悪役令嬢の決意
「ヴィクトル! もう貴方からの愛は十分伝わっているから!
お願いだからもう少し加減して!!」
ルイ達が呼んでいるとエメから報告を受けた私達は、廊下を歩きながらそう抗議の声を上げると、彼は爽やかに笑って言葉を発した。
「無理」
「何故!?」
前世から推してる最推しに溺愛されるこちらの方が無理だわぁ!と言いそうになるのを慌ててグッと堪え、そう彼を問いただそうとすれば、ヴィクトル様は不意に私の手を絡めるようにして取り、私の顔を覗き込むようにして言った。
「君への想いは、募るばかりだから」
「……っ!?」
「これでも、加減はしているつもりだし、」
「〜〜〜!?」
「それを言ったら君からの愛情表現が不足している気がするのだが?」
そう言って悪戯っぽく笑う彼は、ぜっっったいに確信犯だ……!と思いながら、私はどう返そうかと慌てていると。
「所構わずイチャつくのは目に毒なのでやめて頂けますか?」
「!?」
その声に驚き反射的に距離を取り、前を見れば、呆れたような顔をしているルイとどこかキラキラとした瞳で私達を見ているエリナ様の姿で。
完全に見られてた……!と恥ずかしさから頬を抑える私に反し、ヴィクトル様はムッとしたように言葉を返した。
「婚約者と仲良くして何が悪い」
「時と場所を弁えて下さいと言っているんです!」
珍しくそうムキになるルイに驚いていると、ヴィクトル様は鼻で笑って言った。
「自分が想い人とイチャつけないからと嫉妬するなんて見苦しいぞ」
「「!?」」
その言葉に、ルイとエリナ様は顔を見合わせ、バッと効果音でもつきそうなくらい一瞬で視線を逸らす。
そんな二人の様子を見て、私は思った。
(……もう、大丈夫そうね)
良かった、と内心ホッとしながら口を開いた。
「さて、名残惜しいけれど、これでお開きに致しましょう。 玄関までお見送りするわ」
「ありがとうございます、アンジェラ様」
エリナ様の言葉に頷き、私は笑みを浮かべて言った。
「また是非遊びにいらして。 いつでも歓迎するわ」
「はい!」
エリナ様は嬉しそうにそう言ってくれるから、私も自然と笑みを零す。
そして、視線を感じてふと見れば、ルイがじっとこちらを見つめていて。
「……あの、何か?」
私がそう尋ねると、ルイはポツリと呟くように言った。
「ありがとう、ございました」
「……!」
ルイから告げられた感謝の言葉に、私が思わず目を見開くと、彼はふいっと顔を背け口にした。
「貴女のお陰で、自分の気持ちに素直になれました。
……だから少しだけ、貴女のことを見直しました」
「……!」
ルイの言葉が、ストンと胸に落ちる。
それと同時に、じんわりと胸の奥が温かくなるのが分かって。
「……そう」
「「「!」」」
私を見る三人の目が、驚いたように見開かれる。
私は自然と顔を綻ばせ、言葉を紡いだ。
「嬉しい」
それは、心から溢れ出た言葉だった。
悪役令嬢である私が、本来かけられるはずのない言葉。
それも、ルイという私にとって一生分かり合えるはずのないと思っていた人物からの言葉に、色々な思いが込み上げてきて。
ギュッと胸の前で手を握り、喜びを噛み締める私……とは裏腹に、ヴィクトル様は絶対零度の声音でルイに向かって言い放った。
「……お前は一生立ち入り禁止」
「何故ヴィクトル様に決められなければならないのですか!?」
「お前こそアンジェラに対して何様だ」
そんな二人のやりとりに、私とエリナ様は困っていたけれど、やがて顔を見合わせ笑って二人を見守ったのだった。
エリナ様とルイを乗せた馬車が小さくなるまで見送りながら、私はポツリと呟いた。
