最推しが拗ねてます(可愛いでしかない)
ヴィクトル様は、私の手を引いたまま玄関近くの部屋を訪れた。
(あ、ここ知ってる! ゲーム中では応接室だった場所!)
応接室はルートによって、エリナがキャラとの交流を深めるため、よくお茶会の場としても使われた場所。
スチルは主にキャラやスイーツがメインだったため、背景描写は殆ど無かったものの、エリナはプレイヤー側にとっての自宅でもあったため、邸内の間取り図は頭に入っている。
(ここでエリナ様がキャラにおもてなしをするのよね! それこそ、手作りスイーツを出したりして!
あのスチルの中には、こんなに素敵な空間が広がっていたのねぇ……!)
木の床に赤い絨毯は映える! 可愛いっ!と心の中で叫びながらキョロキョロしている私に、ヴィクトル様はケーキを机の上に置き口を開いた。
「ここは応接室らしい。 二人きりになれる場所が欲しいと言ったら、エリナ嬢が提供してくれた」
「……!? エ、エリナ様に頼んだの!?」
二人きりになりたいって!? 私と!?!?
そんな私の驚きに、彼は真剣に頷いて言った。
「あぁ。 そろそろアンジェラ不足でどうにかなりそうだったから良かった」
「わ、わわわ私不足!?!?」
今度こそ顔から火が出そうなほど熱が集中するのが分かり、頬を押さえる。
そんな私とは裏腹に、ヴィクトル様は長椅子に座り隣をポンポンと叩く。
何も言わず、私を隣に座るよう目で訴える彼の瞳は、どこか切実に見える気がして。
それに驚き固まる私の手を、彼はぐいっと引いて……。
「わっ!?」
バランスを崩し倒れそうになる私を支え、座らせると、彼は横からギュッと私を抱きしめ、肩に顔を埋めた。
「!?!?」
一瞬何が起こったのか分からず、理解した時には本気でショートしかけた。
ふわりと香る彼の香水の匂いと、頬にかかる彼の銀色のさらっさらの髪。
ドキドキと心臓は高鳴るものの、彼の様子がいつもとは違う気がして声をかけた。
「ヴィクトル……?」
私は恐る恐る声をかけると、彼は呟いた。
「……ようやく、二人きりになれた」
「そ、そんなに二人きりになりたかったの?」
私の言葉に、彼はようやく顔を上げる。
その顔はムスッとしていて、明らかに機嫌が悪そうに見えるのだが。
(いや、可愛いっ!!)
可愛いとか言っちゃダメなのは分かるけど、それでも頬を膨らませて怒る顔が最高に可愛すぎるよ!?と心の中で拍手する私をよそに、彼は怒ったように言った。
「ちゃんと、約束を果たしただろう?」
「約束……、あっ」
『人前での必要最低限以上のスキンシップは、禁止致します!』
確かに私はそう言った。 自分の心臓の安寧を守るために。
(そう言われると、確かにいつもよりヴィクトル様の胸ギュンギュン行動は少なかったような……?)
いや、常時近くにいるだけで心臓には間違いなく負荷がかかっているぞ(真顔)と確信した私に、彼は今度はゾッとするほど美しい笑みを浮かべた。
「……!?」
その笑みに顔を赤くして良いのか青くしたら良いのか分からずにいる私に、彼は薄い唇で言葉を紡いだ。
「俺は十分、我慢した。
だから、ご褒美をくれるだろう?」
「〜〜〜!?!? ご、ご褒美っ!?」
ヴィクトル様の予想外の言葉に素っ頓狂な声を上げれば、彼は頷き更に言葉を続ける。
「今はもう二人きり。 ということは、思う存分君を甘やかしても構わないということだ。
俺としては君に甘やかしてもらいたいところだが……、それとも、俺が君を甘やかすのとどちらが良い?」
「っ!?!?」
(あっれおかしいな!?!? ヴィクトル様ってこんなに危ないこと言う方でしたっけ!? あれ!? 解釈違いですかねえええ!?
誰か説明してぇ〜〜〜!)
