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最推ししか勝たん。

―――気が付けば、真っ暗な暗闇の中にいた。


 自分の手すら見えないほど暗い場所で、その闇の中を一人彷徨い歩く。


(ここは、どこなの……?)


 足を動かしているはずなのに、行けども行けども広がるのは暗闇ばかりで。


(これはまた夢、なんでしょう……?)


 そう分かってはいるのに、それでも孤独や不安を覚え、冷や汗が背中を伝い落ちるのが分かる。


(早く、夢なら覚めてよ……!)


 そう願いギュッと強く瞳を閉じ……、瞼を開けた先の暗闇の中で佇んでいたのは。


(っ、ヴィクトル様……! それに、皆も!)


 そこにいたのは、ヴィクトル様やエリナ様、他攻略対象達の姿だった。


 それなのに。


(皆、何だか様子が変……?)


 私を見る皆の瞳が、何だか凄く……、怖く感じられて。


 そんな私に対し、ヴィクトル様が口を開いた。


『……君は、何一つ変わってなどいなかったんだな』


(え……)


 声を上げようとしたのに、喉が急激に乾き、言葉を発することが出来ない。


 そんな私に向かって、ヴィクトル様が言い放った言葉は。


『君には、失望した』


(……!?)


 それは、今までに聞いたことのないほどの冷たく、地を這うような声音だった。


 その言葉に、私の胸元にある“バラの印”が鼓動と共に痛さを増す。


(っ、こんなヴィクトル様、私、知らない)


 ……いや、知ってる。


 この声は、言葉は、確かにどこかで聞いたことがある。


 だけど、どこで聞いたものなのか、全く思い出せなくて。


(っ、違う、ヴィクトル様が、こんなことを言うはずがない……!)


 そう分かっていても、嫌な胸騒ぎは止まらなくて。


 そうして固まってしまっている私を冷ややかな瞳で見下ろし、ヴィクトル様はため息を吐くと、踵を返した。


 それに倣うように、皆も私に対し背中を向け、歩き始める。


 待って。 


 そう声を出そうとしても、やはり言葉は口から出てこなくて。


 代わりに、瞳から涙がとめどなく頬を伝い、暗闇に落ちる。


 その間にも、どんどん皆の背中は遠ざかっていって……。


(待って……!!!)


 私は声にならない声でそう叫び、彼らに向かって手を伸ばした……―――






「……っ!!!」


 ハッと目が覚めた。

 部屋の外はまだ薄暗いが、その光景は最近では見慣れているもので、私は深く息を吐く。


「また、夢……」


 じわりと汗で背中に張り付いた寝衣に、11月の夜のひんやりとした空気を感じて、思わず両腕を抱き締めるように三角座りをした。






「ガーデンパーティー?」

「あぁ」


 ヴィクトル様は頷き、ため息交じりに言葉を続ける。


「ベルンハルトが婚約者を良い加減決めろと国王陛下から言われているらしくてな。

 その交流も兼ねて、結婚適齢期の者だけを集めて茶会を開くらしい」


 ヴィクトル様の言葉に、私はふと思い出した。


(そうだ、確かガーデンパーティーは、ゲーム中のベルンハルトルートにもあった)


 というより、ガーデンパーティー自体は攻略対象者のどのルートを歩んでいるかによって、主催者がその対象者に決まる。

 ということは、つまり。


(やっぱりエリナ様は、ルイルートだけでなく、ベルンハルトルートも進んでいるということ……!?)


 ゲームのシナリオがやっぱり変わっている!?

 そう結論に至った私に対し、ヴィクトル様は言葉を続けた。


「そのガーデンパーティーに、一応俺と君も招待されたんだ。

 ……だが、俺達は断りを入れようかと思っている」

「っ、何故!?」


 いつもベルンと一緒にいるのに意外、と私が口を開こうとしたその時、彼が私に向かって手を伸ばす。

 何事かと目を瞬かせる私の目元を、彼は親指で撫でると口を開いた。


「……目の下、隈が出来ている。 君はまだ本調子でないのだろう?」

「何で分かったの!?」


 最推しの指が目元に!そして、バレないようにエメに化粧を施してもらったはずなのに、すぐに気が付いて心配してくれるなんて……最推ししか勝たーん!! などと思っている場合ではない。

