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「「可愛すぎるのが悪い」」*後半ヴィクトル視点

「っ、ねえ、本当にこれで良いの?」

「これでではなく、これが良いんだ」

「で、でも」

「ほら、早く」


 ヴィクトル様が空色の瞳でじっと見つめ、戸惑う私を急かす。

 私が戸惑うのも無理はないと思う。

 だって……。


(推しにあーん、だよ!? あーん!!!)


 そう、私は今フォークにケーキを一口載せ、それを最推しに食べさせようとしているのだ!!


(恥ずかしいけれど、これは貴重な最推しのあーんのレア顔を見られる滅多にないチャンスだよ!? 他ならないヴィクトル様がご所望だから良いけれど、こんなの私にとってもご褒美でしかないよ!?)


 私はカメラが欲しいと切実に願いながら尋ねた。


「ど、どうしてケーキを食べさせて欲しいというお願いなの?」


 そう口にした瞬間、彼は甘い笑みを浮かべて言う。


「君が作ってくれたケーキを君の手から食べるなんて、最高じゃないか?」

「っ!?」

「エリナ嬢がチョコレートをルイに差し出していた時、羨ましいと思った。

 君にも、こうして食べさせてもらいたいと」

「〜〜〜!?」


 そう言って私のフォークを持つ手に触れ、顔を近付けて笑う推しに、危うく心臓が口から飛び出そうになったところで、彼はクスッと笑って言った。


「……後、君のそういう顔も見られると思って」

「っ、そ、そういう顔って何!?」


 私が思わず口にした途端、彼は口角を上げて艶めかしく言った。


「教えて欲しい?」

「っ、け、結構です!!」

「はは」


 ヴィクトル様はクスクスと笑うと、小さく口を開いて促す。

 そんな顔もかわっ……!とか萌えている場合ではないと自分を叱咤し、プルプルと震える手で彼の口元に差し出す。


「ちょ、ちょっと待て」


 もうすぐ口に、というところで、ヴィクトル様が私を制し顔を背ける。

 その肩が小刻みに震えていることに気付き、私は火照る顔を誤魔化すように言った。


「ヴィ、ヴィクトル! 笑わないで!」

「ふっ、すまない、アンジェラが可愛くて、つい」

「か、かわ……!? ま、またそういうこと言う!! 

 ふ、ふざけていると私が食べちゃうよ!?

 私も食べていないんだから!」


 そう口を開くと、ヴィクトル様は驚いたように言う。


「味見をしていないのか?」

「ホールケーキだもの、一口でも食べたら欠けてしまうでしょう?」


 私がそう口にすると、彼は「そうか」と呟いたかと思うと、私の手からフォークを取る。

 そして、何をするかと思えば、そのケーキを私の口元に持ってきた……!?

 そして、その薄い唇が紡いだ言葉は。


「はい、あーん」

「っ!?!?」


 その破壊力に、思わず椅子から転げ落ちそうになる私を、彼は「だ、大丈夫かっ?」と焦ったように言う。


(な、な……っ!)


 私はワナワナと唇を震わせ、口元を押さえ……。


(最推しから、“あーん”頂きましたぁあああーーー!!)


 心の中でリーンゴーンと高らかに鐘の音が鳴る。


(なになになにっ、可愛すぎじゃね!? 私の推し!

 あの顔で“あーん”だよっ!?

 どこ行ったクール設定!!

 甘々じゃんか! ありがとう運営!!

 この世にヴィクトル様という存在を生み出してくれてえええ)


 解釈違いばんざーーーい!!!

 と心の中で大喝采を巻き起こす私に反し、ヴィクトル様は心配そうに私を見つめている。

 いけないいけない、あまりの破壊力に最推しを置いてけぼりにして宇宙の果てまで思考が吹っ飛んでしまったわ。

 私はコホンと咳払いし、居住まいを正すと、口を開いた。


「私が先に頂いちゃっても良いの?」

「あ、あぁ。 君が作った物だし、まずは君から口にした方が良いかと思って」

「ま、まさかの毒味要員!?」

「違う、そんなつもりは」


 私の言葉にヴィクトル様が慌てたのを見て、私は笑って言う。


「冗談よ。 貴方の優しさが嬉しくて、つい。

 ありがとう、お言葉に甘えて頂くわ」

「! ……あぁ」


 彼は戸惑ったように頷く。

 その顔がほんのり赤いことに気が付き、顔を覗き込もうとしたところで、彼はもう一度フォークを私の口元に差し出してきた。


「はい、あーん」


(〜〜〜何度聞いても無理っ! 可愛すぎる!!)