「……私、ずっと憧れていたんだわ」
「え?」
ヴィクトル様が首を傾げたのを見て、私は苦笑しながら言う。
「どうしてエリナ様のことが放って置けなかったのかってずっと考えていたのだけど……、私も、彼女が羨ましかったの」
前世の記憶を取り戻す前の私は、幼馴染がいるといえど、ずっと独りぼっちで、常に孤独を抱えていた。
多分、お母様を亡くしたことと、“呪い”の影響も少なからずあるのだと思う。
そんな私の目の前に現れた、エリナ様という純粋無垢な少女の姿に、私は酷く憧れ、嫉妬した。
自分にはないものを全て持っている、可憐で愛らしいその姿に。
「私も、エリナ様みたいになりなかった。
誰もに愛されて、そこにいるだけで和み、癒しを与えるような……、そんな彼女を取り巻く輪の中に、私も入りたかったの」
「……!」
攻略対象である私の幼馴染を虜にしていったエリナ様。
楽しげに笑うその輪の中に、私も入りたいと願ったのだ。
「きっと、寂しかったんだと思うわ。
……なんて、自分で全て台無しにしたのに、笑っちゃうわよね」
悪役令嬢の道を選んでしまったのは、他でもない私。
嫉妬や羨望、焦り……、それらが複雑に絡まった結果、私は道を誤った。
今は何とか軌道修正出来ているとは思うけれど、一度踏み外してしまった罪の重さは十分に理解しているつもりだ。
だから。
「私、強くなりたい」
「!」
ヴィクトル様が目を見開き私を見つめる。
その瞳をじっと見つめ返し、“バラの印”の前で手を握りしめて口にした。
「今度こそ、誰も傷付けたくないの」
そのために、私は強くならなければならない。
つまらない嫉妬で身を滅ぼすことは以ての外。
そして……。
(この“呪い”に打ち勝つためにも)
もっと、強くならなければ。
そう決意を新たにした私に対し、ヴィクトル様はそんな私の拳に手を伸ばし……、大きな手で包み込むように私の手を握ると、口を開いた。
「俺は、君の願いならば応援したいと思っている。 ……だが」
「……!」
彼は私に一歩近付くと、私の頭に自身の頭を付け、掠れた声で呟いた。
「俺は、強くなりたいと言う君が心配と同時に寂しくもある。
……君は、今でも十分強い。 それなのに、どうして」
ヴィクトル様の言動に、私の鼓動は速さを増す。
それでも、私は信念を揺るがすつもりはなくて、彼に向かって答えた。
「貴方に頼ってばかりの自分は嫌なの。
貴方の隣に立つためには、自分自身も一人で立てる強さが、必要だと思うから」
ヴィクトル様は息を呑む。 私は唇を噛み締めて思う。
(“呪い”は必ず自分の力で解かなければ。
彼に辛い思いや悲しい思いになんてさせたくないから)
あんなスチルだけは、絶対に嫌だから……。
そんな私の決意に、ヴィクトル様はやがて私の顎に手を添えると、クイッと持ち上げた。
それによって、私はヴィクトル様の瞳と間近で目が合って。
そんな行動に驚き、一層鼓動が速さを増す私に対し、ヴィクトル様は「それなら」と憂う表情で私を見下ろし言った。
「俺に、そんな君を一番近くで見守らせて欲しい。
君が挫けそうになった時は、いつでも手を差し伸べられるように」
「! ヴィクトル……」
そう言ってくれる彼の言葉と表情に、不意に涙が込み上げてくる。
ヴィクトル様は、そんな私の後頭部に手を回すと、そっと彼の胸元に引き寄せられた。
(……ヴィクトル様が、私の婚約者で、最推しで……、最愛で、良かった)
彼の温もりを感じながら、私はそう心から思い、そっと瞳を閉じた。
そんな私に残された時間は、そうしている間にも刻々と迫っているのだった……―――




