最推しからの溺愛のせいで推し活が出来ません!?
「そうね……、私が彼のことを好きだと自覚したのは、彼の婚約者になった頃、くらいかしら」
「そ、そうなんですか!?」
エリナ様の言葉に、私は笑い頷く。
(本当は、前世から推しているくらい超絶好き!!なんだけれど……、確かにアンジェラとしての私が、ヴィクトル様に対する恋心を自覚したのは、婚約者になってからだった)
私は、当時を思い出しながら言葉を紡ぐ。
「幼馴染同士だったし、まだ幼かったから、恋心と気が付くまでには時間がかかったけれど……、それでも、彼が優しくしてくれるたび、笑顔を見せてくれるたびに、ずっと一緒にいたい、願わくばこの先もずっと一番近くにいたいと思っていたわ」
「……あれ、でも確か、星祭りの時は“分からない”と仰っていませんでしたか?」
「あぁ、それは……、今の関係を、壊したくないと思っていたからではないかしら」
「壊したく、ない……?」
エリナ様の言葉に、私は頷き下を向いた。
(“呪い”のこともあったし、悪役令嬢として振る舞っていた私の言動を見ている彼が、私と同じ気持ちでいてくれるとは思っていなかったから……)
そう思いながら、言葉を続ける。
「私も、貴女と同様彼とは幼馴染であり、違うのは幼い頃から婚約者であるということ。
私が彼に自分の想いを伝えてしまって、もし上手くいなかったら、その婚約者という繋がりはなくなってしまうのではないか。
そして、幼馴染という近くに居られる特権まで無くなってしまうのではないかと恐れたの」
「! 特権……」
エリナ様が小さく呟く。
私は、エリナ様に向かって口を開いた。
「……でも、今は自分の気持ちを素直に伝えて良かったと思っているわ。
彼……、ヴィクトルは、私の想いを何度も聞いてくれたから」
『君自身は、俺のことをどう思っている?』
そう彼は、私の目を見て聞いてくれた。
「自分でもあやふやな想いだったし、拙い言葉だったと今でも思う。
けれど、彼はしっかりと耳を傾けてくれた。
そして、笑って言ってくれたの。
“俺と一緒だ”って」
「!」
エリナ様が目を見開く。
私はそんな彼女に向かって笑みを浮かべて言った。
「貴女もきっと、恐れているのではないかしら。
ルイ様との関係性が、告白の返事一つで変わってしまうことを」
「……! そう、なんです」
エリナ様はギュッと両手を握って言った。
「私の言葉一つで、ルイとの関係性が壊れてしまうのではないかと思うと怖いんです。
……ルイは優しいから、どんな返事でも笑って許してくれると思います。
けれど、それでも私の返事で今までの関係が変わってしまうのではないかと思うと、怖くて返事を出来ずにいるんです……」
エリナ様の言葉は、私も痛いほど分かって。
ただ、私から言えることは……。
「逆に聞くけれど、ルイ様との関係性がそんなに簡単に壊れると思う?」
「! それは……」
私は、エリナ様を諭すように口にする。
「貴女が答えを出さずとも、私達は大人だもの、環境や人間関係は年月を経て自然と変化していくものだわ。
だけど、エリナ様とルイ様が積み重ねてきた幼馴染という関係性が変わるかというと、そうではないのではないかしら。
……特に、ルイ様の場合は、貴女を特別に想っていることは私から見ても分かる。
そんな彼が、貴女の出した結論を否定したりすると思う?」
エリナ様は驚いたように目を見開き、少し考えてから首を横に振った。
そんな彼女を見て、私は笑う。
「それなら、貴女は自分の気持ちに、後は素直に向き合うだけよ。
以前、貴女が私に言ってくれたでしょう?
『自分の本当の気持ちを大切にして下さい』って。
今その言葉が必要なのは、貴女自身なのではないかしら?」
「……!」
エリナ様はその言葉に大きく目を見開く。
私は、それに、と言葉を続けた。
「逆に貴女があやふやな回答をしてしまう方が、かえって彼らを困らせてしまうと思うわ。
だから、貴女は自分の気持ちと素直に向き合って、答えを出してみて」
「っ、どうしたら、答えが見つけ出せるのでしょうか……?」
「そうね……」
私はうーんと考え、口にした。
「私の場合は、彼の言動を思い出して、こう、心が温かくなるというか、胸がドキドキするというか……、好きだなぁ、幸せだなぁって思ったりとか、彼が他の女性と話しているところを見るだけでモヤモヤしてしまったりとか……、ただ幸せなだけではなくて、思い通りにいかないもどかしさも含めて、恋なのではないかと思うわ」
「そうか。 君はそう思ってくれていたんだな」
「!?」
ふわっと後ろから抱きしめられ、鼻を擽るよく知る甘い香りと温もりに、私は一気に顔に熱が集まり、悲鳴に交じった声を上げる。
「ヴィ、ヴィクトル!? いつからそこに!?」
「『私でよければお話しするわ』の辺りから」
「それはほぼ全て聞いていたってことじゃない……!」
私が怒ると、私の隣に移動し座りながら、ヴィクトル様はムッとしたように言った。
「君が化粧室に行くと言ったきり帰ってこないから心配して探しに来たんだ」
「そ、それはごめんなさい……」
私が謝ったのを聞いて、エリナ様は慌てて口を開いた。
「ア、アンジェラ様は悪くありません!
私がどうしても、二人でお話がしたいとお願いしたんです。
申し訳ございませんでした」
エリナ様の言葉に、ヴィクトル様は彼女に向かって言った。
「そうか、それなら仕方がないな。 ゆっくり話は出来たか?」
「は、はい。 アンジェラ様のお陰で、自分が何をすべきか分かりました。
ありがとうございました」
エリナ様の言葉に、私も笑みを浮かべて返す。
「それなら良かったわ」
エリナ様がそう言って微笑んでくれたのを見て、心からホッとしていると、ヴィクトル様が口を開いた。
「部屋でルイが待っていたから、先に行くと良い。
俺達も、後から追いかけるから」
「! は、はい、分かりました! ありがとうございます」
そう言って、エリナ様は顔を赤らめて行ってしまう。
私はその様子を見て、誤解が生じた!と慌ててヴィクトル様に向かって口を開く。
「な、何も別々に部屋に戻ることはなかったのではないかしら!? ほら、私達も行きましょう!?
……って、わ!?」
慌てて立ち上がろうとした私の腰元を、彼にグイッと引かれた……かと思うと、気が付けば、彼の長い脚の上にまるでお姫様抱っこをされるように座っていて。
「!?!?!?」
かつてないほどの密着状態に身体を硬直させる私に向かって、ヴィクトル様はクスッと笑って言った。
「ルイから、エリナ嬢と二人で話す時間が欲しいと頼まれたんだ。
君も、彼らにはその時間が必要だと思うだろう?」
「そう、ね。 ……け、けど!
何もこんな……っ、こんな体勢に私達がならなくても良いんじゃないかしら!?!?」
抜け出そうにも抜け出せない、ヴィクトル様の甘い罠にかかってしまった私の手を、彼は楽しそうに握り、甘い声音で言葉を紡いだ。
「折角二人きりでいられる時間が出来たんだ、俺達にも互いの仲を確かめ合う時間が必要だと思うのだが?」
「……っ!?」
(ひょえええええええ!?!?)
最早推し活をする余裕はなく、かつてない距離感に天に召される寸前になるほど頭が真っ白になってしまった私を見て、彼はクスクスと満足げに笑う。
結局侍女のエメが私達を呼びに来るまで、彼はそのまま私を離してはくれなかったのだった。




