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悪役令嬢は恋のキューピッドになりたい②

 ルイに連れられて向かった先は、突き当たりの廊下を曲がったすぐの場所だった。


(デジャヴでしかないんだわ……)


 どうせまた怒られるんだろう、そう思った矢先、ルイは口にした。


「……どうして俺を庇った?」

「え?」


 思いがけない言葉に目をパチリと瞬かせれば、ルイは苛立ったように言う。


「だから! どうして俺を助けたのか聞いている!」

「!」


 ルイの言葉に、私は少し間を置いた後口を開いた。


「貴方、チョコレートが大嫌いなのでしょう?」

「っ、何故それを……」

「それは……、あ、あれだけチョコレートを目の前にして狼狽えていたら、誰だって気がつくでしょう。

 全て顔に出ていたわ」

「!?」


 ルイはハッとしたように口元を押さえる。

 私はというと、内心ドキドキとしていた。


(何とか誤魔化せたかしら!?

 だって、説明しようがないじゃない? 

 ルイの大嫌いな食べ物がチョコレートだという設定は、前世の乙女ゲームから知っているって)


 ルイのチョコレート嫌いというのは、彼のトラウマから来ている。

 彼はエリナ様と出会ってから、自分の容姿を武器に変えるため、話術や社交を学び、一躍人気者となった。

 女性の人気の的となった彼は、よく贈り物を貰っていたのだが、そんなある日、彼が口にした食べ物の中に毒が入っており、彼は生死の境を彷徨う事態となった。

 幸い命に別状はなかったものの、その犯人である令嬢は、彼が他の女性と仲良くすることに嫉妬して、自分と同じ思いを味わせたいと考えたらしい。 その女性は、修道院へ送られたそうだ。


 そんなとんでも設定の食べ物というのが、トリュフチョコレートだった。

 それきり、彼は贈り物を拒み、チョコレートは一切口にすることはなくなった。


(乙女ゲームの世界観の中の嫌いな食べ物が、まさかのトラウマ、それも重症というのはキツすぎるわよね)


 私はそれを知っていたから、さすがに可哀想だと思って救済の手を差し伸べざるを得なかったのだ。

 私は言葉を続ける。


「チョコレートを食べたら今にも死にそうな顔をしていたから、咄嗟に身体が動いたのよ。

 あの場で倒れられたら、それこそエリナ様が傷付くと思って」

「……では、貴女はエリナのために動いたと?」


 ルイの戸惑いの表情に、私は「えぇ」と迷うことなく頷いた。


「私が貴方を助けたのは、エリナ様のためよ。

 エリナ様があれだけ一生懸命貴方のために作っているのを見ていたんだもの、貴方がそれを拒んだり倒れたりなんてしたら、彼女は絶対に自分を責めるでしょう?

 ……第一、何故エリナ様にチョコレートは苦手だと、事前に伝えておかなかったの?

 まさかとは思うけれど、エリナ様の前では格好悪いところを見せたくない、とか考えたのではないでしょうね?」

「……っ」

「図星ね」


 私ははーっと息を吐くと、「良い?」と腕組みをして言った。


「貴方は自分の本心を、もう少し曝け出すことを覚えた方が良いわ。

 エリナ様を守っているつもりなんでしょうけれど、彼女に何も伝えなさすぎて逆にエリナ様と距離を置いているみたいだわ」

「!? そんなことは」

「ないと言いたいのでしょうけれど、じゃあ、エリナ様がもし貴方がチョコレートを嫌いだと知って、幻滅するような女性だとでも思う?」

「!! それは」


 ルイはハッとしたように目を見開いた。

 私は息を吐くと、「あのね」と言葉を続けた。


「貴方が思っているほど、エリナ様は簡単に貴方から離れたりしないわ。

 それは、幼馴染として積み重ねてきた時間がある貴方なら知っているでしょう?

 貴方がきちんとエリナ様に想いを伝えなければ、彼女には何も伝わらないまま、その恋も終わるわ。

 貴方はそれでも良いの?」

「……!」


 乙女ゲーム中のルイルートは、エリナ(ヒロイン)がルイに何度も想いを伝え、寄り添うことで結ばれる。

 反対に言えば、ルイは受け身なのだ。

 エリナがルイ以外の攻略対象と結ばれるルートでは、いつも軽い口調で『俺はずっと君の味方だから』と口にし、自分の気持ちをひた隠しにして、ただエリナの幸せだけを願い見守るというのが、彼の恋愛のスタンス。

 それを見ていて、前世の私は思ったのだ。

 “ルイは本当に、それで幸せなのか?”と。

 私の問いかけに、ルイは拳を握って言った。


「……全てが上手くいった貴女に、何が分かる」

「……は?」


 ルイは私の目の前まで歩み寄ってくると、掴みがからんばかりの勢いで言った。


「貴女に何が分かるっ!? 俺は貴女やヴィクトル様みたいに、何でも持ち合わせた人間じゃない!

