記憶を思い出したことはなかった。

 それが何だか不気味に感じられて、直前まで悩んだのだけど、ヴィクトル様には事前にドレスまで頂いてしまっていたし、一度断ろうとしてくれたところに行くと我儘を言ってしまった手前、行かないという選択は憚られた。


(それに、嫌な予感がするということは、もしかしたらエリナ様の身に何か危険が生じるかもしれない)


 それは考えすぎかもしれないし、もちろんそんな予感が当たらないに越したことはない。

 だから、行って確かめなければと思ったのだ。


(……それに)


 私に残された時間を考えると、呪いを解かない限り、攻略対象者全員の姿を見られるのは、これで最期になってしまうかもしれないから。






 そんな思いを抱え、悔いの残らないようこの目でしっかり推し活をしなければ!と意気込み、ヴィクトル様にエスコートされながら向かった会場を見て、私は思わず息を呑む。


「っ、わぁ……!!」

「これは見事だな……」


 いつもはあまり景色についての感想を言わないヴィクトル様も、驚いたように口にする。

 私達の目の前に広がっていたのは、色とりどりのバラが咲き誇る庭園だった。

 アーチ状になったバラが咲く門をくぐり抜けた先には、既に人が集まっており、広いスペースにはガーデンテーブルや椅子が並んでいる。


(まるで、童話の世界にいるみたい……!)


 いや実際に、この世界は“きみバラ”の世界なんだけど。

 8月の夜会時にもバラは咲いていたけれど、あの時は夜だったし、まさかここまで規模が大きいとは思わず感嘆の声を上げれば、後ろから声をかけられた。


「凄いでしょう? 今日のために庭師が張り切って剪定したんだ」

「ベルンハルト! それに、クロードも」


 私が淑女の礼をすれば、ベルンは「良いよ良いよ」と笑って言った。


「今日はそんな堅苦しい感じではなく、楽にしていてほしい。

 何せ、今日はうるさい大人達がいない会だからね」


 楽しい会にしよう、と言うベルンの言葉に笑みを浮かべれば、クロードは私に向かって尋ねた。


「体調はどう?」

「心配をかけてごめんなさい。 大丈夫よ、ありがとう」


 クロードの口調から、やはり私の調子が悪いことは皆に知られているのだわ、と思う私に、クロードは「そう」と少しホッとしたような顔をしてから笑みを浮かべて言った。


「無理はしないでね。 疲れたらいつでも言って。 休憩室も整えてあるから」

「嬉しいわ。 ありがとう」


 そう言って微笑むと、ヴィクトルが少し強い口調で言った。


「大丈夫だ。 俺は彼女の側から離れるつもりはないからな」

「逆にそうしておいてもらわないと困るよ。

 でなかったら、僕が許さないから」


 そう返したクロードの笑みも怖い。

 そんな二人が火花を散らしているところを見てオロオロする私に、ベルンが「こら」と二人の間に割って入って言った。


「アンジェラに余計な気を遣わせないで。

 それこそ彼女が気疲れしてしまったら元も子もないでしょう?」

「「……」」


 彼らは一睨みし、フンッとそっぽを向いた。

 私とベルンは苦笑いし、肩を竦めるとベルンの方から口を開いた。


「クロードの言う通り、疲れたら遠慮せずに言って。

 ヴィクトルや私達に言ってくれれば、すぐに対処出来るから」

「お気遣いありがとう、ベルンハルト。 貴方は婚約者探し、頑張ってね」

「アンジェラ、それ今禁句……」


 ベルンはげんなりとした表情で口にする。

 そんな彼を見て何だか可哀想だなあと思いつつ、会場に足を運んだのだった。






(……はぁ)


 パーティーが始まってから一時間弱が経過し、一通り見知った方々に挨拶を済ませた私は、剪定されたバラの壁の前で息を吐いた。


「疲れたか?」


 ヴィクトル様に差し出されたグラスに入ったジュースを受け取り、私は苦笑いで答える。


「少し」


 体力的にというよりは、精神的な方からの疲れだと思う。

 ベルンの言う通り、大人がいない同世代のみのパーティーというのは新鮮であるが、同時に人の性格が顕著に現れる。

 その上私は、つい最近までエリナ様を虐めていた悪女の位置付け。

 そんな私に近付いてくるのは……、まあ言わずもがなそういう類の方々で。


(過去の私、勘弁して……)


 せめてエリナ様と出会う前から記憶が戻っていればよかったのに!と心の底から思った瞬間だった。

 そんな方々とお話をしていたら、気疲れするのも無理はないと思う。

 私は、ずっと隣にいてくれたヴィクトル様に向かって口を開いた。


「あの……、ごめんね、ヴィクトル」

「何故君が謝る?」

「私に、付き合わせてしまって」


 本来であれば、私もヴィクトル様も共通の友人には二人で挨拶を済ませたら、それぞれ別々の友人に挨拶しに行くため一旦分かれるのが暗黙の了解である。

 だけど、私を心配して彼は今日は一緒にいてくれているのだ。

 だから、私が元悪役令嬢だったことによって、婚約者である彼も好奇の視線に晒されるという、多大な迷惑をかけてしまっていることを今更ながら申し訳なく思っていると、それを察した彼は言った。


「言わせたいやつには言わせておけば良い。

 そいつらはそれまでの人間だ。 相手にする必要はない」

「……ヴィクトルは、強いのね」


 私がポツリと呟けば、彼は私と視線を合わせ笑って言った。


「俺は、アンジェラがいればそれで良いからな」

「……!?」

「ある意味、君が婚約者であることで俺は無敵なのかもしれない」


 そんなヴィクトル様の“君がいれば無敵”発言に、思わず目を瞬かせ遅れて頬に熱が集中し、それを誤魔化すように下を向き慌てて言った。


「っ、で、では、私がいなくなったら、貴方は無敵ではなくなるの?」

「!」


 彼がハッと息を呑む。

 私は言葉を待つが、いつまで経っても返事はなくて。

 不思議に思った私が顔を上げると、彼が悲しそうな表情をして私を見ていることに驚く。


「ヴィクトル……?」


 私がいなくなったらと言ったから、もしもの話でも嫌だったのかな……?と彼の頬に手を伸ばしたその時。


「また性懲りも無くイチャついているんですか」

「!」


 ハッとして顔を上げれば、そこには腕組みをして立っているルイと、そんな彼を止めようとしているエリナ様の姿があったのだった。


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