これは救済措置ですっ!
「こ、これは……」
私が鏡の前で思わず言葉を失っている横で、侍女のエメがニヤニヤとした笑みを浮かべて言った。
「とっても良くお似合いです、アンジェラ様!
まさにヴィクトル様からの愛情を感じます!
これが相思相愛というものなんですね♪」
「……っ」
いつもだったら反論出来るのに、エメの言葉は的確過ぎて私も言葉を失ってしまう。
(だって……)
私が今着ているドレスは、全体が空色で出来たくるぶし丈のドレスで、首から胸元にかけてはチュールに、腰元には銀色のリボンが施されている、清楚可愛いドレスだ。
また、ドレスの裾には銀色のバラの刺繍がされており、散りばめられた小さなダイヤモンドが光り輝いて思わず目を奪われるほど素敵、なのだけど問題は……。
「ヴィクトル様の髪と瞳のお色をあしらったドレスを、ヴィクトル様自らプレゼントなさるとは!
さすがアンジェラ様、愛されていらっしゃいますね♡」
「……っ」
エメのごもっともすぎる指摘に、一瞬で顔に熱が集まる。
(そう、家から持って来たドレスに着替えようとしていたら、ヴィクトル様に『君のドレスは既に侍女に渡してある』と言われて……、こういうことだったのね!)
確かに、誕生日パーティーに参加する旨を伝えた時、『パーティーに着て行く服は何が良いのかしら?』って何気なく口にはしたよ!?
けれど、その一言でまさか、私にドレスを贈ってくれるとは思わなかったわ!
(し、しかも最推しからのプレゼントが、まさかこんな……っ)
「アンジェラ様?」
「な、何でもないわ!」
火照る顔を何とか冷まそうと、意味もなくパタパタと手を仰いだところで、扉をノックする音と共に声が聞こえてきた。
「アンジェラ、準備は出来たか?」
「!!」
ヴィクトル様の声に思わず息を呑み固まってしまっていると、メイから小声で「ファイトです!」と言われ、深呼吸をして何とか答えた。
「え、えぇ」
その言葉にガチャッと扉が開く。 そして……。
「……!」
ヴィクトル様が私を凝視したまま、その場で固まる。
私はその視線を受け……、パニックに陥った。
(さ、最推しに見つめられてる!? ムリムリムリ穴があったら入りたいっ!
……って、ドキドキしている場合じゃないわ!
ヴィクトル様から何も言われないということは、このドレスは私に似合っていないということかしら!? え、どうしよう! 幻滅されたらそれこそ私ショックで死ぬわぁ〜〜〜!)
焦った私は口を開く。
「や、やっぱり似合わない、かしら。
ごめんなさい、せっかく貴方にプレゼントして頂いた素敵なものなのに……、今すぐ着替え」
「待て待て待て、落ち着け、いや、それは俺の方か」
「??」
いつもとは様子の違う、というより私に近い焦り方をするヴィクトル様に首を傾げると、彼は「あー……」と呟いたと思った、次の瞬間。
「っ!?!?」
(ヴィクトル様の笑みの後ろにバラが……っ、それだけではなく、花弁が舞ってバージョンアップしてるぅ!?)
今度こそ幻覚か、目が疲れているんだろうかと思い始めた私に向かって、彼は言葉を紡いだ。
「どんな君も素敵だが、今日は格別に……、綺麗だ」
「ひぇっ……」
「キャー!」
変な声を上げる私と歓喜(?)するエメの声がハモる。
そうして固まっている私の元へ、彼は近付いて来ると言った。
「君ならそのドレスが似合うと思ったが、想像以上……いや、あまりの美しさに、このまま皆の目に晒さず独り占めしてしまいたいくらいだ」
「っ!?!?」
そう言って彼は、私の髪を一房手に取ると、その髪に口付けを落とした……ところで私は我に返り、慌てて口を開いた。
「ちょ、ちょちょちょっと待って下さいね、ねっ!?」
「あ、あぁ……?」
動揺しながらも何とか声を発することが出来た私を褒めてほしい(危うく語彙力を失うところだった)、そんな私は一旦ヴィクトル様から距離を置くと、傍観していたエメに向かって言った。
「エメ、少し下がっていてくれるかしら?」
「はい、分かりましたー!」
そう言ってさっさと退散する……かと思いきや、クルッと振り返り良い笑顔で爆弾発言を落とした。
「ヴィクトル様、これからもアンジェラ様のことを末永く宜しくお願い致しますね!」
「〜〜〜エメっ!」
私の声から逃げるようにエメが退出したところで、私はコホンと咳払いをしてヴィクトル様の方に向き直ると、意を決して言葉を発した。
「ヴィクトル、一つ約束してほしいことがあるの」
「何だ?」
「……人前での必要最低限以上のスキンシップは、禁止致します!」
「え……」
ガーンと効果音でもつきそうなくらいショックを受けた顔をする彼に、私はうっと声を喉に詰まらせて言葉を続ける。
「そ、そんな子犬のような目をしてもダメなものはダメ!」
「……迷惑、だっただろうか」
「!!」
そう言って今度はシュンと項垂れてしまうヴィクトル様を見て、慌てて弁明する。
「だ、だってその……、ド、ドキドキしてしまうんだものっ!」
「……ドキドキ?」
彼のキョトンとした表情に、言葉を付け足す。
「っ、あ、貴方に甘やかされる度ドキドキしすぎて、淑女の仮面を被るどころではなくなってしまうというか……っ、と、とにかく! 貴方に相応しい婚約者でありたいから、皆の前では適切な距離を保ってほしいの!」
(皆の前で恥ずかしい姿は、みっともないし見せられないっ)
特に両思いになってからのヴィクトル様は、本人が私を全力で甘やかすと公言しているせいもあって、表情、声、存在全てにおいて心臓に悪いから……!
という私への救済措置(応急手当)を図った結果での提案である。
そんな私の願いに、意外にもヴィクトル様はすんなりと頷いた。
「分かった。 気を付けよう」
「本当!?」
「あぁ。 ……だが、どうしても不可抗力だと判断した場合の行動は、許して欲しい」
「ふ、不可抗力……?」
それは何のことだろうと疑問に思ったが、尋ねたらまずいことになりそうだと判断して、それ以上深くは敢えて突っ込まないことにした。
とりあえず分かって頂けた、とは思う。
そう思っている矢先、彼は口にする。
「“皆の前で”ということはつまり、二人きりであれば君をいくら甘やかしても問題ない、ということで良いか?」
「え"っ!?」
(ひぎゃああああ)
そう言っている間に、彼の笑みに更に甘さが追加されたことに気が付き、内心悲鳴を上げる私に向かって彼はクスッと笑うと、私の耳元に顔を近付けて言った。
「君のそういう顔を見られるのは、俺だけの特権ということになるから、それはそれで悪くはないな」
「〜〜〜ヴィクトルっ!」
絶対わざとだ! と頬を膨らませて怒ってみせる私に対し、彼は相変わらず心臓に悪い甘やかな笑みを讃え、声を上げて笑うのだった。