そんなオタクの叫びをガン無視して、最推し様はその間にも私を萌え殺しにかかってくる。
私の髪の毛をクルクルと指に絡め、至近距離で楽しそうに笑う姿に、私は思わず口を開いた。
「私をからかっているんでしょう?」
「俺は本気だが?」
そう甘く口にする彼は、本気ではあるもののやはり私を揶揄って遊んでいるように見えて。
私はすかさず口にした。
「約束のこと、根に持っているのね?」
「それはそうだろう」
彼はそう言うと、髪を弄ぶのをやめ怒ったように口にした。
「パーティー中、君は俺のことよりもエリナ嬢のことばかり見て楽しそうにしていたかと思えば、今度はルイの世話までし始める。
挙句の果てには、俺を置き去りにしてルイのことを庇い、二人きりになるなんて……」
彼の言葉に、私は恐る恐る口にした。
「あの、それって……、嫉妬させてしまっていたってこと?」
「……」
彼は私の問いかけには答えず、代わりにそっぽを向き、ボソッと呟いた。
「君はずるい。 いつだって、俺は君のことばかり考えているのに」
「……っ」
その不意打ちの言葉に、心臓が大きく跳ねる。
(な、ななな……!!)
最推しが私のことを四六時中考えているだとぉおおお!?
え、不謹慎なのは分かっているけど、これが叫ばずにいられる!?
だって前世オタクの私と同じこと言ってるんだよ!?
推しを愛し、推しを貢ぎ、推しのためなら時間を惜しまず金を惜しまず全力で尽くす(仕事中はなるべく考えないようにするけど!)、それと同じじゃない!?
つまり、やっぱりヴィクトル様は私を推してくれているってことかーーー!
相思相愛って凄ーーーい!!
あまりの嬉しさに、思考が前世オタクに完全にシフトしてしまうが、私は気を取り直して口を開く。
「そ、そんなことを考えていたの?」
「そんなこととは何だ」
彼がムッとしたような表情をしたのに対し、私は慌てて口を開いた。
「違うのよ、そんなことって言うのは馬鹿にしているのではなくて、その……、比べる必要はないと言いたいのよ」
「……? 比べる?」
私は頷き、微笑みを浮かべて言った。
「だって私が心から好きなのは、貴方だけなんだもの」
「……っ!」
「ルイ様との会話を聞いていたのでしょう?
それなら尚更分かったと思うけれど、私はただ彼らの後押しをしただけ。
だって、凄く不器用というか、見ていて何だかヤキモキしてしまって。
余計なお世話だと分かっていても、つい口を挟んでしまうのよね。 どちらかというと近所のおばちゃん感が強いというか」
「きんじょのおばちゃん……?」
ヴィクトル様が私の前世言葉に躓いたのを感じ取って、慌てて付け足した。
「要するに、お節介なおばさま方みたいな立ち位置になってしまうのよねってこと!
だから、貴方が嫉妬する必要はないのよ。
……私が心から愛するのは、貴方だけなんだもの」
「! アンジェラ……」
私は彼の手を取り、笑みを浮かべる。
「だから、貴方が私の気持ちを信じられるまで、何度だって伝えるわ。
ヴィクトル、私は貴方を愛している」
「……っ」
じっと彼の瞳を見つめてそう言えば、彼は先程の妖艶さはどこへやら、顔を真っ赤にし狼狽えると、空いている方の手で自分の目頭を押さえて言った。
「〜〜〜アンジェラ、俺に先程の仕返しをしているだろう」
「あら、何のことかしら?
私はただ、貴方に対する愛情が伝わっていないことを反省して、私の想いを伝えているのだけど?」
「〜〜〜」
ヴィクトル様は顔を真っ赤にする。
私は見えないように、小さく肩を竦めて舌を出した。
(初めて知ったわ。 相手がドキドキしているのが分かると、意外とこちらは冷静になれるというか、つい可愛いと思ってしまって揶揄いたくなってしまうのよね)
いつもヴィクトル様が私を揶揄う気持ちもこうなのかしら、そうだったら嬉しいなと思いながら、私は口を開いた。
「そうね、私も約束事を勝手に取り付けて、貴方との時間をあまり作れなかったことも反省するわ。
何か私に、頼みたいことがあったら言って。
何でもするわ」
「! ……何でも?」
その瞬間。
彼の瞳がキラッと光ったように思えて、私は直感的に危険本能を察知し、慌てて口にした。
「む、無理難題はお断りさせて頂きますっ!」
私の言葉に、ヴィクトル様の口元が弧を描き、口にした。
「そうか、それは残念」
「っ!?」
(ざ、残念って何!? 一体何をやらせようとしていたの!?)
簡単に形成逆転されてしまった私は、その破壊力に身悶えていると、彼はふと机の上に視線を向け……、笑みを浮かべて言った。
「それなら……」




