最推しが私を攻略しようとしてきます!?
どれくらいそうしていただろうか。
どちらからともなく離れ、私は今起きたことが信じられず、目の前にいるヴィクトル様の顔をボーッと見つめてしまう。
(ドキドキしているのに、何だかふわふわする……。
これも夢だったらどうしよう)
彼も熱の籠った視線で私を見つめているものだから、呼吸をするのも忘れてその瞳に見入っていると。
「アンジェラ、その目はやめろ」
「え?」
彼はそう言うと、私の目を隠すように手を当て、ボソッと呟いた。
「離れ難くなる」
「……!?」
その言葉の破壊力に当てられた私は、思わずその場にはしたなくも座り込んでしまう。
(な、な、何だ私の最推しーーー!!!)
私を殺す気かっ!?
(というか、最近Sっ気発揮してない!?
待って、好きな子は甘やかすタイプじゃなかったっけ!?
まさかの解釈違い!? そんな馬鹿なー!!)
「アンジェラっ? 大丈夫か?」
私の体調が悪いことを思い出したのか、慌てて私の目の前にしゃがむ最推し。
そんな最推しを間近で見た私は、不謹慎にも前世オタク魂が再燃する。
(うっ! 好きだと自覚した途端、余計にキラキラして見える……っ、ま、眩しい!!)
そんな姿を直視出来るはずもなく、ただただ顔を赤くさせ固まる私の表情を見て、最推し様は確信したらしい。
「そうか、やはりアンジェラは押すのは得意だが、押されるのは弱いタイプだな?」
「っ!?」
そう揶揄い交じりに、でも何処か艶めかしいヴィクトル様の表情に、私は危うく悲鳴を上げかける。
(待って待って待って!? 最推しがしっかり私のツボを押さえて私を攻略しようとしてくるんだけど!?
え、そんなの全力で攻略されたいっ!
でも心臓がもたーーーん!!)
ひぃぃぃとこれ以上ないくらい顔を赤くさせる私に、最推しは何処か生き生きとした表情で言った。
「君がまさか、そこまで俺のことを好きでいてくれているとは思ってもみなかった。
……これで、思う存分君を甘やかせる」
「お、おおお思う存分!?」
(既にキャパオーバーなんですけどっ!?)
そんな私に、彼はにっこりと笑って頷いた。
「あぁ」
そう言って、流れるような動作で私の手を絡め取る。
……そう、それはいわゆる、
(こ、恋人繋ぎィーーー!?)
しかし、動転する私に対する彼の猛攻は、これだけでは収まらなかった。
その手を取った彼は、そのままその手を持ち上げ、自身の顔に近付け……。
「覚悟しておくと良い」
「……〜〜〜!?」
そう言って、私の手の甲にまるで見せつけるかのように口付けを落とされ……、私の頭は完っ全にショートし、代わりに前世オタクが降臨した。
「っ、い、一生好きです……!!!」
「……!」
思いがけず私が告白したことに、最推しは驚いたらしい。
彼も私と同じように頬を赤らめ、やがてはにかむと言った。
「俺もだ、アンジェラ」
(っ、推し本人に一生推すことを認めて頂けたぁあああ!!)
無事に、推し推される(?)関係になったところで、ヴィクトル様は「さてと」と立ち上がり、私のことも手を引いて立たせてくれると口を開いた。
「名残り惜しいが、今日は帰るか。
君は本調子でないから……、アンジェラ?」
私は咄嗟にヴィクトル様の手を取る。
そして、意を決して口を開いた。
「あの、一つだけお願いしても良い?」
彼はその言葉に一瞬驚いたような表情をしてから、朗らかに笑って言った。
「君の願いなら、何でも」
その返答に、両想いになった甘やかさを感じ、くすぐったさを覚えつつ、同時に嬉しさが込み上げて来るのを感じながら口を開いた。
「私と一曲、ダンスを踊ってほしいの」
「ダンス?」
「さ、最近一緒に踊っていなかったから、その……、一緒に踊りたいな、と思って」
(前世の記憶が戻ってからは、彼とダンスを踊る時間がなかった。
だから、今日その思い出も作れたら良いなと密かに思っていたのよね)
そんな私のお願いに、彼は呟いた。
「〜〜〜可愛すぎるだろ……っ」
「っ!?」
彼がそう頬を赤らめて言うものだから、私もつられる。
ヴィクトル様は「分かった」と口にすると、会場の方に目を向けて言った。
「もう仮面を外してしまったし、丁度音楽も聴こえているから、ここでも良いだろうか?」
「っ、もちろん!」
(月明かりの下で二人きりなんて最っ高のシチュエーションじゃない!?
まるでヒロインになった気分! 悪役令嬢だけど!!)
そうして目をキラキラさせていることに気付いたのか、ヴィクトル様は笑みを溢し、私に手を差し伸べて言った。
「『さあ、お手をどうぞ、姫?』」
「! 薔薇姫物語……」
ポツリと私が呟いたのに対し、彼はコホンと咳払いをして少し恥ずかしそうに言った。
「君が好きだと言っていたから、読んで勉強した。
……物語の騎士のようには、格好はつかないと思うが」
「っ、そんなことないっ! 死ぬほど素敵だわ!!
……それに、とっても嬉しい。
私の好きなものを、理解しようとしてくれて」
胸に温かな感情が広がっていく。 私は笑みを浮かべて言った。
「ありがとう、ヴィクトル」
「! ……あぁ」
彼もそれに対して、笑みを返してくれる。
私は差し伸べられた手にそっと右手を載せ、言葉を紡いだ。
「『宜しくお願い致しますわ、私だけの』……ヴィクトル様」
「……! 喜んで」
そうして笑い合うと、遠くから流れてくる音楽に合わせ、彼のエスコートに身を任せる。
そして、月明かりの静かな光に見守られ、二人華麗に舞い踊る。
感じる温もり、時折合う視線、その度に微笑み合う二人きりのこの空間が、心地よくて。
(あぁ、この時間が一生続けば良いのに)
そう願わずにはいられないのだった。
夢のようなひと時を過ごし、ヴィクトル様に見送られ邸へと帰った私は、鏡に映る自分を見てポツリと呟いた。
「……やっぱり消えない、か」
両想いになったはずの今でも、“バラの印”は胸元に残っている。
私はギュッと胸の前で手を組み、誓う。
(ヴィクトル様が私の幸せを望んでくれた。
だから、私もそれに精一杯答える。
そのために、何が何でもこの“呪い”を解きたい)
残された時間は、後三ヶ月。 時間はあまり残されていない。
「それでも私は、最後まで諦めない」
彼が私を必要としてくれている限り、私は彼と共にありたい。
『好きだ』
そう言ってくれた、彼と共に……―――