 一生脳内再生出来るように頭に叩き込んでおこうと決意しながら、差し出されたケーキを口に入れ……。


「ん、甘くて美味しいっ!」


 私は思わず頬を押さえ、ケーキを味わう。

 何せエリナ様と共同作業で作ったのだ、その幸せも加味してより一層美味しい。


「本当か?」

「えぇ!」


 私がヴィクトル様に向かって頷くと、彼は「そうか」と微笑み、私にフォークの柄を向けて言った。


「俺にもくれるか?」

「もちろん!」


 そう答え、フォークを貰おうと手を伸ばしたその時。


「……!?」


 彼がその手を反対の手で引き寄せる。

 私は驚き目を見開いたと同時に、最推しの顔が一気に近付き、唇に柔らかな感触が訪れる。

 その一瞬の出来事に固まっている間に、最推しは私から離れ、ペロッと唇を舐めて……。


「……本当だ、甘くて美味しい」

「〜〜〜っ!?!?!?」


(な……、な!!!)


 私は指先を唇に持っていき、彼を見つめると、ヴィクトル様は妖艶に笑って言った。


「ごちそうさま」

「〜〜〜!?!?」


 今度こそ、その破壊力に私は意識を飛ばしてしまうのだった。





(ヴィクトル視点)


(まさか、こんなことになるとは)


 少し揶揄うつもりが、不意打ちで口付けただけでアンジェラは気絶してしまった。

 椅子に倒れ込んだ彼女を見て焦ったが、寝息が聞こえてきて本当にホッとした。


(今度からはもう少し抑えよう……)


 彼女のこととなると、どうにも理性が効かなくなる。

 何故なのかは明確だが。


「……君が可愛すぎるのが悪い」


 そんな君から、俺は目が離せないのだ。

 どこか危なっかしくて、俺を見る君の緑色の瞳が本当に綺麗で。

 俺は、そんなアンジェラに、ずっと恋焦がれていたんだ。

 だから、俺を見る君の眼差しに宿る熱に気が付いて、同じ想いだと知った瞬間から、この想いは溢れるばかりで。


「つい、君を甘やかしたくなってしまうんだ」


 自分の中に、こんな感情が眠っているとは俺自身も思わなかった。


「……自重しなければな」


 アンジェラがいつだって可愛い反応をするものだから、つい愛情表現をしすぎてしまう。


「気を付けよう」


 彼女の寝顔を見てそう誓い、寒いだろうと自身の上着を着せようとしたところで、あることに気が付く。


「何だ……?」


 彼女の薄い生地で出来た胸元の部分。

 そこだけ、何故か色が違うように見える。

 しかも、淡く光を放っているような……。


「え……」


 ドクンと心臓が嫌な音を立て、妙な胸騒ぎを覚える。


(何だ、この妙な違和感は……)


 俺は何か、大事なことを見落としている気がする。

 もう少し良く見ようと顔を近付けたところで、彼女の閉じられていた瞳が開く。


「……!」


 そこで、自分が彼女の胸元を注視していたことに気が付き、慌てて飛び退く。

 アンジェラはそんな俺の動揺には気付かず、目を擦り……、ハッとしたように言った。


「わっ、私寝てしまった!? 信じられない!!

 ごめんなさい、ヴィクトル! 後上着も!!」

「い、いや……」


 彼女が慌てて俺の上着を丁寧に畳み、差し出されたのを受け取りながら、俺の方こそ、と言いかけて我慢する。

 そして、もう一度チラッと彼女の胸元を見た時には、その光は消えていて。


(見間違い、なのか……?)


「ヴィクトル?」


 彼女の心地の良い声が俺の名を呼んだことで、ハッとして首を振り、笑みを浮かべた。


「何でもない。 疲れは取れたか?」

「お、お陰様で、この通りよ。

 ……わ、もうこんな時間なのね! そろそろお部屋に戻りましょうか」

「……あぁ」


 彼女の言葉に、俺はアンジェラの小さな手を取る。

 先程の嫌な予感が止まらなくて、思わず少し強く握ってしまったが、彼女は指摘せず、ただ顔を赤らめて嬉しそうにはにかんだ。


(……見間違いだ、きっと)


 俺はそう自分に言い聞かせ、部屋を後にした。


 そうして誕生日パーティーは、終わりを告げたのだった。


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