 驚く私に、ヴィクトル様は少し怒ったように口にした。


「何年君の側にいると思っているんだ。

 君が無理して元気に振る舞っていることくらい、分かっている」

「! ……もう、またそういうことを言う」


 本当、どれだけ好きにならせれば気が済むんだ私の最推しぃ!! の意味を込めて頬を膨らませてみれば、彼も驚いたような顔をし、少し頬を赤らめて言った。


「それはこちらのセリフだ。 とにかく、今はゆっくり休め。

 その件については、俺が断っておくから」

「いえ、やっぱり私も行きたいわ」

「え?」


 ヴィクトル様は私の言葉に驚き目を見開く。

 私は笑って言った。


「大丈夫! 最近少し眠れていないだけで、身体は元気なのよ。

 エリナ様や皆に会いたいし、私も参加させて頂きたいわ」

「だが」

「無理はしないから。 お願い、ヴィクトル」


 そう言って私がじっと彼を見つめると、彼はうっと声を喉に詰まらせ、やがてため息を吐いて言った。


「本当に、無理はしないんだな?」

「えぇ。 約束するわ」


 私が頷いたのを見て、彼は「分かった」と口にしてから言った。


「ベルンハルトには俺から伝えておく。

 ドレスもこちらで用意するから、君は支度については心配しなくて良い。

 その代わり、ゆっくり休め」

「い、至れり尽くせりね。 嬉しいけれど、それは悪いわ」

「大丈夫だ。 ……俺としては、俺が選んで贈ったドレスを着てくれる君を見られて嬉しいからな」

「っ!?」


(な、ななな!!!)


 もうほんっっっとうに心臓に悪い!!!(歓喜)

 それはもうこちらにとってもご褒美以外の何ものでもないんですが!?

 しかも最推し、よく見たら耳が赤いんですけど!?

 分かりました、その言葉もドレスも含めて全て家宝にさせて頂きますっ!!


 ……それに。


(ヴィクトル様は私のことを心配してくれているのに、私の我儘に付き合ってくれて本当に優しい)


 そう、あの夢はやっぱり夢なんだ。

 ヴィクトル様に限って、あんなことを言うはずがない。

 あの夢も、全て“呪い”のせいなんだ。


(私に残された時間が、後残り僅かという何よりの証拠)


 だからこそ、ガーデンパーティーに行きたいと望んだ。

 このガーデンパーティーが、もしかしたら“きみバラ”の世界で生きられる、最期のイベントになるかもしれないと思ったから。


(……嫌ね。 エリナ様達が訪問して来てくれた際に、強くなりたいと望んだのに。

 気が付けば、弱気な自分に戻ってしまう)


 必死に考えている。

 私の“本当の願い”とは、一体何なのか。

 それでも、未だに見つけられていなくて。


「……ジェラ、アンジェラ」

「! ご、ごめんなさい」


 ヴィクトル様に呼びかけられていたのに気が付かず、私は慌てて謝る。

 そんな私を彼はじっと見つめていたかと思うと、やがて徐に立ち上がり言った。


「やはり疲れているだろうから、俺はこれで失礼する。

 だから、しっかり休め」

「! もう帰ってしまうの?」

「え……」


 咄嗟に口にした言葉に、ヴィクトル様は驚いたように目を見開く。

 私も自分自身の口から飛び出た言葉にハッとして、慌てて言った。


「あ、ち、違うの、その、何というか……」

「寂しいのか?」

「!」


 ヴィクトル様の言葉に、頬に熱が集中するのが分かって。

 恥ずかしくなって俯いてしまう私に対し、ヴィクトル様は困ったように呟いた。


「困ったな。 俺がいては、君に気を遣わせて疲れさせてしまうだろうし……、あ」

「?」


 何かを思いついたように声を上げたヴィクトル様は、何故か上着を脱ぐ。

 そして、私の横に座ると、私の肩にその上着を掛けてくれた……と思ったら、そのまま私の頭を自分の肩に預けるように引き寄せた!?


「!?!?!?」


 いつかと同じような体勢に、思わず悲鳴を上げかける私に対し、彼は私の頭を撫でながら言った。


「俺が側にいるから、眠ると良い。

 ……少しは、落ち着いて寝られるだろう?」


 いえ、最推しの肩を貸してもらうという極限状態の緊張感で全く眠れる気がしませんが!? むしろ目が冴え渡っていますけど!?

 と内心突っ込む私の心情を察したのか、ヴィクトル様は小さく笑って言った。


「まあ、眠れなくても良いからとりあえず目を瞑っておくと良い。

 そうすれば、少しは休めるだろうから」

「え、えぇ……」


 私は何だか申し訳なく思いながらも、そっと瞳を閉じる。

 すると、不意に眠気がやってきて。


(……あれ、私眠かったんだ)


 そう思ったのも束の間、一瞬で私は眠りに落ちたのだった。




 彼の温もりに包まれて眠ったからか、彼のお陰で私はその日一日、夢を見ることなく熟睡することが出来たのだった。

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