最推しと両想いの世界(尊死)
(今のところ手掛かりなし、か……)
仮面舞踏会から一週間程が経った今日、“呪い”を解くヒントを探すため、クロードのいる城へと訪れていた。
そして、『薔薇姫伝説』を読み進めているのだけど、『薔薇姫物語』よりずっと仔細で、日記のように薔薇姫と騎士のやりとりが事細かく著されているため、まだ全体の十分の一も読み終えていない。
(クロードは、『前半はほぼ同じ』と言っていたけれど……、物語は子供向けになっていたから、まさかこんなに日常的な会話まで書かれているとは思わなかったわ。
伝説の方がやはり、実在した“薔薇姫”と“騎士”の姿がそのまま描かれてる、ということかしら……)
そう考えると、この伝説を読むことで、“薔薇姫”について詳細に知ることが出来る。
(彼女の性格、言葉遣い、そして騎士への想いまで……)
そうして、“呪い”について調べることより、いつの間にか薔薇姫に感情移入しながら夢中になって読み進めていると。
「アンジェラ」
「っ!」
不意に名前を呼ばれたことで、一気に現実に引き戻される。
ハッとして顔を上げれば、向かいの席に座っていたはずの彼が隣にいて。
その相変わらずの距離感バグに、私は内心叫びながら口を開く。
「ヴィ、ヴィクトル!? どうしてこちらに移動しているのっ?」
そんな私の動揺を悟った彼は、悪戯が成功したというふうに笑いながら言った。
「何度呼んでも返事がなかったからこちらへ来てしまった。
……迷惑だったか?」
「め、迷惑なんかではないわっ!
け、けれど、少し緊張してしまうというかっ……」
「緊張? どうして?」
「!」
そう尋ねる彼が、そう言っている間に私との距離をまた縮めてきたところで、私は慌てて返す。
「あ、貴方わざとやっているでしょうっ!?」
(最推しが生き生きしているのはとても良いことだとは思うけれど、使い方を考えて!?
ただでさえ顔面が強いのにその顔で迫られたらこちらが尊死してしまうわっ!!
端的に言うと、死人が出るレベルのイケメンの無駄遣いっ)
これ以上好きにならせてどうするんじゃーーーい!!と内心叫びたい衝動を堪える私に、彼は妖艶に笑って言う。
「さあ? 何のことだか俺には分からないな。
……だが、これだけは言える」
「っ!?」
ヴィクトル様のご尊顔が、一気に私の顔に近付いて……。
(キスされる!?!?)
驚きギュッと目を瞑る私に、彼はクスッと笑うと私の耳元で囁いた。
「どうやら俺は、好きな子にはちょっかいを出して困らせたくなってしまうタイプらしい」
「〜〜〜!?!?」
(まっ、まーーー!? ヴィクトル様はまさかのクーデレではなく、隠れ小悪魔激甘キャラ……)
「ア、アンジェラっ?」
無事にキャパオーバーを迎え、放心状態の私の背中をヴィクトル様が支えてくれていると。
「何やってるのさ……」
そう言って呆れたように部屋に入ってきたのは、クロードだった。
(い、今の見られたっ!?)
私は恥ずかしくなってヴィクトル様から距離をとり、居住まいを正すと、クロードはヴィクトル様に目を向けて言った。
「人前でイチャつかないでくれる?
大体君がここにいること自体おかしいよね? 暇なの?」
(ク、クロード! 彼に限ってそんなわけないでしょお!)
ヴィクトル様は現在、現公爵である彼のお兄様の元で手伝いをしながら、領地運営について実践的に学ぶという超多忙な日々を送っている。
それも私の婚約者として、ルブラン侯爵になるための準備の一環であり、その合間を縫ってこうして一緒に来てくれているのだから、私としても申し訳なさでいっぱいで。
反論しようとする私より先に、ヴィクトル様は笑顔で言い放った。
「自分のことよりも婚約者を優先するのは当たり前だろう?