 この容姿も、中身も、コンプレックスだらけだっ!

 そんな俺が、エリナを幸せに出来るだなんて保証がないのに、彼女に簡単にこの気持ちを伝えられるわけがないだろう!!」


(……そうか、これがルイの本心)


 私はその言葉に驚き……、口を開いた。


「……呆れた」

「は?」


 私は鼻で笑い、言葉を続けた。


「貴方の気持ちは、そうやって簡単に諦められるものでしかないのね。

 なるほど、確かにそんな気持ちでは彼女の心を掴むどころか、一生負け犬ね」

「……馬鹿にしているのか?」

「えぇ」

「なっ……!?」


 迷うことなく笑って頷いてみせると、ルイは顔を真っ赤にして怒ったように目くじらを立てる。 

 それを言うなら、私の方が腹が立っているわ、と心の中で呟き、その思いをぶつける。


「私やヴィクトル様が、最初から何でも持っていると思う?

 確かに、出自や容姿は生まれ持ってしたもので変えることは出来ない。

 だけど、それらをコンプレックスに変えるか、強みに変えるかは自分の努力次第だわ。

 私もヴィクトル様も、血反吐を吐く思いで努力をしてきたのよ。

 いちいちそんなことを言ってたら、キリがないから言わないだけ」


 私は侯爵令嬢として、ヴィクトル様の妻になるべく幼い頃から淑女教育を受けた。

 ヴィクトル様も、次期侯爵となるために幼い頃から厳しい教育を受けて育っている。

 そんな私達が何の努力もなしにこの場に立っていると思っているとは。

 私は一度冷静になろうと息を吐いてから、言葉を続けた。


「確かに、私は完璧とはいえない。

 貴方もご存知の通り、彼や周りを困らせることだって沢山した。

 だけど、今は違う。 自分を見つめ直して、それが悪いことだったと気が付き、反省して、今こうしてヴィクトル様の隣に立てている。

 それでも、胸を張っていられる自分にはまだなれていない。

 だから、私はこれからも努力し続ける。

 ……彼の隣で、願わくばこの先もずっと一緒にいられることを」

「……!」


 私は“バラの印”の前で手を握り、ルイを見据えると言った。


「私達はそうして、互いに想いを伝え合ったことで、その想いが重なった。

 貴方は、どうなの? 

 このまま、エリナ様が自分のいないところで幸せになることが、本当に貴方にとっての幸せなの?」

「……!」


 私の言葉に、ルイはギュッと拳を握る。

 そして、私の問いかけには答えず、踵を返すと行ってしまった。

 その一瞬で見えた彼の眼差しを見て思う。


(……答えは、見つけ出せたみたいね)


 息を吐き、窓の外を見つめる。


(全く、これでは私は悪役令嬢というより、母親みたいだわ)


 余計なことをしてしまったかもとは思っている。

 流れに任せていれば、何をせずともエリナ様は攻略対象の誰かと結ばれる。

 それを私が行動したことによって、もしかしたらシナリオを変えてしまったことになるのかもしれないと。

 ……けれど。


(誰にも、後悔はしてほしくない)


 ルイにも、エリナ様にも。

 後は、決めるのはエリナ様の気持ち次第。


(でも、私が思うに、エリナ様は……)


「……アンジェラ」

「!」


 ハッとして振り返れば、そこにはケーキの載った皿を手にしたヴィクトル様の姿があって。

 その表情を見て、私は嫌な予感がして恐る恐る尋ねた。


「……もしかして、今の聞いていた?」

「あぁ」


 迷うことなく頷いた最推しを見て、私は思わず頭を抱える。


(は、恥ずかしすぎる……! ルイという年上の男性に偉そうに説教し、挙句の果てには恋愛を指南する姿を見られるなんて……っ、あぁ、今すぐ穴があったら入りたい……っ!)


 うぉぉぉとダメージ1000を軽く食らった私に、ヴィクトル様は口を開いた。


「とりあえず、ケーキも持ってきたから場所を変えよう」

「会場へ戻らなくて良いの?」


 彼が会場とは反対方向に歩き出したのを見て、私は咄嗟に口にすると、ヴィクトル様は私の方を振り返り、微笑んで言った。


「そろそろ二人きりの時間が欲しいと思うんだが……、君はどう思う?」

「っ!!」


(あ、甘ーーーい!!!)


 その甘やかな表情に、私はただコクコクと首振り人形のように頷くしか出来なくて。

 そんな私の行動を満足したかのように笑うと、彼は私の手を引いて歩き出しのだった。



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