あぁ、君にはまだ婚約者がいないから、そういうことは分からないか」
(こ、怖っ!! 我が最推しながら顔が整いすぎて冷笑の迫力がやばすぎる……っ)
部屋の空気凍ってるよ!?とハラハラとしている私の心配をよそに、クロードも負けじと口を開いた。
「そんな余裕かましてられるのも今の内だから。
そうやって束縛するタイプは嫌われるよ?」
「心配には及ばない。 彼女はどうも、俺のことが好きすぎて仕方がないようだから」
「〜〜〜!?」
そう言って、私の肩を引き寄せ頭に口付ける最推しに向かって、心の中で叫ぶ。
(ちょーーーっと待って!? ここお城! クロードの前!!
ヴィクトル様、クロードは年下ですよー!?
ムキにならないで、ね、ねっ!?
でないと私の息の根が止まってしまいますぅーーー!!)
そんな私達を見比べ、クロードははぁーっとため息を吐きながら、気を取り直すように向かいの席に座ると口を開く。
「まぁ、アンジェラが元気そうで何よりだよ。 最近調子はどう?」
「!」
その問いかけに一瞬息をするのを忘れてしまったけど、何とか堪えて笑みを浮かべて返す。
「お陰様で、この通り元気よ」
「まだ病み上がりだろうし、あまり根を詰めず無理はしないでね」
「ありがとう」
私はギュッと見えないように拳を握る。
(あの日……、仮面舞踏会の夜、ヴィクトル様と両想いになってからは、あの夢は見なくなった。
けれど、その代わりに気を抜くと眠ってしまう時間が多くなった……)
最初は、疲れから来ているのだろうと思っていたけれど、昼寝にしては頻繁に意識を飛ばしてしまう。
一日に五回は気が付けば寝ていたなんてことがあって、それも日を追うごとに一回あたりに眠る時間が増えている気がする。
その度、侍女のエメに起こしてもらうか、自然と起きれはするのだけど……。
(これも“呪い”から来る16歳の誕生日を迎えるまでのカウントダウン、なのだとしたら……)
私が永遠の眠りにつくのも時間の問題なのだろう。
そう考えるだけでゾッとしてしまって、慌てていけないと自分を叱咤する。
(考えては駄目、今は“呪い”を解く方法を考えることだけに集中しないと)
魔女さんが言っていたことを思い出したのだ。
解呪の条件は、“両想いであること”、それから……。
―――『自分の気持ちに素直になり、私が望む本当の願いを見つけること』
それを思い出したまでは良いものの、“本当の願い”とは何のことか分からなくて。
(『薔薇姫伝説』を読めば何か分かるかなと思ったけれど、それでも分からない)
私自身が見失っている“本当の願い”とは一体……。
「アンジェラ?」
「!」
ハッとして顔を上げると、二人が私を心配そうに見つめていて。
私は慌てて言った。
「ごめんなさい、少し考え事をしてしまったわ」
「無理はしていないか?」
ヴィクトル様にまで心配をかけてしまっていることに申し訳なさを覚えつつ、「平気よ」と返すと、クロードはそういえば、と口を開いた。
「エリナ嬢からの招待状、受け取った?」
その言葉に、私は頷いた。
「えぇ、届いたわ」
そう、数日前、エリナ様からお手紙と共に招待状が送られてきたのだ。
ヒロインからの手紙!と歓喜しながら開いた手紙には、可愛らしい字で私の体調を気遣う旨と……。
「……まさか、ルイルートの二人きりの誕生日会のはずが、全員に招待状とはね」
「え? 何か言った?」
クロードの言葉に、私はにこりと何事もなかったかのように笑って口にした。
「いえ、何も。 そのことだったら、どうしようか迷っているわ」
私の言葉に、ヴィクトル様は目を丸くして言った。
「意外だな。 てっきり君のことだから、エリナ嬢からの招待は受けると思っていたが」
「私もそう思ったのだけど……」
(これが全キャラ共通イベントではなく、本来であれば個別ルートのみで発生するイベントだから、安易にお返事出来ないでいるのよね……)




